第4話 乳の品格。

―アナカリス王歴八六年度編入試験 第三試験場―


 俺が案内されたのは、やや奥まった場所にある運動場だった。


 中央には正方形の簡易闘技場が設けられ、その周囲には観客のごとく、多くの生徒や教師が集まっている。

 編入試験の受験者を品定めしているのだろう。


 案内係の少女によれば、編入試験は二段階あるらしい。

 一次試験は実技。

 二次試験は筆記なのだとか。


 しかし……なぜだろう。


 あれから俺が『ゼクス・エテルニータ』という名を口にした途端、案内係の少女が『うわぁ』と顔を歪めたのだ。

 まるっきり変質者を見る目だった。

 それから何を話しかけても無視されてしまったほどである。


「一体なにが気に障ったのやら。いつの時代も、乙女心は複雑だな……」


「次の受験者、前へ! ……ほれ、早くしたまえ!」


 初老の男性教師に促され、俺は乙女心の複雑さに頭を悩ませながら、闘技場に足を踏み入れた。


 試験の順番が回ってきたのだ。


「いやですわ! なんで今年は男の受験者が多いんですの!?」


「ユリーヌ様、アイリス様! 乙女の園に男はいりません。倒してください!」


「頑張れよ~! いや、ツラがいいから頑張るな~!」


 周囲の生徒たちが好き勝手なことを言っている。


 彼らを横目で見やったとき、別のモノも視界に入ってきた。


 闘技場の傍らに、多くのケガ人が横たわっているのだ。

 おそらく編入試験の受験者たちだろう。

 医療班の生徒らに手当てされているが、患部に当てられたタオルに赤いものが滲んでいる者も多い。


「なるほど。リベルのタオルはここで使うための……」


 そうこうするうちに、闘技場の中央に到着する。


 前方には制服姿の美少女が二人。


「受験番号〇七二一番さんですわね。今日の試験官を務める、副生徒会長のユリーヌ・パルテノスですわ」


 まずは右側。

 黄金のロングヘアを戴いた淑女が口を開いた。


 女性にしては高めの背丈。

 むっちむちとした肉感的な四肢。

 キツい目つきと華やかな巻き髪のせいか、かなりプライドが高そうに見える。


 ちなみに胸部はド迫力中のド迫力。

 思わず「おぉぅ」と声を洩らしてしまったほどだ。


 単純なサイズで言えば、リベルを上回るたっぷりお肉である。

 キリッと背筋を伸ばしているせいで、特盛り山脈もいいところだ。


 いっそ下品なほどのお育ち具合だが、本人の気高い立ち姿、そして高貴なまなざしのおかげで、非常に危ういバランスで『美少女』の枠に収まっている。


 あと少しでも大きく膨らんでいたら、あと少しでも雰囲気が地味だったら、希代の痴女として憲兵隊が……いや、王立騎士団あたりが出動していたに違いない。


 いずれにせよ、色欲魔法の創作意欲がビンビン刺激される仕上がりである。


「フッ――」


 俺は親指を立てて賞賛したが、


「試験官に一発でも攻撃をかすらせれば合格ですわ。それが無理でも、学院側に有望と判断されれば合格の可能性もありますの」


 ユリーヌはそれを完全無視して説明を続ける。

 攻撃を〝当てる〟ではなく〝かすらせる〟と言っているあたり、自信満々だ。


 続いて左側。


「風紀委員長のアイリス・フォン・アイスベルク……。私も今日の試験官。私かユリーヌ、どっちを相手にするか選んで。合格条件は、ユリーヌが言った通り……」


 水色のショートボブが目を惹く美少女が言った。


 身体はリベルと同じぐらい。

 ジト目の下に黒いクマが浮いている。

 たいへん愛らしい顔立ちだが、今にも眠ってしまいそうな、ぼんやりとした表情だ。


 リベルやユリーヌに比べ、ずいぶん細身である。

 従って、胸の発育はたいへんお淑やか。


 肩掛けバッグを身につけて膨らみの強調を図ったとしても、そこに現れるぷっくり加減はごくごく微少――あるいはぺったんこなままかもしれない。


 だが、それも良い。

 それも、良いのだ。


 ここでは〝揺れ〟に着目しよう。


 仮に、二人の少女が運動場を走っているとする。

 一人はユリーヌ。言わずと知れた特盛り山脈。

 もう一人はアイリス。一見すると静謐の大平原。


 最初に目が行くのは、まあユリーヌの方だろう。

 なにせ大迫力の膨らみだ。

 二つの柔らかな山々がぶるんぶるんと弾みまくる絶景は、見る者の芯の部分をビンビンと揺さぶってくること間違いなしである。


 だがしかし、ここでアイリスに貧者の烙印を押すのは早計というもの。

 なぜなら、揺れているからだ。

 そよ風を受けた小さき草花のように、アイリスの持ち物は、走れば微かにほよほよと揺れるのである。


 その儚さ。

 その慎ましさ。

 そのプレミア感。


 前々世で剣聖と呼ばれていた俺の眼力は、アイリスの微細な揺れを決して見逃しはしない。


 ――忘れてはならない。


 我々は、儚いものを愛で、守りたくなる本能――庇護欲を心の奥底に備えている。


 たわわなる母性にむしゃぶりつきたくなるのも当然だが、ぺったんこがもたらす父性に感じ入ることもまた、当然なのだ。

 そこに優劣をつけるのは無粋というもの。


 おっきいのも、ちっちゃいのも、どちらも美味しくいただきます!

 女体の〝揺れ〟を語る上では、そんな度量が肝要なのである。


 俺の前世――二〇〇〇年前の世界には、『貧乳』という哀しき単語が存在した。


 そんな言葉を広めた輩に問いたい。

 ぺったんこの、何が貧しいというのだろう。


 ――儚い乳。


 そう、儚乳と呼ぶべきなのだ。彼女たちが天から授かりし、誇り高きぺったんギフトには。


 そこには人の夢が詰まっている。

 決して目には見えないが、たっぷり詰まってたゆんたゆんなのだ。


 俺は転生の前日まで、当時パーティーを組んでいた魔法使いの美幼女にそう力説したものだ。


 ゆえに、目の前の風紀委員長――アイリス・フォン・アイスベルクの儚乳に、俺は親指を立てて賞賛を送った。


「……?」


 小首を傾げながらも、スッとサムズアップを返してくれるアイリス。完全無視したユリーヌとは大違いだ。


 この儚乳風紀委員長となら、心の友になれそうな気がする。


 だが、俺はこれから二人の美少女を倒さなければならない。

 無論、フィニッシュは色欲魔法で!


 さて、一体どうしてくれようか……。

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