第11話 ほうきのやくそく

 


 きのう。大バザールの裏通り。

 小さな小さなお店の中で、ルナは思いがけず、カーネリア・エイカーとふたりになった。


 そのとき、カーネリア・エイカーはルナに、ほうきは〈大事な相棒〉だと教えてくれた。



 それを聞いてすぐに、ルナは暴れん坊のことを思い出した。



 それは、かつてのカーネリア・エイカーの相棒。

 そして今も、ルイ・マックールのお城でカーネリア・エイカー以外のパートナーを認めようとしない、ほうきのこと。



 その日ルナは、朝一番にほうきのもとへ謝りに行った。無神経なことを言って傷つけてしまったと、前の夜に気が付いたから。


 けれど、ほうきは部屋の内側で自ら用心棒になって、ルナに扉さえ開けさせなかった。




(カーネリアお姉さんは、お師匠さまがちょっとあのほうきの話をしただけで、聞くのを嫌がってた……。カーネリアお姉さんにとっても、あのほうきを置いていってしまったことはつらい話なのかもしれない)




 ルナは注意深く言葉を選んで、カーネリア・エイカーにほうきのようを少し減らして伝えた。


 余計なことかもしれなかったけれど、ルイ・マックールが長い間、そのほうきとともに、他のカーネリア・エイカーの私物も部屋ごと大切にとっておいたことも。



 カーネリア・エイカーは、口元は笑みを作っていたが、やはり痛ましそうな顔をした。そして、その日買う予定だった、自分用のほうきを買うのをやめた。




「あのほうきを、私に届けてくれない?」




 カーネリア・エイカーは、まだ自分のほうきも持っていないルナに、そう言った。

 なんでも、お師匠さまとは顔を合わせたくないそうだ。




「あ、あの……わたしはまだ、ほうきの乗り方も……」


「これから、教わるんでしょう?」


「はい……。ですが、ひとりで来るには道が……」


「それも、教わればいいわ」




 ルナは、自分がひとりでほうきに乗って大バザールここまで来るなんてこと、とてもじゃないけれど出来るとは思えなかった。


 まして、姉弟子のあんな大事なものを預かるなんて……。




「あの……、宅急便のほうが早いし、安全だと思います」


「私、家を知られたくないの。それに、あの子がおとなしく梱包こんぽうされると思うの?」




 確かに、カーネリア・エイカーの言うとおり。

 ルナにはとても、あの暴れん坊がくるくると緩衝材かんしょうざい厚紙あつがみくるまって段ボール箱に納まっている姿なんて、想像できない。


 それどころか、段ボール箱ごと突き破って、配送業者さんを叩きのめすなんてこともしかねない。それは、大変だ、と、ルナは恐れた。




「……でも、わたしは覚えが悪いかもしれませんし、いつお届けできるか……」


「だったら、少しでもあなたが上達できそうなほうきを見つけましょう!」




 ルナは少々強引に姉弟子から、ほうきを渡す約束をさせられてしまった。


 カーネリア・エイカーは、さっきよりも少し軽やかな明るい声で、店主とルナのほうきについて話し始めた。




(お師匠さまも少し強引なところがあるけど、ふたりは似た者同士なのかなあ? それとも、どっちかのがうつってしまったとか……)




 なんて考えるうちに、ふと、ルナはカーネリア・エイカーのおかしな現れ方が気になった。


 カーネリア・エイカーは、狭い店内の売り場ではなく、店の人しか入らない、カウンターの奥から姿を現したのだ。




「そういえば、どうしてあんなところから出てきたんですか?」


「あの男に見つかりたくなかったからよ」


「え?」




 ルナには衝撃的過ぎて、一瞬では何のことだかわからなかった。

 




(お師匠さまのことを、って言ったの⁈ それに、見つかりたくなかった……って????)


