幼馴染みで悪魔な騎士は、私のことが大嫌い

編乃肌/ビーズログ文庫

第一章 失恋編

その①


おれはあんな女、好きじゃない。むしろきらいだ。大嫌いだ」


 複数の女の子に囲まれて、かれすようにそう言った。

 明確なきよぜつを示す言葉と、冷たくとがけんかんに満ちたひとみ

 ピシリとヒビ割れた音が聞こえたのは、私のきようおうからひびいたげんちようか。

 ──大好きなはつこい真っただ中の人に、『あんな女』あつかいされた私の心境を、だれでもいいから察してほしい。

 忘れたくても忘れられない、遠い日の最悪のおくだ。




「スーリア、ちょっといいかい?」

「どうしたの? 父さま」

 書庫で資料の整理をしていた私は、満面のみで現れた父に首をかしげた。

 眼鏡に灰色のタイを身につけた仕事姿の父は、そうしんで一見すれば気弱そうなそうぼうだが、しきの使用人の間では『切れ者』として評判だ。尊敬できる父である。

 ……たまに少々、親バカだが。

だん様がスーリアをお呼びだ。整理は後にして、今すぐしつ室に向かっておくれ」

「旦那様が?」

「ああ。スーリアにとびっきりいいしらせがあるんだ。いや、さすがは私のむすめだ。とてもらしいことだよ、これは」

「えっと……?」

くわしいことは旦那様から聞きなさい」

 にこにことすこぶるげんのいい父に、やんわりと書庫を追い出される。

 なにがなんだかわからないまま、使用人のお仕着せであるこんのワンピースと白エプロンをひるがえし、私は旦那様こと領主様のもとへ向かった。


 現在十八さいになる私・スーリア=バレットは、自領の領主様のお屋敷で使用人見習いをしている。がバレット家は代々領主様にお仕えしてきた家系で、地元ではそれなりの名家だ。

 領主様のをしている父さまの手伝いをしたり、メイドさんたちに交じって日常業務をこなしたりと、いそがしいがじゆうじつした日々を送っている。

 ……としごろの娘らしく、こいびとと呼べるような存在はいないけど。

 私は幼い頃に、思い出すのもいまいましい『やつ』と決別して以来、どれだけりよくてきな男性と出会おうと、そういった感情をいだくことはいつさいなかった。親友には「れてる! 枯れてるわよ、スー!」となげかれるけど別にいい。

 私には恋人などいなくとも、いつだって呼べば現れてくれる、少し特別な友人もいる。

「ねぇ、スー。今から『リョーシュサマ』のところへ行くの? ボクもお話ししていい?」

「そうね、たぶん旦那様なら、として話したがるとは思うわ。けどどんな用事かわからないから、許可がもらえるまでは出てきちゃダメかしら」

「えー」

 なにもない空間からポンッと現れたのは、私の友人である水のせいれい『ウォル』だ。

 宙をく彼の見た目はぎつねで、トンガリ耳にうすい水色のふわふわの毛。ほうきのようなしつは半分がとうめいな水状になっていて、ると『ふさぁ』ではなく『ちゃぽんっ』とすいてきねる音がする。

 そんなウォルは、水を生み出し自在にあやつることが可能だ。

 ──『精霊』とは、自然をつかさどる生き物。

 そしてその精霊たちと心を通わせられる人間を、『精霊使い』と呼ぶ。

 精霊使いは先天的に持つ『れいりよく』を行使することで、精霊を呼び出したり、その力を借りたりすることができる。

 私の住む、周囲を山々に囲まれた小国『ナーフ王国』には、古くから精霊たちが住まう土地として、『精霊しんこう』なるものが存在する。この国の豊かな自然は精霊によるおんけいだと信じられており、すべての国民は精霊をとても大切にしているのだ。

 そしてその精霊とつながれる精霊使いは、霊力の強さに差はあれど、身分のせんにかかわらずちようほうされる。

「じゃあおだ! リョーシュサマとの用事が終わったら、ボクとおいしいお菓子を食べようよ、スー!」

「それもダメよ。まだ仕事中だもの」

「ダメばっかり!」

「家に帰ったら、ウォルの好きないちごのパイを作ってあげるから」

 ウォルはすい色の瞳をかがやかせ、「それならいいよ、約束だよ!」と言い残して姿を消した。精霊だから人間の食べ物なんて食べる必要はないが、ウォルはきつすいあまい物好きだ。ねだられて、昔は不得手だったお菓子作りが上達してしまった。

