第10話 魔法使いとしての実力=人間としての価値。
翌朝。
教室で転入のあいさつをしても、拍手をしてくれたのはリベル・ブルスト――俺の愛弟子だけだった。
『今日からこのクラスに編入する、ゼクス・エテルニータです。前世では魔導王、前々世では剣聖と呼ばれた大賢者でした。これからよろしくお願いします』
今さら誤魔化しても仕方ない。
ゆえに事実をありのまま伝えたのだが、クラスメイトから返ってきたのは嘘つき野郎を非難し、警戒する視線ばかり。
それもそのはず。
編入試験で大暴れした話は、すでに学院中に広まっているらしいのだ。
リベルによると、『えっちな魔法を使う自称大賢者の変態が編入してくる』と噂になっているとのこと。
「この時代の人間は、これほど視線に嫌悪を込められるのか……。清く・気高く・美しくはどこへ行ったんだ?」
「ま、まぁまぁ。まずは二人でがんばりましょうっ」
隣の席――リベルが気丈に笑いかけてくる。
今は朝礼の真っ最中だ。
昨日の夜、俺は再び理事長室を訪ねた。
ミス・アレクシアに頼んで(再び押し倒して)、リベルと同じクラス&隣の席にしてもらったのである。
「えぇっとぉ~、五日後の模擬戦の準備はできてるかしらぁ~?』
クラスの前方、教壇に立った女教師がダラダラと話している。
模擬戦か……面白い。
今日からリベルを鍛え始め、五日後に成果を見る。これを最初のステップにしよう。
弟子の育成計画を立てつつ、クラス内を横目でチェック。
生徒の数は二十四名。
空席が三つ。
ここ王立ファナティコ魔法学院は三年制で、各学年に五つのクラスがあるという。敷地内にはたくさんの鍛錬施設や運動場があり、男女別の寮、食堂、売店も完備とのこと。さらに飛び級制度もあり、国内外の魔法学院との交換留学も盛んに行われているらしい。
設備や制度は立派なのだが……う~む。
「クラス内で上位にランクインした子は、今度の学年対抗戦にも出られるのよぉ~? し~っかりがんばってねぇ~」
女教師の説明は続いていく。
『…………』
その間も、俺とリベルはクラスメイトから無言の圧力を受け続けたのだった。
一限目の開始まであと少し――。
クラスメイトが机に教科書とノート、羽ペンを出し、授業の準備を整えていく。
「一限目は歴史学か。好都合だな。二〇〇〇年の間に何が起こったのか、少しはわかるかもしれない」
「ゼクスさん。教科書、一緒に見ましょう」
「ああ、ありがとう」
隣のリベルと机をくっつけ、二人の間に一冊の教科書を置く。
教材の手配が間に合わなかったので、しばらくはリベルと共有することになりそうだ。
ちなみに、昨夜は野宿だった。
この時代の金は持っていないので、運動場の隅に生えていた野草と、噴水の水をディナーにした次第である。
男子寮が使えるのは今夜かららしい。
「ふむ……」
リベルの教科書をパラパラめくり、予習を開始する。
この二〇〇〇年で、綿ぱんつの縫製技術の他に、製紙技術も大幅に発展したようだ。前世にこれほど読みやすい印字は存在しなかった。
――ふと、違和感を覚える。
「リベル、ちゃんと勉強しているのか? 教科書が妙に新しいじゃないか」
今は学期の中盤だ。
これまで歴史学の授業は何度も受けてきたはずだが、教科書にはほとんど折りぐせがついていない。
「フフッ。もしかして、歴史学が苦手だったりするのか?」
俺が小さく苦笑すると、
「…………ッッ」
リベルが、息を詰まらせた。
顔が見る間に青ざめ、頬がヒクッ、ヒクッと不規則に震え出す。
「ど、どうした!? 何か悪いことを言ってしまったか!?」
「いえ、いえいえ、なんでもありませんよっ。あ、あはは……わたしったら、そそっかしくって。しょっちゅう教科書なくしちゃうんです。……あはは」
明らかな作り笑いで表情を塗り固めるリベル。
これは、もしや……。
嫌な予感を抱いた、次の瞬間。
ダァンッ!
「ひぁあぁっ!」
リベルがこちらに飛びかかってきた!
いや、違う。
誰かがリベルの机を蹴ったのだ。
その勢いで、彼女が俺の胸に飛び込んできたのである。
「チッ。浮かれてんじゃねーよ、落ちこぼれが」
リベルの机を蹴り飛ばした犯人――赤髪の女子生徒が吐き捨てるように言った。
さらに青髪と緑髪の女子生徒が現れ、
「アンタみたいなゴミ魔法使いが、笑顔になっていいと思ってんの? つーか早く学院辞めてくんない? 学院のツラ汚しの自覚あんの?」
「ふざけたデカ乳でオトコを捕まえたみたいだけど、相手がウソつきのド変態じゃねぇ~。あっ、むしろお似合い? キャハハハ!」
敵意剥き出しでリベルを罵ってくる。
「お前たちは……」
いかにも遊んでいそうな派手な化粧。
そして着崩した制服。
三人の顔には覚えがある。
昨日、タオルを落としてしまったリベルを罵倒し、さっさと校舎の向こうへ去っていった面々だ。
赤髪が、床に落ちた教科書に気づいた。
「おい、新しいの買ってんじゃねーよ! アタシらがカキコミと靴跡でダメージ加工してやったやつ、学院辞めるまで使えって命令しただろーが!」
叫ぶや否や脚を上げ、リベルの教科書を踏みつけようとした。
「遅い」
だが、剣聖の体術をもってすれば、後の先を取ることは容易である。
ダンッ!
