第9話 はねつけられた想い


https://kakuyomu.jp/users/vvvravivvv/news/16817330668064522579(扉絵)



 大バザール。

 数多の店が軒を連ねるこの大市場の路地裏に、ひっそりたたずむ小さな店。

『ほうきの店』

 そこは昼間のにぎわいが一切入ってこない、静かな場所。


 カウンターの内側。

 背を向ける店主のネルシャツが、ドレスに変わる。

 カーネリアンレッドのロングヘア。

 大ぶりの、シャボン玉をしたイヤリングをらし、その人は振り返った。


 ぱっと見は、ちょっぴり勝気そう。

 けれど、戸惑ったような困ったような顔がとても美しい。

 ルナは一瞬で見惚れた。


 ルイ・マックールは嬉しい気持ちを必死に抑え、彼女しか目に入っていない様子。


 お師匠さまのこんなに喜びが顔に出ているところを、ルナは見たことがない。

 そしてこの顔はいつか見た、お師匠さまが〈どこか遠いところ〉を見ているときの目にそっくりだった。


 お師匠さまの心の様子があの時よりも、もっとくっきりと見てとれる。

 以前と違うのは、そこにさみしさや切なさがないこと。

 ルナにはうまく言葉にできないけれど、あの日のまなざしの意味が今わかった気がする。

 



(この人って、やっぱり、そうだよね……?)




 ルナの胸は、ドキドキと高鳴った。




「百年と十三日ぶりだね」


「百年と十三日……?」  


「一日も、君を忘れたことはないよ」


「…………」




 真剣なるルイ・マックールの告白に、女性は顔をしかめた。




「……どうして、ここに?」


「ここに君がいると、風が噂とシャボン玉を運んできたよ。……なんてね」




 ルイ・マックールは、自分のマントに差したエメラルドグリーンの羽根に触れた。




「まだ使えたの……?」


「もちろん。シャボン玉のことも本当だよ。ここへ着いたとき、大通りに人垣ができていた。その時流れてきたシャボン玉が君の魔法だと、すぐにわかったよ。で車を助けたとか、そういうことなんだろう?」




 何もついていない自分の耳たぶを指すルイ・マックールは、とても機嫌がいい。

 けれど女性の方は、そうじゃない。ルイ・マックールが何か話すたびに、顔つきが険しくなっていく。

 ルイ・マックールに彼女の不機嫌を気にした様子はない。




「変わってないな――」



 

 彼は彼女が姿を現してからずっと、ずっと、本当にいとおしそうな顔をして、彼女を見つめ続けている。




「――カーネリア」




 ルナはどきん、とした。まず、お師匠さまの呼びかける声に。




(なんて素敵な声……!)




 バラの花が咲いたみたいな、甘い香りのしそうな声で、その人の名前を呼んだ。

 ルナは自分が呼ばれたんじゃないのに、花が咲いたみたいな気持ちになる。〈女の子たちが押し掛けるルイ・マックール〉を見た気がした。

 それから、呼んだ名前。




(やっぱり! あのカーネリア・エイカーだ!)




 カーネリアの顔つきが、少しだけゆるんだ。




「……私の居場所がわからないのかと思っていたわ……」




 カーネリアのうつむいた顔は、今度は悲しみをこらえている。

 やっと、ルイ・マックールの表情が変わった。




「僕は人嫌いで、山から出られなかったんだ」


「変装して舞踏会には行くくせに?」




 カーネリアの声がかすかに波立った。




「舞踏会なんて行かないよ」


「有名な噂よ。そこで気に入った貴族の娘と見つけると聞いたわ……」




 赤い髪が、ぞわりとらめいた。

 ルナは店内がゆがんでいくように見えた。




「え? え?」




 体も店内の歪みを感じてとっている。

 ――直後。

 髪を逆立てていたカーネリアが、すーっと落ち着きを取り戻していった。

 それに合わせるようにして、歪みかけた店内も、無事もとに戻る。




「ルナ、怖い思いをさせてすまなかったね」




 ルイ・マックールは優しい声でルナを落ち着かせる。

 ルナは、全身に汗をびっしょりかいていた。




(何が起こったの?!)




 ルナが見たのは、髪を逆立てるカーネリア。

 歪みかけた店内。

 それと、声をかけてくれるお師匠さまが、マントの左胸にエメラルドグリーンの羽根を差し戻すところ。


 カーネリアはルナをチラリと見て、すまなそうな顔をした。

 もしかしたら、ルナを怖がらせるつもりはなかったのかもしれない。

 ルナは一息ついて、顔を上げた。




「わあ!」




 小さな店いっぱいに、大きな魔法陣が三つも描かれていた。

 そのどれもが宙に浮かび、それぞれ三色にネオンのように光っている。

 お師匠さまが描いたに違いない。いったい何の魔法なのだろう?




(多分、これのおかげで助かったんだ……!)