 ──私が自分の力に目覚めたのは十七の時。

 私の呼び掛けに、最初に応えてくれた精霊がウォルだった。

 精霊使いと精霊はあいしようが重要で、中でも私は水の精霊と相性がよく、ウォル以外にも水を司る精霊なら呼び寄せられる。

 でもやっぱり、初めて友達になったウォルは特別だ。今では相棒と言ってもいい。

「さて」

 パイのレシピを頭でなぞりながら、着いた執務室のとびらをノックする。「入りなさい」と、扉しでもわかる美声に従って、私は礼を取り入室した。


 周囲のかべは一面がほんだな。部屋の中心には小さなテーブルと、質のいいソファが置かれている。ビロードのカーテンがれる大きな窓から差し込む陽を背に受け、ゆうこしかけているのが、我らが旦那様・ジオルド=アルルヴェール様である。

 ちょうどきゆうけいに入るところだったのか、彼の前の執務机は書類がすみに追いやられ、真ん中にティーセットとお菓子が並んでいた。しくも木苺のパイだ。

「急に呼び出してすまないね、スーリア」

「いえ、それでご用件はなんでしょう?」

 そばまで来て相対すると、本日も旦那様の色気はすさまじい。

 後ろにでつけた銀糸のかみに、すずやかな青の瞳。甘い相貌に中年男性の落ち着きを加えた、まさに色男。旦那様がくなったおくさま一筋なことは、領民なら誰でも知っているが、それでも貴婦人方の熱視線を集めるだけはある。

 私の生まれ育ったアルルヴェール領は、王都からはなれた田舎いなかだが、治安のよさと豊富な作物をほこる過ごしやすい地だ。そんな領を治める旦那様はけんこうとして名高く、また私と同じ霊力保有者でもある。

もつたいぶっても仕方がないし、手早く言ってしまおうか。──おめでとう、スーリア。本年の『せいれいひめ』に、君が選ばれたようだよ」

「は!?」

 予想だにしなかった宣言に、私はきようがくの声をあげる。

『精霊姫』とは──三年に一度、精霊たちをべる尊き『精霊女王』のもとにおもむき、感謝と忠誠のいのりをささげるという、精霊使いにあたえられる大役だ。

 精霊使いには男性もいるが、この役目はみようれいの女性に限られる。

 国の最北に位置する『せいしようの森』。その森の奥には、ナーフ王国初代国王が、精霊女王におくった聖なる鐘がある。それを鳴らして女王にえつけんし、おこなうのがこの国に古くから伝わる習わしだ。

 精霊姫に選ばれるのは大変、たいっへん、めいなことである。

 だけどなんで私が!?

「精霊姫って、貴族のおじようさんとか、教会の使徒様から選ばれるものでは……っ?」

けいこう的にはそうだね。けど今年はそのどちらにも条件にがいとうする者がいなかったようだよ。それに精霊使いに身分は関係ないだろう? 理由はどうあれ、精霊教会が今回の精霊姫に君を選んだ。その事実だけで十分じゃないか」

 王都にほんきよを構える『精霊教会』は、この国では王族貴族に並ぶ高い地位と発言力を持つ。霊力のある者は教会でしんを受けて初めて精霊使いににんていされるのだ。

 私も昨年、旦那様が(知らない間に)教会にしんせいを出していたのよね……。

 精霊姫は、それよりさらに厳正な審査のもと、あらゆる面をこうりよして教会のおえらい様方がせんばつする。

 ちなみに前回は、高い霊力と歴代ずいいちぼううたわれるはくしやくのごれいじよう。その前は、うるわしくもしい女性の使徒様。どちらもきちんと役目を終え、かんたんと共にそのかつやくかたがれている。

 その中に、霊力は平均、特筆すべき能力はなし。容姿も十人並みで、くすんだ金茶の髪に、灰交じりのうすあおの瞳。健康には自信があるが、女性らしい丸みなどは持ち合わせず、じやつかんツリ目がちなせいでキツク見られることもある。

 そんなすべてにおいてぼんじんな私が並べられてみろ。

 なんかこう……残念でしょうが!

