第7話 動いたら、イクぞ!

 俺が生み出したのは、二十四個の魔法陣。

 それらが絡み合い、ドーム状の檻のように闘技場を覆っている。


 第二十四階梯魔法――。


 正式名称はまだないが、結界内で動くたびに絶妙~な甘イキが襲いかかるという色欲魔法だ。


「さて。アイリス、ユリーヌ」


 俺は二人に迫っていく。

 ちなみに、俺が結界内で動いても甘イキすることはない。


「ユリーヌ……平気?」


「え、えぇ。今は何も感じませんが……」


 アイリスとユリーヌはピタリと動きを止め、顔をこわばらせている。


 さきほど二十四個の魔法陣を乱舞させたことで、俺の言葉に少しは真実味を感じるようになったんだろう。


 動けば、イク。

 警戒するのも無理はない。


 今のうちに、いくつか質問をしよう。


「この時代の魔法使いは、俺の魔導全書で学んでいるんだろう? 魔法を使うとき、その階梯に合わせた数の魔法陣が発生する理由について、どのように教わっているんだ?」


 ややあってから、アイリスがつぶやく。


「そ……それは、魔法の父である魔導王にして大賢者のゼクス様が、最適な魔力の運用をお考えになった結果で……ひぁんっ」


「あらゆる魔法を生み出した際、そこへゼクス様が魔の聖性を与えた証拠であるという説もあって……あンッ!」


 アイリスとユリーヌの身体がヒクッと震える。

 口を動かしたせいで、ちょっとだけ気持ちよくなったようだ。


「……どちらも間違いだ」


 俺はため息をつく。

 二〇〇〇年の間に、我が魔導全書による教えがここまで変質してしまったとは嘆かわしい……。


 魔法の階梯と同じ数の魔法陣が発生する演出を考えたのは、確かに俺だ。

 しかし、そもそも魔導全書に記されている魔法は、おおむね二〇〇〇年前にも存在したものだ。もちろん俺が考えた魔法もあるが、それがすべてではない。


 俺は決して、魔法の父ではないのである。

 それらの魔法を生み出したのは、偉大なる古の魔術師たちだ。彼らの手柄を横取りするわけにはいかないのである。


「では、そろそろ正解を教えよう。階梯と同数の魔法陣が発生する理由……それは!」


 俺がさんざん勿体つけると、


「それは……? ……はぁんっ」


「ど、どんな理由があるんですの? ……んんぅっ」


 アイリスとユリーヌは、甘い快感を得ながらも耳を傾けた。

 俺がゼクス・エテルニータ本人であると信じつつあるのかもしれない。


 二人の視線を浴びながら、俺は声を張った。



「魔法陣がたくさん出るとカッコイイからだ!!」



 ――そう。これが唯一の正解である。

 最適な魔力の運用? 魔の聖性? なんだそれは。

 

