第8話 何でもそろう魔法市場∼大バザール∼


https://kakuyomu.jp/users/vvvravivvv/news/16817330667742959496(扉絵)




 ピリッとした匂いに――

 

 ガチャガチャ。

 

 ――鼻の奥に残るような甘い香り。


 それから、どこかで嗅いだ覚えのある風――


 ガヤガヤ。


 ――それらに乗ってと流れてきたシャボン玉に、ルナは足を止めた。




「しっかりついておいで。迷子になってしまうよ」


「はい!」




 ここ〈大バザール〉は、世界中から来た魔法使いや〈魔法使わない〉の観光客。それといろんなにおいと音でごった返している。


 通り沿いにズラリと並ぶ店店には観光客や買い物客が足を止め、こんもりとした人だかりができる。ルナはそこに引っかからないようによけて歩き、さらに、ずんずん流れていく人の流れに流され過ぎないよう、かじを取った。


 ルイ・マックールの言うとおり、ここではが命取り。

 うっかり足を止めたなら、ルナのような小舟なんてすぐに難破船まいごになってしまう。


 そうは言っても、こんな風変わりなところに連れられて目移りしないではいられない。

 あちらでは綺麗きれいなガラスのビンがきらきらと金色に光り、こちらでは売り子のお姉さんが薬草茶の試飲しいんを呼びかける。


 そのいちいちに反応し、ルナはついついよそ見ばかりしてしまう。

 蜘蛛くもの巣のロゴマークを見つけた。

 きっと毒屋さんだ、とショーウインドウに目をやれば、純白じゅんぱく繊細せんさいなレースがディスプレイされていた。


 となりの店はもっと変わっている。

 ショーウインドウには商品ではなく、おじいさんとおばあさんが仲良くいすを並べ座る。ふたりはそれぞれ、ふわふわのぬいぐるみをっていた。


 にこにこしているおじいさんとおばあさんを見て、道行く人までにこにこしている。




(あ!)




 おばあさんの足元でが動いた。

 ルナは初め、ぬいぐるみが膝の上から転げ落ちたのかと思った。けれど、それは自分で動いている。たった今、完成したばかりのぬいぐるみだった。


 おじいさんとおばあさんに作ってもらったぬいぐるみたちは、ふたりのおひざにくっついて、いつまでも甘えて離れない。

 ぬいぐるみ同士でころころ転がって、じゃれあったりしているのもいる。


 ルナは驚いたけれど、怖くはなかった。隣の家のお姉さんがトイプードルとお散歩しているとき、すでに同じように驚き済み。


 あの時は、ぬいぐるみが歩いているみたいで驚いたけれど、なんてったってコッチは本物のぬいぐるみ!

 胸がわくわくして、すっかり夢中になった。


 あんまり目が離せなくて、ルナは本当に迷子になるところだった。それからは特に注意して、お師匠さまの少し青色のマントを追いかけた。


 可愛いボタンを売っている屋台があった。

 ルナはお裁縫さいほうはしないけれど、そこのボタンには色んな模様が描かれていて、穴に革紐かわひもを通して首飾りししたものが見本として並んでいる。


『アナタだけのお守りに……』なんて書いてあるから、ルナはもう、足を止めて選びたくって仕方がなかった。

 自分だけのじゃなく、なかよしのお友達のお土産にしようとか、お母さんやおばあちゃんにも買って帰ろうと考えたけれど、お師匠さまは素通り。


 青色のマントは変わらないスピードでスルスルと人波をすり抜けて、ずっと前の方を歩いている。ルナはこっそりと、ため息をついた。




(やっぱり今日は楽しいウインドウショッピングなんて、とてもできそうにない……)




 ルナはまた来た時のために、気になったお店の特徴を少しでも覚えながら歩いた。


 それにしても、ルイ・マックールは歩くのが早い。




(迷子になる心配をしてくれるなら、もう少しゆっくり歩いてくれてもいいのに……)




 ルイ・マックールはルナを振り返りもしない。ずんずん進んでいく。

 人込みと早歩きに疲れた子供の足と、歩き慣れた大人の男の人の足。

 ふたりの距離は次第に離れ、あっ、と思った時にはルナはお師匠さまの姿を見失った。


 けれど、再び人の影からその姿を捉え、ホッと大きな息をつく。

 ルナは駆け出して、必死に追いかけた。


 本当は声をかけて、自分がはぐれそうになっていることを伝えたかった。けれどそれは出来ない。だって、お師匠さまとの約束があったから。




「いいかい、人前で僕のことを『お師匠さま』と呼んではいけないよ。僕も、君の名前を口にしない」




 ルイ・マックールは、これはのためだと話した。


 ルナでさえ知っている。ルイ・マックール目当てに集まった女の子たちが、山一つ枯らしてしまったという事件。これは、女の子たちの山でのマナーが悪質だったという話ではない。それくらい大勢の人がルイ・マックールめがけてやってきたということ。


 少年ルイ・マックールの姿は、とっくに世間に知られている。

 けれど、大人になった今の彼の姿を知る人は極々ごくごく限られているらしい。


 ルイ・マックール本人が、「変装なしで歩いたって名前さえ呼ばれなければ、誰も自分が〈ルイ・マックール〉だなんて気づかない」という。

 それを聞いたとき、ルナは半信半疑はんしんはんぎだった。




(本当にそんなことで気づかれないのかな?)




