第20話 勇者の少女・レヴィが過ごした2000年。

「んんぅっ……ゼクスうぅ……好き……らいしゅきぃぃ……。んにゃむにゃ……えへへ、あぁんそんなとこ触っちゃ……んふふっ……ふぁ? もぅ……朝?」


 私――レヴィ・ベゼッセンハイトは、ゆっくりと目を開けた。

 今日も変わらず、エメラルドグリーンの淡い光が視界を支配している。


 ……ううん、『目を開けた』っていうのはちょっとおかしいかも。


 だって私、精神体だし。


 まあ、それを言ったら寝る必要もないんだけどね。

 お腹は空かないし疲れもしないし、そもそも別に眠くもならない。


 でも……暇で暇でしょうがないんだもん!

 だいだいだ~いしゅきなゼクスのためとはいえ、二〇〇〇年の封印は長すぎるわよー!


「ゼークースー! 早く転生してきてよー! ケッコン! 早く私と結婚しゅるのぉぉー! ……って、あぁぁぁあああ! もう二〇〇〇年経ってる!」


 私は精神体になった当初に生成しておいた、二〇〇〇年カウント用の魔導時計にかじりついた。


 何年か昼寝してるうちに、やっと二〇〇〇年経ったんだ。

 二〇〇〇年も精神体をやってると、睡眠時間がどんどん長くなっちゃうのよね。


「ってことは、もうゼクスは転生してきてるはずね!? どこどこ!? どこどこどこ!? もーどこよゼクス! ゼークースー! ゼクス好きー! 好き好き好き好き好きしゅきぃー!」


 私は探知結界を発動して、愛しのゼクスの反応を探った。


 ……けど、見つからない。


「あ、そっか。転生ってことは、外見が変わってるはずね。うーん……でも、魔力の波形自体は変わらないはずだから、もうちょっと範囲を広げよっかなー?」


 ここ二〇〇〇年、話し相手は自分だけ。そりゃー独り言だって増えるわよね。


 いや、話し相手はもう一人か。


 それはもちろん、妄想の中のゼクス!

 ゼクスと結婚してどんな人生を歩むのか……二〇〇〇年間ず~っと、もう数千パターン妄想してきたから、あんまり寂しくなかったもんね!


 ――そう、ここは大樹の形をした魔導空間。


 自分の肉体を精神体に変換して封印することで、老化せずに数千年の時を過ごせる特殊な結界なの。



 私が封印されてるこの大樹は、〝勇者の世界樹〟って呼ばれてるわ。

 そして私、レヴィ・ベゼッセンハイトは、“勇者の少女”なんて異名を持ってるの。



 この勇者の世界樹(私)をシンボルにして、神聖アナカリス王国の王都・アナカリスが広がってるわ。


 勇者の少女レヴィは、この樹の下で永遠の眠りについてることになってるの。

 今では聖地であり墓所みたいな扱いよ。


 聖地にされてる理由の一つに、この世界樹がエメラルドグリーンに光ってることが挙げられるわ。


 この光、ぜ~んぶ魔粒子なのよ。


 封印された直後から、私は二〇〇〇年間ずっと魔粒子を放出し続けてるの。

 魔粒子が濃い環境を作っておけば、ゼクスはたくさん魔法を研究できるようになるわ。転生してきた時にきっと喜んでもらえるはずよ!


 あ~もぅゼクスしゅき。ゼクスのことしか考えられない。ゼクスとお喋りしたいデートしたいおてて繋ぎたい触りたいちゅっちゅしたい結婚したいしゅきしゅき。


 二〇〇〇年後に転生してくるゼクスに……ううん、だいだいだ~いしゅきな私の旦那様ゼクス・エテルニータと再会してちゅっちゅして結婚するために、私はここで十六歳の若さをキープしたまま、ず~~~~~~っと待ち続けてるんだから!


「はぁ、はぁ……ゼークスっ、どこかな~?」


 探知結界をどんどん広げていく。

 私のゼクスを探し求める。


 思い出すのは別れの場面――。


 二〇〇〇年前、ゼクスと私が率いるパーティーが金剛処女神・ユニヴェールをやっつけて、世界は平和になったわ。


 それからしばらくして、パーティーは解散。

 メンバーもバラバラになって、それぞれ第二、第三の人生を送ることに……。


 私はパーティーを組んだ当初からゼクスのことが密かにガチしゅきだったから、『ここがタイミングね!』と思って、愛を告白しに行ったのよ。


 なのにゼクスったら、


『――我を時の流れから解放し、遙かなる世に再誕を――』


 って、とんでもない詠唱をやってるんだもん!


 超越転生――。

 もう第何階梯魔法かもわからない、超絶ハイクラスな転生魔法よ。あのゼクスがわざわざ丁寧に詠唱してたんだから相当なものだわ。


 私は全速力で駆け寄って、


『ゼクス待って! 私、あなたのことが好――』


 そこまで言ったところで、ゼクスの身体は転生の光に飲み込まれちゃったの。


 私は慌てて魔力の残滓を回収して、パーティーメンバーだった錬金術師の子に調べてもらったわ。


 そしたら……転生の行き先は、なんと二〇〇〇年後。

 ゼクスはとんでもない未来へ行っちゃったのよ。


 二〇〇〇年後への転生魔法なんて、この世界でゼクスにしか使えないわ。


 だけどね、万策尽きたわけじゃなかったの。


『もう会えない、もうダメよ』って泣いてる私を見かねた錬金術師の子が、この魔導空間のことを勧めてくれたのよ!


 私は勇者の権限を使って、優秀な魔法使いを世界中からかき集めたわ。


 そうして集結した全員の力を合わせて、大樹の形をした魔導空間を作り上げたの。


 で、私は晴れて魔導空間に自分を封印できた……っていうわけ。


 遠見の魔法――『千里心眼』を使えば外の様子を確認できるし、射程圏内なら他の魔法だって使えるわ。

 この便利な大樹の中から、私は二〇〇〇年の間、世界が移り変わっていく様子を見てきたの。


 二度の大戦争から立ち上がり、戦禍によって後退してしまった文明を、少しずつ、少しずつ発展させていく人間たちをね。



 ――――――ビビビビビ!



「反応!? どこ!? ゼクスどこ!? しゅき!」


 探知結界が騒いでる!

 この魔力波形……たしかにゼクス本人のものだわ!


「わわわ! 王都に近づいてるじゃない! この速度は、馬車ね」


 だけど一つだけ疑問が。


「な、なんか、別の魔力波形と重なってるけど……どういうことかしら、これ」


 膝の上に座ってる……とか?

 二階建ての馬車……とか?


 いくつか可能性を考えたけど、あえて千里心眼は使わないわ。

 ゼクスはきっと私のもとへ――勇者の世界樹まで来てくれるもの。

 今のゼクスのご尊顔は、そのときのお楽しみ!


「あらら?」


 わりと近くに……というか王都のドまんなかに、巨大な魔力反応が現れてるわ。誰かが何かを召喚したのかしら? ゼクスのことで頭がいっぱいで気づかなかったわ。


 かなり禍々しい魔力波形ね。

 うねうねで、にゅるにゅるで、ねっとりとした無数の触手が……。


「わっ。これ、魔族だわ!」


 王都アナカリスが、ジャイアント・クラーケンに襲われてる……!

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