赤髪が踏みつけたのは、教室の床のみ。
教科書は俺が回収して懐に収めた。
「……あ? 教科書……消えた?」
「オマエ何した! このゴミに肩入れすると、クラスで居場所なくすよ!?」
「い、行こうよ! えっちな魔法使われるかもしれないし! キモ! キモすぎ!」
俺は立ち上がった。
「――リベルに謝罪しろ」
ほんのわずかに魔力を開放しながら、三人を睨みつける。
『……ッ!』
彼女らの顔が引きつった。
当然だ。
俺の身体から発せられる魔力には、明確な怒りを込めたのだから。
だが、これ以上の開放は危険だ。加減を間違えば、三人は俺の魔力にあてられて意識を失ってしまうだろう。
卒倒させてやるものか。
まずはリベルに謝らせなければ。
「うぅぅ……うぅぅぅ……」
かわいそうに。
リベルは自分の席に縮こまり、ガタガタ震えている。
三人の女子生徒は反省――するかと思いきや、
「だ、だ、黙れ変態。テメーにはカンケーねぇだろ!」
「つ、つーか、その程度の魔力でアタシらに刃向かうとかあり得ないから。ちょっとはデキるみたいだけど……た、大したことないじゃん」
「キミさー、いくら変態でも、女の趣味悪すぎ。な~んでコイツなんかと一緒にいんの? 編入初日なのにどーゆー関係? キャハハハ!」
今度は俺に敵意を向け始めたのだった。
困ったな。この三人は、こちらの力量を察することすらできないようだ。
いま開放した魔力を、俺の全力だと思い込んでいるらしい。
それはともかく、ひとつ言っておかなくては。
俺はクラス内を見渡した。
今のやり取りにどんな反応を示しているか確認するのだ。
結果は……。
無関心が八名。
気の毒な顔が三名。
ニヤニヤする者が十二名。
睡眠中が一名。
つまり多くの生徒にとって、リベルが迫害されるのは当然と認識されているわけだ。
編入試験のときにも感じたが、この学院の生徒たちは大いなる選民意識を持っているらしい。
魔法使いとしての実力=人間としての価値。
といったところか。
己の存在を尊ぶことは大切だが、その気持ちが肥大化し、他者を傷つけてしまうのはまさしくゲスの所業である。
この国随一の魔法学院において、魔法の実力に乏しい者がどういう目に遭うのか……。
リベルを取り巻く環境を目の当たりにして、俺は学院全体の――この時代の価値観を実感した。
だからこそ、緑髪の質問に答えなくては。
俺とリベルがどういう関係なのか――。
「俺――ゼクス・エテルニータは、リベル・ブルストを弟子に取った!」
直後、クラス内が騒然とする。
「弟子!?」
「なんでクラスメイトを弟子にするのよ」
「声でけーよ」
「編入生が調子のんな」
「でも編入試験、すごかったよ?」
「あんなのマグレだろ」
たくさんの会話が乱れ飛ぶ中、
「ゼクスさん……!」
俺の後ろで震えていたリベルが、涙声を上げる。
今まで辛かっただろう。
誰も味方がいない教室で、たった一人で過ごしてきたのだ。
そんな彼女に寄り添いたい。
ともに力を高めたい。
だから、続けて大きく声を張った。
リベルをいじめた三人の女子生徒に向かって、強い口調で。
「そこの三人。五日後に開かれる模擬戦で、リベルと勝負しろ。リベルが勝ったら、今までの行いを謝罪するんだ。額を地面に擦りつけてな!」
「ゼクスさん!?」
リベルの涙が一気に引っ込む。
悲しみよりも驚きが勝ったようだ。
俺は彼女の耳もとで語りかける。
「大丈夫だ。俺が鍛えれば、たとええっちな気持ちにならないと魔法が使えないお前でも、勝利を手にできる。必ずな」
「で、でも……」
一度は不安そうに瞳を泳がせたリベルだが、
「……わ、わかりました。わたし、やります!」
頭を振って気持ちを整えたのか、力強い返事を放った。
だが、いじめっ子たちは揺るがない。
「あ? ナメんな変態。ウチらがそのゴミに負ける? ありえねーわ」
「だったらそのゴミが負けたら、二人で学院辞めてね? それなら戦ってやるから」
「キャハハ! 変態と落ちこぼれが組んだって、何にもならないのに~☆」
こうして。
謝罪と退学を賭けた模擬戦の開催が決定した。
「うぅぅ……」
リベルは身を固くしているが、俺には確かな勝算がある。
気づいてしまったのだ。
リベルとの会話の中に、その秘められた才能が垣間見える場面があったことに。
勝負は五日後。
リベルの才能、必ず開花させてみせる……!
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