第8話 美人理事長を“堕とす”ために必要な行為。
「ふぅ……。では、仕上げといこうか」
筆記試験の会場を出た俺は、ある場所へ向かった。
結論から言うと、試験は三秒で終了した。
もちろん全問正解である。
『では、試験開始!』
『終わった』
『はぁ?』
『退出してもいいだろうか?』
『え、えぇ、まあ……』
というのが、数秒前の試験官とのやり取りである。
試験開始直後、まず俺は探知結界を発動させた。
探したのは、採点用の答案用紙だ。
答案用紙は職員室の金庫内で発見したが、俺の探知結界の前では無力である。
あとは簡単。そこに書かれた正答を探知結界で読み取り、俺の答案用紙に魔導転写したのである。
これらを三秒以内に済ませ、俺は悠々と退室したのだった。
「まともに解けば、魔導全書に関わる問題はアウトだっただろうな……」
苦笑しつつ、中央管理棟なる立派な建物の階段を上っていく。
俺が記した魔導全書は改訂され続け、二〇〇〇年の時を経てまったくの別物になってしまった。
アイリスの『ゼクス様クイズ』のように、現代では何が正解とされているのかわかったものじゃない。
そもそも試験官は、試験中の魔法の使用を禁じる旨を説明していなかった。
わからない問題に直面した際、試験官にバレないように魔法を使って正答を得るのも、魔法使いの実力を示す一つの手段と捉えて差し支えないだろう。
「おっ、ここか」
目的地に到着した。
高級感あふれる木製ドアには、『理事長室』のプレートが掛かっている。
「どれどれ……」
俺は眼球に魔力を集め、第二階梯魔法――トランスルーセントを発動させた。
これはいわゆる透視魔法である。
そのままドアを見つめていると……だんだんと室内の様子が浮き出てくる。
奥の執務机には、色気たっぷりの美女の姿が。
外見年齢は三十代前半。髪は漆黒のストレートロング。そして四角いメガネ。お堅い雰囲気だが、知的な美貌の持ち主だ。
身体にフィットした礼装の胸部を、ご立派な膨らみがもっちりと押し上げている。
サイズは……グッド。
熟れ具合も……グッド。
若干だらしなくなったお肉がもたらす熟成された美しさは、色欲魔法の創作に不可欠といえる。さらに、タイトなスカートとガーターベルトを合わせているのだから堪らない。
彼女から匂い立つ濃厚なフェロモンに、俺は心で「ぬふぅ」と唸った。
『――では、私の案でよろしいですね?』
『もちろんでございます、ミス・アレクシア・ラーサー。次回の中央魔法委員会では、よろしくお願いしますぞ』
『アレクシア殿。それでは例のオイシイ話についてじゃが……へへへ』
彼女と話しているのは二人の老爺だ。いかにもお偉方という雰囲気である。
二人揃って、カネの匂いがする下卑た笑みを浮かべている。
「きな臭い話だな。まあ、後回しにしてもらおうか」
俺は右手でドアに触れた。
体内に渦巻く魔力と、大気中の豊かな魔粒子が反応し、手の周りに三つの魔法陣が展開する。
第三階梯魔法――手のひらの聖域。
『おふぅぅっ!?』
『ほわぁぁ!』
発動直後、老人たちが弾かれるように立ち上がった。
『お、お二人とも、どうしました!?』
『用事を思い出しましたぞ!』
『ワシもじゃ!』
――バタンッ!