「それはつまり……隠れていた、ということですか?」




 ルナは、恐る恐る確認してみた。




「そうよ。まさか、こんなところで会うとは思わなかったわ。これまでうまく逃げてきたのに……」


(逃げて⁉ どういうことだろう⁈ お師匠さまが話していたのと、少し感じが違うみたい……!)


「これからは本名を隠す必要もなくなっちゃったわね」


(そんなことまでして……⁉)




 どうしてふたりの話が微妙にズレているのか。ルナは頭がこんがらがってきた。


 戸惑とまどう妹弟子に気がついたカーネリア・エイカーは、おそらくルイ・マックールのことを思い浮かべたのだろう。溜息ためいきと一緒に語り始めた。




「あなたも気を付けるのよ、ルイはとんでもない女たらしなんだから!」


「ええ!?」




 ルナはめずらしく大きな声を出した。


 確かに、ルナのお師匠さまは昔から美少年という噂もあるし、実際に見惚みとれるくらい美しい男の人だ。



 けれど、それとこれとは別の話だと、ルナなりに思う。

 だって、ルナの目には、お師匠さまが特に〈女たらし〉というものには見えないから。




「あなたは子供だし、弟子入りしたてだから、まだ気がついていないのよ。あの人はね、無自覚に女の子をその気にさせるの。おまけに来る者こばまずで、本っ当にタチが悪いんだから!!」



 最後のほうは、カーネリア・エイカーも興奮して声が大きくなっていた。


〈ほうきの店〉の店主が、苦笑いをしている。


 カーネリア・エイカーは、すぐに美しい笑みで取りつくろうと、さっさとルナのほうきを買って店を出た。




「私、あの男のことをけすぎていて知らなかったの。まさか、私以外に弟子を取るだなんて」




 インク屋へ向かう途中もまだ、カーネリア・エイカーは、さっきの話の続きをしていた。

 インク屋へは、ルナを師匠のもとへ送っていくためだ。


 カーネリア・エイカーは、案外あんがい面倒見めんどうみがいい。それに、やっぱりルイ・マックールのことをよく知っている。


 この大バザールにインクを扱う店は、文房具屋から専門店まで、ざっと数百を超える。そのどこに行くかなんて、ルイ・マックールは〈ほうきの店〉を出るとき、一言も言わなかった。




(きっと、むかしから通っているお店なんだろうな)




 ルナはカーネリア・エイカーの「ルイがいかに女たらしか」という説明を聞きながら、姉弟子が、ちゃんとお師匠さまのにしているお店を覚えていてくれたことを、なんだかうれしく思っていた。




「……でも、なんの不思議もないことなのよ。単に舞踏会で若い娘と遊ぶのにきただけだわ、って思っていたの。あなたのことを見るまではね」




 それは、ルナが年頃の娘にはまだ少し早い年齢だ、という意味だろう。

 カーネリア・エイカーは少しだけ、ホッとした顔をしていた。




「きっと、あなたはルイのちゃんとした弟子なのね」




 カーネリア・エイカーはインクやの真ん前まで来ておいて、中へは入らなかった。


 ルイ・マックールは予想していたかのように、そのことについてルナに尋ねたりはせず、ただ静かに、ルナの髪の結び目に見覚えのないお月さまを見つけ、優しい微笑みを浮かべる。


 ルナの美しい姉弟子は、ルイ・マックール商戦第二弾の目玉。

〈新弟子ルナ〉の名前にちなんだ、お月さまのモチーフの品々の中のから、左右2つで1セットのヘアゴムを買った。




「可愛い妹弟子への、プレゼントよ」




 それはすぐに、ルナの宝物に仲間入りした。


 そして今、ルナの左右の三つ編みのはしっこでキラキラと光っている。

 


―――――――――――――

【お知らせ】

 このエピソードはNOVEL DAYS修正版があります。

 よろしければ、読み比べてお楽しみください。


(※ストーリー上の変更点はございません)


 こちらのURLから読むことができます。

https://novel.daysneo.com/works/episode/b229b2170ca8de0a04b90b980fe01462.html

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