第23話 色欲魔法VSクラーケン娘
転移魔法の出口は、狙い違わず王宮の一室だ。
王宮の塔――その最上階付近に位置する、たいへん豪華な広間である。
「っ!? な、なんなのです、あなたたちは!」
大きな窓から下界の混乱を眺めていた美少女が、俺とリベルに鋭く告げた。
清楚なドレスに麗しいロングヘア。よく手入れされた滑らかな金髪は、彼女が高貴な身分であることを如実に示している。
「たぶんあの方が王女さまです! ゼクスさん、もう時間が!」
「王女殿下、お許しを!」
俺は身をかがめると、力を込めて赤じゅうたんを蹴った。
魔弾の速度で王女に肉薄。
華奢な身体に飛びつき、抱きしめ、そのまま二人で床を転がった。
むにゅんっ。ふよよんっ。
身体がぴったり密着していたので、回転しながら王女の膨らみを体感できた。手のひらサイズのほどよい隆起は、たいへんロイヤルなたゆたゆ感である。
――ちょっとえっちな回転が止まった。
俺と王女の顔面は、今にも唇が触れそうな距離。
王女が下。
俺が上。
彼女を押し倒しているような構図である。
この王女……やや目つきがキツいが、そこがまた麗しい。
果てしなくプライドが高そうな顔立ちだが、今はそのキリッとした瞳に、怯えや動揺が色濃く感じられる。わからせ魂が刺激される美王女だ。
「~~~~~ッッ!」
俺が仮初めのロイヤル種付けプレスに興じていると、高貴な美貌がカ~ッと赤熱していった。
「ぶ、ぶぶっ、ぶれっ! ぶれ……!」
無礼者! と叫びたかったのだろうが、しかしそれは叶わない。
なぜならば――。
ガッシャアアアアァァァァァァァンッッ!!
今まで彼女が立っていた場所――巨大な窓が、粉々に破壊されたのだから。
「な――ッ!?」
王女の美貌が引きつる。
俺はロイヤルボディをむぎゅっと抱き直し、飛来してくる大量のガラス片から彼女を守った。
これは魔法による攻撃ではない。
リベルの未来視のとおり、何者かが王女の間に飛び込んできたのである。
「ぐろろろろろろ……」
ねっとりとした奇妙な鳴き声。
突入してきた物体が、むくりと身を起こした。
「ひぃぃっ! あ、ああああれは何なのです!?」
「もしかして……クラーケンの女の子、ですか!?」
王女とリベルが悲鳴じみた声を上げる。
「ほぅ、人型のクラーケンとは珍しい。しかもなかなか美人じゃないか」
俺は王女から手を放し、ゆっくりと起き上がった。こちらの背中に載っているガラス片が彼女の身体に落ちないよう、慎重な動作で。
「ぐろろろ……!」
「まあまあ、そう興奮しないでくれ。……そうだ、皆で仲よく午後のティータイムでもどうだろう? 幸いここは王宮だ。紅茶とケーキぐらいは出てくるだろう」
ひとまず対話を試みる。言葉は通じるのか?
他のクラーケンと同じく、肌は乳白色。
下半身には無数の触手が生えており、上手い具合にスカート状に広がっている。
けれども上半身は人間の女体そのものだ。
胸のボリュームもたいへんご立派で、顔立ちも整っているように見える。
ただし、全身ぬるぬるだが。
髪は薄い紫色で――いや、髪のように見えるが、これも無数の触手だ。
「るるるる……」
青く輝く二つの眼球が、こちらに鋭い視線を向ける。
激しい殺意が感じられる。どうやらティータイムどころではなさそうだ。
ともあれ、敵の意図は理解できた。
北西部に佇んでいたジャイアント・クラーケン。
ここにいるクラーケン娘は、奴の体内から射出されたのである。
リベルが未来視したモノの正体は、こやつだったのだ。
複数のジャイアント・クラーケンが暴れることでこちらの戦力を分散させ、時機を見て発射されたクラーケン娘が、王都の中心である王宮を叩く。クラーケン族なりの作戦というわけか。
なお、クラーケン族は感覚器官が非常に発達していると聞いたことがある。北西部のジャイアント・クラーケンは王宮の方を向き、様々な感覚器官を総動員して王女の居場所を探していたのだろう。
……しかし、危なかった。
リベルの『未来視』がなければ、王女はクラーケン娘に貫かれていただろう。
まあ、とにかく最悪の結末は回避できたわけだ。
気持ちを切り替え、俺はぬるぬるのクラーケン娘と対峙した。
――少し、気を引き締める必要があったからだ。
注目すべきは、クラーケン娘の下腹部。
思いのほか可愛いおへその下に、ピンク色の紋章が光っていたのだ。
いわゆるひとつの『淫紋』である。
淫紋は、えっちだ。
俺の大好物の一つであるが、しかし……。
クラーケン娘の下腹部で光る淫紋は、決して見過ごせないデザインをしている。
「ユニヴェールの淫紋と同じ……だと?」
俺が前世で簡易封印を施した、金剛処女神・ユニヴェール。
いずれ復活する俺の宿敵も、このクラーケン娘と同じデザインの淫紋を下腹部に備えていたのだった。
イバラをあしらったハートマークの中に、ユニヴェール聖教の紋章。
そんなデザインの淫紋である。
『ふん。そんなえっちな淫紋を施しておいて、なにが金剛処女神だ! さあ、これまで禁止してきたえっちなものを、すべて解禁しろ。俺の……いや、俺たちの楽しみを奪うのは、もうやめるんだ!!』
俺が前世でユニヴェールと激突したとき、そんな風に言ってのけたのだが……。
『……黙れ、何がえっちだ。この紋章は、我がユニヴェール聖教のシンボルであるぞ。それをえっちな淫紋と侮辱するなど……許せぬ。やはり、えっちなものは禁止しなければ……!!』
取りつく島もなく一蹴され、最後の聖戦が始まったのをよく覚えている。
「その淫紋が、どうしてこのクラーケン娘に……?」
この二〇〇〇年の間に、ユニヴェール聖教に何があったというのだろう。
金剛処女神・ユニヴェールを封印したことで、ユニヴェール聖教は崩壊したはずだ。そうして平和が訪れたからこそ、俺は二度目の転生を行ったのである。
もしや、奴の教えが水面下で生き残っていたのか……?