理事長室のドアが開き、老爺たちは廊下の向こうへヨタヨタと駆けていった。
俺は二人に代わって理事長室に入り、ソファにドスンと腰かける。
「心配しなくていい。ちょっと人払いをさせてもらった」
「あ、あなたは……自称ゼクス・エテルニータ!」
黒髪ロングのメガネ美女が、こちらを勢いよく指さす。この反応……やはり実技試験の話は伝わっているらしい。
〝自称〟と強調するあたり、俺がゼクス本人であるとは思っていないようだが、危険人物としてマークはしているようだ。
アレクシア理事長は警戒した様子で、
「…………」
無言のまま嫌悪の視線を向けてきた。
とはいえ、これは想定内の反応だ。
俺がわざわざ理事長室を訪れたのは、こやつの悪だくみを阻止するためである。
彼女の瞳をまっすぐ見つめ、核心を突く。
「俺を不合格にするつもりだろう?」
「ギクッ!」
わかりやすく反応する理事長。大正解だったようだ。
俺は肩をすくめる。
「ここ王立ファナティコ魔法学院では、清く・気高く・美しくをモットーに、生徒たちは規律を守り、折り目正しい生活を送っている。
そこへ、色欲魔法の使い手である俺の登場だ。もし編入を許せば、学院の高貴で優雅で上品な秩序が乱されてしまう。だから、俺が試験でどれだけ点を取ろうが、いちゃもんを付けて不合格扱いにしようとしている……そんなところか?」
「くっ……。だいたい正解よ」
とぼければ快楽魔法の餌食になると考えたのか、理事長は素直に白状した。
レースのハンカチで額の汗を拭い、
「で、でも、それは本校だけじゃないわ。あなたがどこから来たのか知らないけど、私たちは魔法使いだもの。清楚・可憐・高潔。清く・気高く・美しく。それらを体現することこそ理想の生き様よ。色欲魔法とかいう卑猥なモノと関わるなんて、決して許されないわ! えっちなものは禁止よ、禁止!」
「ほぅ」
えっちなものを忌避するのは、この時代の魔法使いたちに蔓延している価値観らしい。二〇〇〇年も経てば価値観が変わってしまうのも当然か。
「なるほど、よくわかった」
俺が何度かうなずくと、理事長は嬉しそうに身を乗り出した。
「では! 今回はご縁が無かったということで!」
「お前は何を言っているんだ?」
「へ?」
間抜けな顔で疑問符を浮かべる彼女に、堂々と言ってのける。
「俺が学院に編入し、この時代の価値観そのものを塗り替えてみせよう! この学院からスタートし、色欲魔法の奥深さと有用性を世界に伝えるぞ! えっちなもの大歓迎! いやらしいこと大いに結構! そんな世界にしよう、うん!」
この時代の人々が色欲魔法を学べば、やがて復活する金剛処女神・ユニヴェールを撃破できる可能性が高められる。
真意はそこにあるのだが、不用意に奴の復活をアピールしては、人々を混乱させてしまうかもしれない。
ユニヴェールの復活を告げるのは、この時代で社会的な足場を固めてからの方がいいだろう。
しかし理事長の反応は、
「………………………………キモっ」
出た。ゴミを見る目だ。生理的に無理、というアレである。
没交渉が確定した。
よって、強硬手段に移る。
俺はソファから腰を浮かせた。
「ま、まさか色欲魔法を!? ひぃぃ!」
警戒していただけあって動きが速い。
理事長はドアに向かって走り出した。
「逃がすか!」
体術で俺に勝てるわけがない。
なにせ俺は、前々世で剣聖と呼ばれていたのだから。
その俊足を発揮し、俺はすぐさま先回りした。
理事長の退路を塞ぎ、彼女をやんわりとソファに押し倒す。
「きゃんっ!」
「フッ。可愛い声も出せるじゃないか」
「は、はわわわっ……顔、近いぃぃ……」
俺が三十年モノの熟成ボディに優しくのしかかると、理事長の美貌はみるみるうちに赤く染まっていった。
清楚・可憐・高潔。それらを律儀に守り抜いてきたせいか、いい年をして純情そのものだ。
むっちり熟した脚の間に、こちらの膝を割り込ませる。
