第9話 弟子入り志願者は、魔法学院の落ちこぼれ少女。

 わたしのぱんつ、もらってください……だと?

 あまりに突然の申し出に、俺は思わず固まってしまった。

 確かに、死ぬまでに一度は言われてみたいと思っていたセリフの一つだが……。


 目の前には、こちらに下着を差し出すリベル。


 材質は綿。

 色は白。


 ――純白の綿ぱんつ、である。


 リベルは首から上が真っ赤だが、視線は俺をまっすぐ射貫いている。

 その眼は真剣そのものだ。


「お願いします……もらってください! わたしのぱんつ、もらってください!」


 恥じらいながらも懇願する彼女を前に、俺は前々世の記憶を想起する。


 かつて【剣聖】と呼ばれていた時代。

 七体目の神域古龍を斬り伏せ、平和になった俺の故郷で『あやとり』という遊びが流行り始めた。


 リベルの下着の持ち方は、まさに『あやとり』そのものだ。


 脚を入れる穴に左右の指を絡め、最も恥ずかしい部分――クロッチの内側を、俺の眼前に晒しているのだ。


「うぅぅっ……」


 リベルが脚をモジモジさせる。

 短いスカートから伸びた太もも。雪白の柔肌が、摩擦によってスベ……スベスベ……と繊細な交響曲を奏でた。


 ノーパン、である。

 今のアクション――ノーパンでなければ説明がつかない。


「すぅぅ~……はぁぁ~……」


 俺は呼吸を整えた。

 その拍子に、リベルの純白綿ぱんつが放つ淫靡な香りが鼻腔に忍び入り、脳裏に幸せの火花が散った。


 俺は手を伸ばし、


「お前の気持ち、しかと受け取ったぞ」


 ほんのり温かい綿ぱんつを手に取り、よく揉んでみた。


 なんて柔らかな生地だ。これは本当に綿だろうか。

 二〇〇〇年の間に魔法は退化してしまったが、縫製技術は大躍進したようだ。


 色彩は清楚なる純白。

 下着の前面を示す可憐なリボン以外、余計な装飾は一切無い。


 クロッチ部分は布が二重になっており、そこに刻まれたシワ――絶妙なくしゅくしゅ感は、高潔なる乙女の証に他ならない。このクロッチのシワこそが、綿ぱんつの醍醐味と言っても過言ではないだろう。


 清楚・可憐・高潔――。

 王立ファナティコ魔法学院の教育理念は、こんなところに『活きて』いたのだった。


 リベルの表情は変わらない。

 俺の瞳をまっすぐ見つめ、眉をギュッと吊り上げて……。


「わ、わたしを、弟子にしてください!!」


「いいだろう」


「お断りされることはわかっています! ですけどわたし、心から感動したんです。ゼクス様の自由すぎる魔法を見た瞬間、わたしの常識が吹き飛びました。とってもえっちで、なのに堂々としていて、カッコよくて……あの体験は衝撃そのものでした! どうかわたしに色欲魔法の神髄を教えてください! どうか、どうか!」


「……だから、いいぞ?」


「お願いします! お願いします……! あなたこそゼクス・エテルニータ様ご本人だって、わたし、信じてます! 編入試験であなたの身体から立ち上っていた魔力、それが何よりの証拠です!」


「で、弟子にするぞ?」


「何度断られても、何度だって伺います! 弟子にしていただけるまで、毎日ぱんつをお持ちしますから……!!」


「だ、だから……」


 リベル(ノーパン)は目をぐるぐる回しながら、幽鬼のような表情でにじり寄ってくる。


 小柄なのに、なんて気迫だ!


【剣聖】で【魔導王】の俺が、とうとう中央管理棟の壁に追い詰められてしまった。


「あの盗賊少女も、こんな気持ちだったのか……?」


「お願いします……お願いします……弟子に、弟子にぃぃぃ……」


 俺を壁に追い詰めても、リベルの進軍は止まらない。こちらの腹部にたわわな感触がむにゅむにゅと押し当てられる。


 しかし彼女は気づいていないようだ。俺の顔を見上げながら、うわごとのように『弟子ぃ……弟子にぃぃ……』と言葉を重ねている。


「くっ、ならば!」


 むにゅんっ。

 俺はリベルの柔らかいところを、両手で摘まみ上げた。


 ぷにっ、ぷにゅんっ、ぷにゅにゅにゅっ。


「おぉぉ、これはなかなか……!」


 楽しい――。

 少女の柔らかな頬を引っ張るのは、なんて楽しいんだ!