 しかし、それは本当だった。

 こうして世界で一番人の集まる市場を堂々と歩いていても、ここにいる誰も、ルイ・マックールと気づかない。そこの中吊なかづりに、でかでかと――



『ルイ・マックールの新弟子決まる!

 カーネリア・エイカーに続く幸運なるシンデレラガール!

 その名はルナ!』



 ――なあんて書いてあるにもかかわらず。


 中吊りだけではない。ポスター、看板、配り物の風船にチラシ。

 店先の小さな黒板にまで、そこらじゅう「ルイ・マックール」の文字であふれている。


 ルイ・マックールという人の経済効果は、本当に大したもの。

 今やルイ・マックールに加え、新弟子というだけでルナまでも巻き込んでいる。


 目下いちばんの売れ筋は、お月さまモチーフの商品。ルナの名前にちなんだだけで、バカ売れしているというのだから。


 当のルナは、お月さまモチーフなんてひとつも身に着けていない。ルナは一つくらい欲しくなった。


 けれど「お師匠さま!」とは呼べない。いつものクセで出そうになった言葉をぐっと飲み込んで、ルナはいきなり用件だけを前を行くお師匠さまの背中に向かって、投げかけた。




「あっちにお月さまのローブがありますよ!」


「ローブ?」




 ルイ・マックールは足を止めず、顔だけチラと振り返った。




(お師匠さまは、耳がいいんだ!)




 ルナはそんなに大きな声が出る方ではない。

 だからルナの声なんて、雑踏ざっとうにかき消されるものだと思っていた。




(ローブだなんて、思い切ったおねだりしちゃった……!)




 たまたま目に入った、それはそれは可愛いローブ。

 ルナの好きなうす紫色の生地に、黄色い三日月柄。すそにはオーロラ色のフリルが沢山ついている。




(聞こえるんだったら、キーホルダーくらいにしとけばよかった……)




 聞かれてしまったおねだりを気にして、そうっとお師匠さまの様子をうかがうと、ルナの心配に反して、お師匠さまの反応はとてもアッサリしていた。




「ローブはいいよ。あれは制服のようなものだから」




 ルナは先にホッとして、あとから、がっかりした。


 後ろでルナが肩を落とすのを知ってか知らずか。ルイ・マックールはれた様子で、大通りの小さい角を曲がり、さっさと裏路地に入った。


 ここはさっきまでの通りと大違い。

 静かというより、さびしい雰囲気。

 お店の裏口や、ごみ箱。小さいお店がぽつぽつとある。


 そのうちの一軒の前で、ルイ・マックールはようやく足を止めた。

 ドアの上にのっかった、小さなテント屋根が看板代わり。

 シンプルに『ほうきの店』と書いてある。




「やあ」




 ルイ・マックールはガラス戸を押し開けて、店内へ入った。ルナも後につづく。




「いらっしゃい」




 初老の男性がニコニコ顔でふたりを迎えた。

 チェック柄のネルシャツに、ドアの上のテントと同じ緑色のエプロンをしているから、ルナはこの人がお店の人だと分かった。


 お店の中は本当にせまくて、大人が3人も入れば十分なほど。

 4人だったら身動きが取れなくなってしまう。

 その狭い店内の壁には、選び抜かれたほうきだけがほこらしげにかけられている。




「この子にほうきを」


「子供用のほうきですか。いま、置いている店はうちくらいのもんでしょう。どれ、奥からとってきましょう」




 店主が背を向けたと同時に、ルイ・マックールは思わぬことを口にした。




「君が見繕みつくろってあげてくれないか?」




 ルナはお師匠さまが、どうかしたのかと思った。

 だって、そのために、お店の人は奥に取りに行ってくれるのでしょう? 

 ルナの心配をよそに、ルイ・マックールは重ねる。




「あのほうきは、この子に馴染なじまなかった」


「え?」




 ルナはお師匠さまとお店のおじいさんを、交互に見る。

 お師匠さまは穏やかな目をしている。お店の人はこちらを振り向かず、じっとしていて、何も言わない。

 ルイ・マックールは、こわばった背中に向かって、三度みたび言葉をかけた。




「まだ、君のことを忘れられないでいるようだよ」


「やめて……」




 たまりかねたような声に、ルナは口をまあるく開けた。

 だって、今のはだった。


 チェック柄のネルシャツはまたたく間にドレスに変わり、カーネリアンレッドの長い髪をかけた耳には大ぶりのイヤリングが揺れる。


 振り返った美しい女性に、ルイ・マックールは「100年と13日ぶりだね」と、言った。



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