 魔導全書が改訂されるうちに、どんどん妙な設定が追加されていったのだろう。


「えぇ~…………んぁっ」


「ゆ、夢が壊れましたわ……ほぉっ」


 アイリスとユリーヌが肩を落とす。

 その動きに合わせて色欲魔法が快楽を与え、いやらしい小声がユニゾンする。


 俺は腕組みをして、


「この他にも、誤訳や妙な改変がされている箇所が無数にあるんだろう。俺は色欲魔法を極めつつ、この世界の魔法使いたちを再教育しなければならないようだ」


 この国随一の魔法学院を鍛え直せば、その動きが国中に広がっていくだろう。

 弟子を取るのもいいかもしれない。

 そうして新時代のパーティーメンバーを集め、やがて復活する金剛処女神ユニヴェールとの戦いに備えるのだ。


「うぅぅっ……そんなくだらない理由で、ゼクス様が魔法陣の仕組みを考えるわけ、ない……。魔導全書にケチをつけるとか、やっぱり許せない……ひゃぁんっ」


「そ、そうですわ。よく考えたら、自称ゼクス・エテルニータなんかの言うことを鵜呑みにする理由がありませんもの……んほぉぉおっ」


 おっと、二人の態度が再び硬化してしまった。

 どうすれば俺がゼクス本人だと信じてもらえるのやら。


 少し考え、


「夢を壊してしまったようだが、第二十四階梯魔法が発生していることは揺るぎない事実だ。この時代に、この階梯の魔法を使える者がいるというのか?」


「……うぐぅぅ。でも、お前はゼクス様じゃない。それは決定……。だから、これはまやかし……。気持ちいいのも、勘違い……ひぁあっ!」


「え、えぇ、何かの間違いですわ。清く・気高く・美しくをモットーとする王立ファナティコ魔法学院の副生徒会長であるわたくしが、快楽などと……んおぉっ!」


 いやらしい声がだんだん大きくなっていく。

 すでに二人は腰が引けており、膝がカクカク笑っている。この状況で言い訳するなどムダの極みだ。


 仕方ない。

 言っても理解しないなら、身体で覚えさせるしかないようだ。


「いいだろう。だったら攻撃してくるといい」


 その快楽がまやかしだと言うならな。

 と付け加え、俺はさらに接近する。


『…………』


 アイリスとユリーヌは、動きを止めて沈黙した。これなら甘イキしないと思っているのだろう。


「ムダだ。心臓の鼓動。呼吸による肺の収縮。それらによって体内は常に動いている。お前たちが生きている限り、甘イキからは逃れられない!」


 黙っていても、時の流れに従って甘イキの波は大きくなっていく。

 この魔法を受けた時点で、もはやイクしかないのだ!


 アイリスとユリーヌは真っ赤になっている。


「ホ、ホントだ……。お腹の奥、どんどん熱くなって……んぅっ。こ、こんなの、許されないぃぃぃぃ……!」


「はぁ、はぁ……。お、お下品すぎますわ! んんっ……ほぉぉぅっ……!」


「おっと。そろそろ声を抑えないと、観客たちに聞かれてしまうぞ。お前たちのお下品なイキ声がな!」


 これはハッタリだ。


 この魔法には鏡面結界の機能もある。

 つまり観客席からは、俺たちが結界内で何を行っているのか、見ることも聞くこともできないのだ。

 アイリスとユリーヌの乙女心をガードする紳士的な配慮である。


 しかし二人には教えない。ちょっとしたイジワルだ。

 一方、アイリスとユリーヌは真剣そのもの。


「ま、負けないぃ……。快楽魔法なんかに、負けない、からぁ……ぁぁあっ!」


「わたくしたちは、王立ファナティコ魔法学院の生徒ですの……。ど、どんな時でも高潔さを忘れず……はぁっ、あぁっ……お、折り目正しい生き方をほぉぉっ!」


 二人の腰がヒクヒク震える。


 俺は苦笑し、


「快楽に耐えるために己を鼓舞しているのだろうが、しゃべればしゃべるほど絶頂に近づいているのを理解しているか?」


 そして、ポンと手を打った。

 そろそろ二人の絶頂が見たくなったので、挑発してみよう。


「わかったぞ。アイリス、ユリーヌ。お前たち、本当はイキたいからしゃべっているんだろう? 声帯を振動させればさせるほど、快楽が得られるんだからな!」


「ち、違う……。気持ちよくなんか、ないぃぃ……!」


「そそ、そうですわ。人前でイキ……た、達するなんて……っはぁぁぁん!」


 二人の顔は、もう真っ赤だ。

 トロンと濡れた瞳。

 呼吸はいやらしい熱を帯びている。

 絶頂間近なのは明らかだが、もうちょっとからかいたい。


 俺は左手で顔を覆った。

 指の隙間から二人を見つめ、眼球に魔力を集中させていく。


 ――審理の魔眼、発動だ。


 さて、アイリスとユリーヌの数値は……。



【名前】アイリス・フォン・アイスベルク

【種族】人間

【寸法】72・53・74

【恋愛経験】なし

【交際経験】なし

【※※経験】なし

【下着】白×水色。縞。ローレグ。

【趣味】★∧○×※√♀

【性欲】510

【快感】188/200


【名前】ユリーヌ・パルテノス

【種族】人間

【寸法】104・62・94

【恋愛経験】なし

【交際経験】なし

【※※経験】なし

【下着】黒。レース。ヒモ。

【趣味】∇〆∧¶∮◆

【性欲】708

【快感】99/101



「ほほぅ。なるほどなるほど」


 まだまだ俺の練度が低いのか、【趣味】の内容や【※※経験】の意味は読み取れない。


【性欲】の数値は基準がわからないが、清く・気高く・美しくなどと言っておいて、しっかり欲求はあるらしい。


 そして【快感】は……つまり、数字が最大値に達した瞬間、性的にも達してしまうという意味だろう。

 ユリーヌめ、耐性が低すぎるぞ! というか二人ともイク寸前じゃないか。


 そんな具合に、審理の魔眼で読み取った情報を二人に説明していく。


「アイリス。たいへん慎ましいボディだけれど、俺はとても良いと思うぞ。肉づきの薄いすらりとした身体は、実に奥ゆかしいからな」


 一呼吸置いて、


「ユリーヌ、俺は少し心配だ。レースでヒモの黒下着とは……。むっちりとした尻肉にヒモが食い込んでいる様子を拝みたい気持ちもあるが、ともかく腹を冷やさないよう注意するといい」