 そう。摘まんで引っ張ったのは、あくまで左右の頬である。


「――はぇっ? わたしは今まで何を……」


 ちょっとばかり痛かったのか、リベルの瞳に正気が戻った。

 しかしすぐに状況を思い出したらしく、


「あ、あの、ゼクス様! わたしを!」


「する! 弟子にするぞ! あぁ、ちょうど弟子を取ろうと思っていたところだったんだ! なんでも教えるから俺のもとで学ぶといい!!」


 会話が無限ループしそうだったので、早口で言い切った。


 果たして――今度は通じたようだ。


「あぁあぁぁぁ……! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 彼女は感極まったような声を出し、何度もお辞儀を繰り返した。


 小さな身体がピョコピョコ動くのは愛らしかったが、そのたびに大豊作のたっぷり果実がたゆんたゆんと弾んで躍るため、心のざわつきが止まらない。


 とにかく。

【剣聖】で【魔導王】のゼクス・エテルニータ。

 純白綿ぱんつをくれた女の子を、弟子にすることになった。


 二人で近くのベンチに座る。

 あたりに人気はなく、込み入った話もできそうだ。


「むふー。むふーっ」


 弟子入りが嬉しいのか、リベルは興奮気味に鼻を鳴らしている。しきりに脚をパタパタ揺らしているのも可愛らしい。


「あ、あのぅ、ゼクス様!」


「その『ゼクス様』というのは止めにしよう。明日からは、同じ学院の生徒になるんだからな」


「ということは、編入試験は合格だったんですね。おめでとうございます! では、『ゼクスさん』で!」


 リベルが、ぱぁぁ~っと祝福の笑みを咲かせた。理事長を押し倒して要求を呑ませたことは黙っておこう。


「よし。次からゼクスさんと呼んでくれ。俺は……」


「リベルとお呼びください。フルネームはリベル・ブルストですけど、ファミリーネームで呼ばれるのはあんまり好きじゃなくって……」


 何か事情があるのか、リベルは軽くうつむいた。


 しかし思い出したように顔を跳ね上げ、


「あの、ゼクスさんっ。今更訊いちゃうのも怖いんですけど……ど、どうしてわたしを弟子にしてくださったんですか?」


 やや強引に話を切り替えてきた。


 どうして弟子に、か……。


 やがて復活する金剛処女神・ユニヴェールと戦うためには、パーティーメンバーが必要だ。

 俺の色欲魔法をサポートしてくれたり、自身が色欲魔法を使えたり……ともかく、俺のちょっとえっちな魔法体系に理解を示してくれる仲間が欲しかった。


 リベルには、その素質があると感じたのだ。


 そしてなにより――。


「決め手は、お前の下着だ」


 俺は重々しい口調で切り出した。


 リベルは目を丸くする。


「わたしのぱんつ……ですか?」


「その通り。リベルは熟考した上で、色欲魔法の使い手である俺への手土産として、自身のホカホカぱんつを選んだんだろう?」


「そ、そうです……。えっちな魔法を使うお方なら、脱ぎたてぱんつ……お好きかと思いまして」


 リベルは顔を赤らめた。


「わたしが差し上げられるえっちなものって、ホントに少なくて……。お触りとかキスは、お付き合いした人でないと……ですし。かといってそれ以上のコトは、結婚した人でないと……。わたしなんかのぱんつなんて嫌がられるかもしれないと思いましたけど、もうそれしか考えつかなくって……」


「ホカホカ綿ぱんつを嫌がるなんてとんでもない。しかし、単に脱ぎたてぱんつをプレゼントされただけでは、俺も弟子入りを即承認はしなかっただろう」


「え、えっと……?」


 こちらの意図を量りかねているのか、リベルが小首を傾げる。


「お前の弟子入りを認めたのは、そこに確固たる覚悟を感じたからなんだ。さっきの下着の渡し方にこそ、リベル――お前の〝想い〟が詰まっていた」


 石板に箴言を刻み込むように告げる。

 かわいい弟子に、師匠の信念を伝えるのだ。


「リベルは俺の眼前に、下着の中で最も恥ずかしい場所を晒してみせた。――そう、クロッチの裏側だ。あれが表側だったら、単に下着を受け取るだけに留まっていただろう。すぐには弟子入りを認めなかった」


「あっ……!」


 リベルがいっそう頬を染めて縮こまる。どうやら無自覚だったようだ。


「そうだ。自覚せずとも、己の覚悟を相手に伝えられる――。それはリベルの強みになるはずだ。よく覚えておくといい」


「は、はいっ!」


 褒められたことがよっぽど嬉しかったのか、リベルは何度もうなずいた。

 なんて庇護欲をそそる子だろう。まるで子犬のような……!


「まあ、そうだな……」


 栗色のロングヘアを撫でながら、小さな弟子に微笑みかける。


「明日からよろしく頼む。ともに色欲魔法の鍛錬に励もう!」


「はいっ、ゼクスさん。どうかわたしを鍛えてくださいっ! わたし、魔法のことで悩んでいて……」


 さっそく弟子からの質問だ。弟子の悩みを解決するのは師匠の務めだろう。

 リベルはすぅ~っと息を吸い、




「わたし……えっちな気持ちにならないと、ぜんぜん魔法が使えないんです!」




 ん……? んんん???


 一瞬、思考が停止した。


 リベル・ブルスト。

 脱ぎたてホカホカ綿ぱんつを手土産に弟子入りを志願してきた少女は、とても……とてもとても独特な特性を持っていたのだった。

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