 

 カーネリアにさっきのような怒りはないみたい。

 まだ不機嫌な顔をしているけれど、出て行ったりせず、ここに居る。

 バツが悪そうにルイ・マックールから顔を背け、右手で左うでを握るカーネリアの目は、視線の低い場所に立つルナにとめた。




「……その子」


「ああ、この子はルナ。おいで。君の姉弟子にごあいさつするんだよ」




 ルイ・マックールは顔で促す。

 ルナは今更だけれど、ちょっと心配した。




(いいのかな? 名前を人前で言っても。それに姉弟子なんてことまで言って……)




 もう遅いかもしれないが、お師匠さまとの約束なので、お店の人に聞こえないように注意した。




「はじめまして。ルナです」




 ルナは、おずおずとお辞儀する。

 怪しむカーネリアは、ルナの顔をじっと見て変なことを聞いた。




「あなた、本当にそのトシなの?」


「え?」




 カーネリアの質問には、ルイ・マックールが答えた。




「この子は〈魔法使わない〉だから、年齢をいつわったりできないよ」


「じゃあ本当に、子供なのね……!」




 カーネリアはもう一度ルナを見る。




「ルナには基本的な魔法だけを教えるんだ。良かったら君も手伝ってくれないか? 今はナサルという国に――」


「嫌よ!!」




 ルナたちみんな、びっくりした。

 カーネリアの拒絶きょぜつはまるで、悲鳴ひめいだったから。

 口にした本人さえ、口元に手をそえて、自分の反応におどろいている。




「……僕はインク屋に用がある。代わりに妹弟子のほうきを頼んだよ」


「あ、ルイ!」




 店の入り口はすでに閉じてしまった。

 カーネリアは、ルイ・マックールが去ったあとのドアを、困ったような、申し訳なさそうな、悲しそうな顔で見ていた。

 再びルナに目を落とし、カーネリアはパッと明るい声でルナに笑いかけた。




「さっきはごめんなさいね。昔から怒ると周りが見えなくなる悪いクセがあるの」




 口元をにこりとゆるめ、少しかがんで、正面からルナに向き合う。




「私はカーネリア・エイカー」




 正式な名前を聞いて、ルナは改めて胸が弾んだ。




「どうぞよろしくお願いします!」




 ルナは勢いよくお辞儀をした。

 そして落ち着きなく店内を見回す。

 存在が知られて大騒ぎになるのは、カーネリア・エイカーも同じはず。




「(……いいんですか? お名前を言っても?)」




 小声でたずねるルナに、カーネリア・エイカーはキラキラと笑った。




「大丈夫。ここはあの人の魔法陣の中だから!」




 二人を中心に、先ほどお師匠さまが描いた魔法陣がゆったり軸回転している。




(あれ? さっきは三つあったと思ったけど?)




 どういうわけか、魔法陣がひとつ消えている。

 カーネリア・エイカーは、ルナの不思議そうな顔に気がついた。




「ルイは私の変身魔法を見破った時に二つ描いたの。それからもう一つ描いて、私の機嫌を直したのよ。それはその時に自分で消えたの」




 小さく舌を出す姉弟子を見て、ルナはとても驚いた。

 



(お師匠さまがいないと、こんなにものびのびしているんだ!)




 ルナには、さっきの美しさとは別の魅力に感じられた。

 まるで少女がそのまま大人になったかのよう。

 魔法使いはみんなそうなのか、この人がそうなのか。

 ルナは自分の国にいた頃、イベントにやってくる魔法使いしか知らないから、判断のしようがない。




「こっちのはね……」




 細くて長い指が、魔法陣の一つ――黄緑のネオンカラーに発光しているもの――に伸びる。




「私たちの声を隠しているの」




 ツヤツヤのネイルが、魔法陣の文字をチョコチョコっといじくる。

 カーネリア・エイカーは一旦いったん、指の動きを止めた。




「ここからは、私の名を呼んではだめよ」




 ルナが口を押えてうなずくと、にっこり微笑んで、再び指先を動かす。

 光が外側に短く弾け飛んで、魔法陣がひとつ消え去った。




「こっちは、中の私たちとはを、魔法陣の外に映し出しているの」




 カーネリア・エイカーは、残った方の魔法陣も同じようにして消した。




「……それでいて、使い勝手がいい。では、そちらもお持ちしましょう」




 いつの間にいたのか、店主がほくほく顔でほうきをカウンターに置き、また奥へ入っていった。




「私たち、ずいぶん試乗しじょうしてたのね」




 見ると、さっきまでは無かった大小さまざまなほうきで、そこらじゅう散らかっている。

 カーネリア・エイカーは、ほうきの山から手早くルナの身長に合いそうなものを選び出すと、次々とルナに渡していく。


 どうやらルナのほうき選びを引き受けてくれたらしい。




「どう? しっくりくる?」




 ルナは、渡されるまますべて受け取る。

 抱えたほうきの何本かを落としながら、どうにか片手での部分をにぎってみたりした。


 けれど、おそうじ用のほうきしか知らないルナには、カーネリア・エイカーの言うの意味がイマイチわからない。

 困って視線を泳がせていると、壁にオーロラ色のほうきがかざってあるのを見つけた。

 ルナの表情が、ぱあっと変わる。




「女の子には、見た目も大事なポイントよね」




 カーネリア・エイカーはすぐに気づいて、お師匠さまではわかってくれないことを、さらりと言ってくれた。




「でもね、ほうきは相性が大事よ。あなたと息を合わせて飛ぶんだから」


「あ、あの、すみません……。わたし、っていうのがよくわからないんです……」




 カーネリア・エイカーはキョトンとした。

 それから、思い出したような顔をして、またキラキラと笑い声を立てた。




「あなた、〈魔法使わない〉だったんだわ! ほんとに本当なのね!」




 当然のことを確認されて、今度はルナがキョトンとする。




(どうして、そんなことを気にするんだろう?)




 カーネリア・エイカーは少し考えて、もう一度ルナ向けにアドバイスし直した。




「気の合うお友達を見つける感覚っていうのかしら……。魔法使いのパートナーといえば〈魔女猫まじょねこ〉って思うかもしれないけど、ほうきだって負けないくらい大事な相棒なの」




 それを聞いて、ルナは暴れん坊のことを思い出した。



 

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