「…………」
「…………」
沈黙。静止。ぶつかる視線。
どうやら、考えている場合ではなさそうだ。
まずは目の前のクラーケン娘を大人しくさせなければ。
さあ、どう出る――?
俺がまばたきをした、その瞬間だった。
「ぐるるぅ!!」
どびゅるるるるるるっ! ぶびゅうっ! びゅくっ、びゅくんっ……!
ねばっこいドピュ音と同時、クラーケン娘が大量の墨を吐いた!
これにも媚薬の効果があるはずだ。
狙いは俺たち全員――王女が危ない!
「くっ……!」
俺は即座にメロ・リクードを発動。
えっちな墨を空中で静止させ、一瞬でジュウッ! と蒸発させた。
「い、今、第七階梯魔法を……!?」
「ゼクスさんはすごいんですよ! なんたって、あのゼクス・エテルニータ様ご本人なんですから!」
リベルが王女の手を引いて、ベッドの向こうへ退避する。
天蓋付きのロイヤルなベッドだ。
防御壁として、多少は機能してくれるだろう。
「迅速な行動、見事だ。偉いぞリベル!」
すかさず弟子を褒める。
液体による範囲攻撃を使う敵を相手に、非戦闘員である王女を守るのは、少々骨が折れるところだった。
「えへへぇ~、ありがとうございますっ」
「あ、あなたたち、一体どんな関係なのです……?」
「わたしが弟子でゼクスさんが師匠です! 今は二人とも王立ファナティコ魔法学院の同級生ですよっ」
「……??? よくわかりませんが、お願いします! そいつを倒して、どうか王都をお守りください!」
Mに嬉しいプライドの高そうな王女に頼まれては、断るわけにもいかないだろう。
俺はクラーケン娘を見据え――、
「そうか!」
次の瞬間、脳裏にひらめきの紫電が奔った。
こやつをどうやって料理しようか考えていたが、そうか、なるほど。
「理論上は可能だな……。だとすれば、アレとアレを組み合わせれば、新たな色欲魔法になるのでは……?」
弟子のリベルは戦いの中で成長してきた。
師匠の俺もまた、戦いの中で新たな色欲魔法を生み出していくのだ!
「そちらが媚薬で来るなら、俺にも考えがあるぞ」
アイディアはまとまったが、その前に『審理の魔眼』を使っておこう。
相手はクラーケン娘。
人間の美少女とイコールで考えるのは危険かもしれないのだ。
どれどれ、クラーケン娘の数値は……?
【名前】ミルク・オ・ザーザー
【種族】クラーケン
【ジョブ】箱入り娘
【装備】発情粘液
【状態】殺意、帰宅願望
【寸法】94・58・201
【恋愛経験】なし
【交際経験】なし
【交尾経験】なし
【下着】発情粘液
【回数】月に1回(ソロ交尾に対する思い入れがたいへん強い。だからこそ、月に1回きり、という原則をしっかり守り、一回一回の濃密さと充実感に重きを置いている。そして今日は待ちに待ったソロ交尾の日。早く帰りたい。早く帰ってソロ交尾したい。)
なるほどなるほど……。
俺は自身の顎先をなでた。
ヒップが『201』とご立派すぎるのは、下半身がクラーケンの触手でスカート状に広がっているせいだろう。あれも身体の一部というわけだ。
それにしても、月に一回とは……。
およそ考えられない低数値に、俺は軽いめまいを覚えた。
自分だったら到底耐えられないからだ。
だが、その一回に対する思い入れ――感服した。
一月かけて溜めに溜めた性欲やストレスを一気に開放するのは、さぞかし気持ちよかろう。帰宅願望を持つのもうなずける。
「ミルク・オ・ザーザー。お前は運がいい。月に一度のソロ交尾の日に、俺と出会えたのだからな……!」
「ぐろろろっ!?」
ビシッと指を突きつけると、クラーケン娘のミルクがあからさまに動揺した。こちらの言葉がわかるのか……?
どちらでもいいが、とにかく彼女には色欲魔法の餌食になってもらうとしよう。
とびっきりのソロ交尾――この場でたっぷり味わわせてやる!
「……? ソロ交尾って、なんですの……?」
「えっとですね王女さま、たぶんそれは……ごにょごにょ」
「えぇぇっ!? ク、クラーケン娘も、するんですの!?」
リベルと王女は、ベッドの陰で仲よくトークしている。
いいぞリベル。王女がパニックを起こさないよう、適度な猥談で場を繋いでくれ。
しかも、耳寄りな情報が手に入った。
『クラーケン娘“も”』ということは、王女様も……。
色欲魔法の想像力がビンビンに刺激され、俺は背筋に昂ぶりが走るのを感じた。
クラーケン娘の、ミルク・オ・ザーザー。
絶頂に――備えろ!!
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