第21話 無数の触手が王都を喰らう。

「ひゃあぁっ! ゼクスさあぁぁんっ!」


「喋るな! 舌を噛むぞ!」


 王都・アナカリスの景色が、すさまじい勢いで背後に流れ過ぎていく。


 俺はリベルをお姫様だっこしたまま、王都の中央通りを駆け抜けているのだ。


 それもそのはず。

 王都は今、怒号と悲鳴、そして無数の破砕音に支配されているのだから。


 ガラスが割れる。

 家が崩れる。

 塔がへし折れる。

 教会が潰れる。


「なんで王都のド真ん中にあんなヤツらが出るんだよ!?」


「知らないわよ! とにかく逃げましょう!」


「結界があるから安全じゃなかったの!?」


「魔法騎士団が応戦してるってよ!」


「パパー!? ママー!?」


 連鎖する爆発音。

 土煙が視界を覆い、たくさんの悲鳴が俺の耳をつんざく。

 中央通りにはレンガやガラスの破片が大量に飛び散っており、逃走中に転倒する人々も多い。


「倒れている場合じゃないぞ!」


 俺は疾走しながらも、視界に入るケガ人たちに軽い回復魔法――ロウ・キュアーを連射していく。


 するとそのとき、


『ぎゅろろろろろろろ……!』


 街に、奇妙な鳴き声が響いた。


 粘り気のある異音の主は魔族――ジャイアント・クラーケンだ。


 ねとぉぉ……と光る、粘液まみれの柔らかな身体。

 数十本の長い脚。


 妖しいぬめり気を帯びた巨体が、街を破壊しながら人々をヌルヌルにしているのである。


 先ほど発動した探知結界によると、ジャイアント・クラーケンの数は五体。

 どれもが周囲の建物を超す特大サイズである。


 そのうち四体は王都の東西南北に散り、破壊の限りを尽くしている。


 そして残る一体は、王都の北西部に。

 そいつだけは王都の中心――王宮の方角を向いたまま静止しているのだ。


 王都に到着したとき、すでにここは大混乱の真っ直中だった。


 俺とリベルは逃げ惑う人々の濁流に呑まれ、ひとまず彼らと一緒に走っているというわけだ。


 わざわざリベルをお姫様抱っこしている理由は一つ。

 馬車での鍛錬のせいで、彼女がすっかり腰を抜かしているからだ。

 肩のコリはほぐれたようだが、いささか気持ちよくなりすぎてしまったらしい。


「妙だな……」


 走りながら、俺はつぶやく。


「そ、そうですよねっ。王都の近くには海がないのに、なんでクラーケンなんかが……。それも、五体も!」


 こちらの腕にすっぽり収まったリベルは、不安げな表情だ。


「そうだな。海の魔族が王都に迷い込むとは考えづらい。となると、誰かが召喚したのか? これほど巨大なクラーケンを、五体も?」


「うぅぅ、誰がそんなことを……」


 王都・アナカリスの周囲には、魔族を探知するための巨大な結界が張られているらしい。


 海から上がったクラーケンが接近すれば、すぐに結界が反応し、王立魔法騎士団や憲兵隊が敵の侵入を阻むはずだ。


 そう考えると、やはり誰かが王都の敷地内に召喚した線が濃厚だろう。


「犯人はわからないが、早めに討伐しなくては。このままでは王都の飲用水が全滅してしまうぞ」


「き、聞いたことあります! クラーケンって水がなくなると、淡水だろうと海水だろうと関係なく、とにかく水を求めて暴れ出すんですよね!? しかも、クラーケンが触れた水は邪悪な魔力に冒されちゃって……」


「よく勉強しているな、偉いぞリベル。……もちろん浄化魔法を使えばどうにかなるが、王都全域の飲用水を完全に清めるとなると、手練れの魔法使いが束になっても十日以上かかるだろう。やはり早めの討伐を……」


 そのときだ。


「きゃあぁぁぁぁあ!!」


「マリンちゃぁぁん!」


 俺たちのすぐ後ろで、あまりにも悲痛な叫び声が上がった。


「……ッ!」


 反射的に急制動をかけ、振り返る。


 なんとそこでは、制服姿の少女がクラーケンの長い触手に捕まっていた!