「こうして正式な任命書も届いているよ」

 旦那様がかかげた紙には、『スーリア=バレットを精霊姫に任命するうんぬん』という内容が、やたらおごそかな言葉でつづられていた。精霊女王を象徴するかねかたどった印がしてあるので、まぎれもない本物だ。

 私は絶句してしまう。

なおに喜びなさい、スーリア。精霊使いなら誰もがあこがれる役目をさずかったのだから、手放しで喜んでおかないと損だよ」

「そ、それもそうかもしれませんが……」

「任務を達成すれば、国からほうしようも与えられる。なにより精霊女王に謁見できることは、この上なく光栄なことだ。私は自分の領から、そんなえいある精霊使いが生まれたことが誇らしいよ」

 えりもとのタイをゆるめながら、旦那様は優美に微笑ほほえむ。

「それに『精霊姫』にふさわしい条件を、君は十分に満たしていると、私は思うけど」

「美貌も凜々しさもありませんが!?」

「そんなものは二の次だよ。大切なのは精霊とのきずなだ。私の目から見て君は特別、精霊に愛されているように感じるよ。個々の相性はあれど、基本的に精霊は心根のぐな者を好むからね」

 不意にめられてほおる。自分が精霊に愛されているなど、にわかには信じがたいけど、旦那様のお言葉は素直にうれしい。

「自信を持ちなさい、君は素晴らしい精霊使いだ。……さて、詳しい話は後にして、そろそろ君の相棒を呼び出してくれ!」

 急に立ち上がった旦那様は、生き生きと私のもとに歩み寄る。

 旦那様は自他共に認める『精霊愛好家』だが、霊力が強くなく、気配をぼんやり感じる程度らしい。そのため精霊と交流するには、他の精霊使いの力を借りる必要がある。

 基本的に精霊は、霊力のない者には姿も見えないし声も聞こえない。でも精霊使いが力を貸せば、一時的に精霊と会わせることができるのだ。

「またこれですか」とあきれつつ、私は旦那様の大きな手を取った。そこから私の霊力を、旦那様に流れるようイメージする。

 ほどなくして霊力のじようしゆうりようし、そっと手を離す。

「こんにちは、リョーシュサマ! おひさしぶりだね!」

「おお、ウォルくん!」

 すぐに現れたウォルに、旦那様はもろを挙げてかんげいの意を示す。毎回、だんげんある姿との差におどろかされる。「ああ、いい! やっぱり精霊は素晴らしい! ウォルくん尊い、可愛かわいい、素晴らしい!」と興奮気味なやとぬしに、若干引いている部下は私だ。








「さぁ、そこのソファでお菓子を食べよう。スーリアもすわりなさい。お茶と、ウォルくんの好きな木苺のパイも用意してあるよ」

「意図的にそれを用意させていたんですね……」

「やった、リョーシュサマ大好き!」

 その言葉にまたデレデレとなる旦那様に、私はこっそりためいきをついた。


 結局、まともに話を聞けたのは、ポットのアプリコットティーが空になってからだった。業務中にサボっているようで気が引けたが、屋敷の主が誘ったのだから別にいいか、とすぐに思い直した。

 ひざにウォルを乗せた旦那様はごまんえつだったし。

 ウォルの水状の尻尾は、人がれてもけるだけなので、旦那様のおものがびしょれ……などということもない。旦那様なられても笑顔で許しそうだけど。

 ウォルに夢中な旦那様からなんとか聞き出した情報によれば、王都の精霊教会から、むかえの使者が一週間後に来るそうだ。なんて急な。

 使者と共に私は教会まで赴き、そこで儀についてのほどきを受ける。その後、聖鐘の森へと向かうわけだ。役目を終えてもどるまで、仕事の方は長期でおいとまを頂くことになるが、その点は旦那様がいいようにしてくれるだろう。

 ──問題は、私を迎えに来る使者、別名『精霊姫の護衛』のことだ。


 精霊女王との謁見を許されるのは、精霊姫ともう一人。

 精霊姫に選ばれた女性を護衛し、共に森の奥までう騎士様だ。

 くにの騎士団は、貴族も平民も等しく入団試験を受け、合格した者が『騎士見習い』となる。そこから正式に騎士となると、役割のちがう各団に振り分けられるのだが、一番の花形は、王都の警備並びに王族の護衛などをになう『特権騎士団』だ。

 りすぐりの人材が集まったこの団から、護衛騎士は選ばれる。騎士にとっても、精霊姫の護衛にばつてきされるのはほまれ高きことだ。

 なお騎士は霊力よりも護衛のうでが重視される。霊力はゼロでも精霊姫が力を貸すので問題ないのだ。

 なぜか精霊姫としてご指名を受けた私のもとにも、護衛騎士がおとずれるはずだが……。

「まさかアイツじゃないわよね……」

 固くふういんしておいたはずの、いやな記憶のふたが開く。

 おさなみであるアイツ──レイスとの、出会いから決別までの日々が、消し去りたいという私の意に反して脳内をせんめいめぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る