タイトスカートが大胆にずり上がり、レース仕様のガーターベルト(スケスケ)が俺の視界に艶めいた幸福をもたらしてくれた。
「あぁっ、らめ……み、見えっ……」
理事長が慌てた様子でスカートを押さえる。
が、紅潮する美貌を嘲笑うかのように、俺は膝をグイグイ押し込んだ。
彼女の努力も虚しく、熟した美脚がお下品に開いていく。
あと少し。
あと少しでも膝を前方に進めれば、理事長の理事長室を守護する薄布が露わになってしまう。ちょっとえっち、という領域に収まるギリギリのポジションだ。
「あぁぁ……そこっ、まだ……け、結婚した人にしか……うぅぅうっ」
「なかなかどうして、愛らしいな……」
涙目になったメガネ美女の顎を、指先でくすぐる。まるで子猫をからかうように。
これが意外と効果抜群。
「あぅぅっ、あぁぁっ……。くしゅぐったいぃぃ……」
理事長の全身から力が抜け、吊り上がっていた眉がどんどん下がっていく。
「俺を合格にするんだ。そういうことにしてしまおう」
「そ、それはらめぇぇ! が、学院のちつ……秩序がぁぁ……」
なおも顎先をくすぐる。
顔を近づけながら、何度も何度も。
「学院の秩序なら、理事長が現在進行形で乱しているじゃないか。若い男に迫られて発情しているんだからな。……よし、合格でいいな?」
「はつじょっ……してないぃぃ! 合格もらめぇぇぇ!」
くっ。ここまでは上手くいったが、なかなか最後の一撃が決まらない。
意外と我慢強い理事長に、俺はニヤリと笑いかけた。
右手に浮かんだ三つの魔法陣を解除する。
「今、人払いの魔法を解いた。もうすぐ老人たちが戻ってくるだろう」
「ひぁ!?」
すでに理事長は骨抜きだ。俺を押しのける力は残っていない。
「清楚・可憐・高潔。清く・気高く・美しく。そんな魔法学院のトップである美人理事長が、勤務中に若い男とお楽しみ――。その痴態をお偉方に目撃されて、果たして今の地位を守りきれるかな?」
「うぅぅぅ……うぅぅぅぅぅ!!」
「さあ、答えるんだ。俺を合格にするか、積み上げてきたものを台無しにするか!」
「~~~~~~~ッッッ!!」
理事長は唇を噛み、葛藤するように両目をギュッと閉じていたが……。
「おっと、足音が聞こえてきたな。老人たちはすぐそこだ」
「はわわわわ……!」
「さあ、今こそ決断の時だ。こちょこちょ……こちょこちょこちょ」
なおも顎先をくすぐった結果――。
「ごぉかくぅぅ! 編入試験、合格よぉぉぉぉ!!」
美人理事長、アレクシア・ラーサー。陥落!
俺は顎先をくすぐっていた手を引っ込め、理事長の黒髪を撫でた。
「では、明日から世話になるぞ」
「は、はひぃぃぃ……。し、色欲魔法ぉ、しゅごしゅぎぃぃ……」
知的な美貌はどこへやら。快楽に染まりきっただらしない表情のまま、理事長はぐんにゃりと脱力した。
今は色欲魔法など使っていないのだが……まあいい。ともかく合格らしい。
俺は意気揚々と中央管理棟を後にした。
「制服は魔力で生成するとして、まずは今夜の寝床を確保しないとな……」
明日からが始まる学院生活に夢を膨らませていると、
「あっ、あのぅ……!!」
そこへ、一人の少女の声が飛び込んできた。
栗色のロングヘア。
長い前髪で隠れた片目。
とてもとても小さな身体。
それに反する、豊満&豊満な柔肉の膨らみ&膨らみ。
「君は……」
彼女の名はリベル。
清楚・可憐・高潔をモットーとするはずの学院で、他の生徒から酷い扱いを受けていた少女である。
「あ、あの、その……わたし、ええと……」
うまく言葉が出ないらしい。
だが、その表情は真剣だ。
心の底から思いつめているようにも感じられる。
やがて、リベルの眉がキッと上がった。覚悟を決めたようだ。
彼女はまっすぐ俺を見つめ――、
「わたしのぱんつ、もらってください!!!!」
こちらに純白の布を差し出してきたのだった。
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