 心に浮かんだ素直な感想を伝えると――。


「な、な、な……!」


「最っっっっ低ですわ!」


 恥じらい、怒り、混乱などなど。

 様々な感情が入り交じった悲鳴を上げた二人だが、しかしその場を動くことはできない。


 理由は単純。

 あとちょっとでも動けば、本当の本当にイッてしまうからである。


 だからユリーヌは避けられない。


「ふ~っ」


 彼女の耳に、俺が息を吹きかけるのを!


「んはぁぁぁあぁあぁぁんっっ!!」


【快感】101/101


 ユリーヌ・パルテノス――陥落。


 彼女は腰から崩れ落ち、尻もちをついたままビクンッ、ビクンッと震えている。


 続いてアイリスへ近づいていく。

 俺は手を伸ばし、彼女の玉のような小尻を……。


 ぷにゅんっ。


 と、指先でつっついた。


「……んんんっ、うぅぅぅぅ~……!」


【快感】200/200


 アイリス・フォン・アイスベルクも、陥落。


 ユリーヌと同じく闘技場の地面にへたり込み、「はひっ、あひぃぃ……」と荒い呼吸を洩らしている。


「そろそろいいだろう」


 俺は二十四個の魔法陣を解除した。

 ドーム状の鏡面結界が晴れ、観客席からこちらの様子が見えるようになっていく。


 ノーダメージの受験者。

 崩れ落ちてハァハァしている学院最強クラスの二人。


 この結果に、観客席は大荒れである。


「あっ、やっと見えるようになった……」


「えぇっ!? あの二人、どうして倒れてるの!?」


「ウソよ……ウソよぉぉぉぉ!」


「あの自称ゼクス、何者よ! ユリーヌ様とアイリス様に何をしたの!?」


「何をしたのかわからねぇけど、アイツ……やべぇな」


 混乱の後に訪れるのは、俺に対する盛大なブーイングだ。


「アイリスたんに酷いことを!」


「訳わかんない方法で合格とか……ダメだろ!?」


「そうよそうよ! あんな得体の知れない奴、学院に入れたらいけないわ! 追放よ、追放!」


『追放!』『追い出せ!』『合格反対!』の大合唱が巻き起こり、闘技場に大量のゴミが投げ込まれる。

 

 それらのゴミを一つ残らず空中で静止させ、投げた本人のところへ勢いよく反射させながら、俺は第三運動場を後にした。


「さて、次は筆記試験か」


 筆記においても死角はない。

 おそらく五秒以内に回答が終わることだろう。



     ♀     ♀     ♂     ♀     ♀



 ゼクス・エテルニータを名乗る男が去った後。

 闘技場のすぐ横でケガ人の手当てをしていた女子生徒、リベル・ブルストは、はっきりと興奮していた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


〝学院始まって以来の爆乳〟などとからかわれた胸に手をやり、跳ねるような心臓の鼓動を感じ取る。


 ゼクス・エテルニータ。

 魔法の父。大賢者。魔導王。剣聖。転生。


 ――色欲魔法。


 ちょっとえっちな魔法体系!


 他のみんなは何が起こったのかわからなかったみたいだけれど、リベル自身はしっかり感じ取っていた。


 魔法陣のドームの中で、ゼクスが何をやったのか。

 アイリスとユリーヌの身体がどうなってしまったのか。


「す、すごいです! あんなに自由な魔法があるなんて……! 皆さんに非難されても、あんなに堂々としてるなんて……!」


 リベルはぎゅっと拳を握った。

 視線の先には、筆記試験が行われる校舎がある。先ほど彼が向かった場所だ。


 リベルは左右の手を組んだ。

 ぎゅっと目を閉じ、色欲魔法の大賢者・ゼクスの編入を祈る。


「どうか、ゼクス様が合格できますように……!」

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