 粘液まみれになっているのは、水色髪の少女。

 ピンク髪の少女が、その様子を絶望のまなざしで見つめている。


 二人は同じ制服を身にまとい、背丈も同じで顔立ちもそっくりだ。

 胸の発育はともに十二歳ほどで、髪型もツイーンテールで揃えている。

 おそらく双子だ。


 クラーケンの本体は大通りの向こう側にある。

 ここからでは建物が邪魔して、敵の全身が確認できない。


 そんな状況でありながら、不届きなことに、クラーケンはマリンの身体に魔性の触手を伸ばしていった。

 無垢なる柔肌に粘液を擦りつけるように、ねっとり、ねっちょりと。


『ぎゅろろろろろ……』


「あ、あ、あ……ホ、ホムラ、ちゃん……あぁぁ……」


「マリン、ちゃん……あぅぅ……ど、どうしよ……どうしよぉぉ……」


 クラーケンの低い鳴き声。 

 すっかり青ざめたマリンは、為す術なく震えるのみ。

 双子の片割れであるホムラも、その場で固まってしまった。

 土ぼこりに汚れたマリンのミニスカートが太ももの付け根までめくれ上がり、俺の視線を縫い止める。


 うぞぞ……うぞぞぉ……。


 触手は粘液をたっぷり滴らせている。ぬらぬらと光る淫らな腕は、肉づきの薄いマリンの脚をねちっこく撫で回しながら、ゆっくり、ゆっくり這い上がっていった。

 行き先は――太ももの奥だ。


「マリンちゃん! 逃げて! 逃げてよぉぉ……!」


「ひぁぁぁああっ! ……ひぅっ。んぁっ、はぁぁっ……あンッ!」


 ピンクのツインテールを振り乱し、ホムラが必死に声を張る。

 マリンも同じく恐慌の叫びを――と思いきや、彼女の声は心なしか艶っぽくなっていった。


「あぁぁっ、そんなっ……んんぅ、だめっ……だめだよぉ……。そ、そこは未来の彼氏のために、大切にっ……はぁあぁぁんっ!」


 トロトロの粘液をたっぷり分泌させた触手が、マリンのふくらはぎと太ももを弄ぶ。そうして焦らすように柔肌をくすぐりつつ、上へ上へと伸びてゆき――。

 あぁ、到達してしまう。

 さっきから見えそうで見えないポジションをキープしている、マリンのミニスカートの中に……!


 リベルが首をかしげる。


「あ、あれれ? なんだかえっちな声に……?」


「おそらく、粘液が媚薬になっている品種のジャイアント・クラーケンだな」


「なんてえっちな!」


「ここで待っていろ。俺が――行く!」


 リベルを下ろすと、俺はすぐさま地面を蹴った。


「これだ!」


 疾駆の道すがら、視界に入った大きめのガラス片を拾う。


 そして――。


「はあああぁぁああああああ!!」


 すらりとしたマリンの脚に絡みついている羨ま……けしからんクラーケンの触手めがけて、ガラス片を繰り出した。


 ズブッ! ズブズブンッ、ズブ、ズブンズブズンッ! ズブ、ズブ、ズブ、ズンッ!


 瞬間的に連鎖したのは、ぬめった濁音。


 ガラス片による十六連撃が、クラーケンの足をブツ切りにしたのだ。

 当然ながら、マリンの肌には傷一つつけずに!


 俺はツインテールの美少女に下心なく肩を貸し、


「さあ、俺に身体を預けて。……自分で立てるか?」


 ごくごく紳士的に声をかけた。


 ガラス片の十六連撃を食らわせる際、ズブッ! ズブズブンッ、ズブ、ズブンズブズンッ! ズブ、ズブ、ズブ、ズンッ! のリズムに合わせて『俺も! ミニスカートから伸びる美脚に! むしゃ! ぶり! つき! たい!』という心の叫びを発していたことなど、マリンは夢にも思わないだろう。


「は、はい……あンッ! あ、ありがと、ござぃ、ます……んんっ」


「気を確かに持って! 早く二人で逃げるんだ!」


 そうして軽く背中を押す。

 まだ媚薬の効果が残っているせいか、声に若干のエロスが感じられたものの、マリンは気丈にうなずいた。


「わ、わかりました。ホムラちゃん……行こ!」


「おにーさん、ありがとう!!」


 ホムラと手を繋いだまま、ふとマリンが振り返る。


「本当にありがとうございます! せめてお名前を……!」


「俺はゼクス・エテルニータ。王立ファナティコ魔法学院の生徒だ!」


 深く深く頭を下げ、マリンとホムラは走り去っていった。


 安産型の腰まわりを見送りつつ、


「双子の美少女か……。色欲魔法の創作意欲がそそられるな……」


 姉妹丼、という美味なる単語に思いを馳せ、俺は身体の一部を熱くした。


 だが、一難去ってまた一難。


『ぐろろろろろろろろろろ……!!』


 再び奇怪な叫び声――。

 大通りの向こうにいるジャイアント・クラーケンが、何かを企んでいるようだ。


 そこへ鋭い声が飛ぶ。


「むっ、学生か! ケガはないか!?」


 馬にまたがり颯爽と現れたのは、Mに嬉しい軍服姿の美女たちだ。


 数は三人。

 全員が全員、Mに嬉しいキツそうなツリ目である。

 三人は大ぶりの杖を持ち、いつでもMの尻をぶっ叩……いや、攻撃魔法を放てる態勢を整えている。


「この人たち、王都の憲兵さんですっ」


 リベルが律儀に耳打ちしてくれた。


 そうか、この軍服は憲兵の制服か。

 三人の美女憲兵は街を巡り、逃げ遅れた者を救助しているようだ。


「俺たちは大丈夫です! 混乱している人たちに、明確な避難場所を伝えて回ってください!」


 こうしている間も、俺たちの横をたくさんの人々が駆け抜けていく。

 王都の東西南北にジャイアント・クラーケンがいる以上、果たしてどこへ逃げれば安全なのやら……。


 俺の言葉を聞いた美女憲兵の一人が、


「承知した! その制服――ファナティコか。名門校とはいえ、キミたちは学生だ。決して無理せず、身の安全を第一に……」


 と、Mに嬉しいハスキーボイスを発している最中――。



 ぶびゅうううぅぅぅぅっ! ぶびゅるるるっ! どびゅるるるるるるるる……!



 王都の空に響き渡ったのは、あまりにも盛大なドピュ音だった。

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