第7話 一番泣きたい気持ち


https://kakuyomu.jp/users/vvvravivvv/news/16817330667725969845(扉絵)


 


 カーネリア・エイカーのほうきは、結局ルナになつかなかった。



 ルナは一日がかりで根気こんき強く取りかかった。

 けれど、まったく相手にされなかったうえ、お城の外にき出されてしまう始末しまつ

 外からこっそり見学していた猫ちゃんも、これには驚いてどこかへ隠れてしまったほど。



「カーネリアの他には、認めたくないのかもしれないね」



 お師匠さまは、同じような気持ちを抱えるものとしてそう思う、とルナに言った。



「いたた……」



 特に痛いひじのすり傷を大げさに確認しながら、ルナはバスルームから部屋に戻ってきた。

 まったく、あのあばれん坊のおかげで、お湯があちこちにみた。

 ルナは、くちびるをとがらせて、いきおいよく布団にくるまった。


 カーネリア・エイカーのほうきにも、いろいろと複雑ふくざつおもいがあるのかもしれない。


 けれどルナだって、生まれて初めて家族とはなれ、知らない国にたった一人。住み込みの弟子入りなんてすることになった。


 それはそれは、ほうきには想像そうぞうぜっするコドクや不安があるってものだ!


 なのに、あんなに思いっきり拒絶きょぜつするなんて……。

 昼間はおそうじに集中して、なんとか誤魔化ごまかしていた気持ちを、ぽつりぽつりと、こぼしていく。




「力は強いし、乱暴らんぼうだし」




 なにより、まるで掃きてるみたいに追い出されたのが、とても悲しかった。




「わたしのことは、『認めない』って……」




 しょんぼりつぶやいたら、今にも涙がこぼれそうになった。


 気づけば、ほうきへの怒りは消え、ルナはナサル山ここに来て以来、一番泣きたい気持ちになっていた。

 ルナは、ハッとした。




「あのほうきも、こんなに悲しかったの……?」




 今のルナには、ほうきの悲しい気持ちが想像できる。


 置いて行かれた。

 置き去り。

 同じことでも、言い方って色々ある。そんな中でもルナは、ほうきの前で「捨てられた」という言葉を使った。




「……勘違かんちがいしたとはいえ、わたし、ヒドイこと言っちゃったんだ」




 ルナは明日の朝起きてすぐ、謝ろうと決めた。




(あのほうきは、カーネリア・エイカーのことが大好きだったんだろうな)




 ルナはベッドの中で考えた。




(……100年くらいった、今でも)




 あの後ルイ・マックールは、少しだけ、当時のカーネリア・エイカーのことを聞かせてくれた。


 きっかけは、ルナがルイ・マックールのことを「お師匠さま、お師匠さま」と呼んでまわること。


 ルイ・マックールには、それがどうにもくすぐったい。

 ルナが不思議がると、お師匠さまは嬉しそうに、最初の弟子カーネリア・エイカーとの思い出を語ってくれた。




「はじめはね、僕のことを『先生』なんて、ふざけて呼んでいたんだ。それがいつの間にか、いつもの呼び捨てに戻っていてね。まったく、カーネリアは弟子になった自覚が足りないんだ――」




 この話を聞いたとき、ルナは、それはそれは驚いた。

 師匠と弟子の関係であるはずのふたりが、そんなに仲良しだったなんて!



 カーネリア・エイカーといえば、ひょっとすると、ルイ・マックール以上になぞに包まれた存在かもしれない。


 彼女がルイ・マックールの弟子になったのは14の時。

 当時、容姿端麗ようしたんれい成績優秀せいせきゆうしゅうのラッキーガールとして世界中のの注目のまととなった。


 けれど、ルイ・マックール同様どうよう、それっきり確かな情報はない。


 彼女の居場所が誰にも知られていないのは、ルイ・マックールと一緒にいるからだと、ルナはずっと思っていた。まさか、『出て行った』だなんて――。

 今日、初めて知ることだった。


 ルナがしたように、彼女のことはみんな勝手に解釈かいしゃくしているのかもしれない。

 ルイ・マックールと違って、カーネリア・エイカーには、うそか本当かわからないようなうわさは聞かないから。




(そういえば……)




 ルナは、お師匠さまのもうひとつの話を思い出した。




「明日の修業は休みにして、ルナのほうきを買いに行こう」




 ルイ・マックールが提案したのは、〈大バザール〉と呼ばれる世界中の魔法使い御用達の大市場。

 ここでそろはないものはあきらめろ、とまで言われる場所だという。




(一体どんなところだろう!)




 ルナはだんだんワクワクしてきた。

 ルナも多くの女の子たちと一緒。

 〈お買い物〉に行くと聞くだけで、胸がときめく。


 なんにも買わなくたっていい。

 いろんなお店を見て回るだけで、あっという間に一日ってしまうから。




(明日は、ほうきを買うのが目的だから、雑貨屋ざっかやさんにはってもらえないかも。あと、おこづかいもそんなに持って来てないし……。期待しすぎないようにしなくちゃ!)




 一生懸命寝ようとするのだけれど、ルナの頭は勝手にアレコレ楽しいショッピングを空想してしまう。




(どんな物が売ってるんだろう? お菓子はあるかな? いろんな国のお菓子が食べられるのかな?)




 ルナは今日一日あんなに体を動かしたというのに、これじゃあ忙しくって、とてもつけなかった。







 大バザールの、車専用せんよう大通り。

 混雑こんざつはいつものことだけれど、今日はをかけて進まない。

 車窓しゃそうから顔をそむけた拍子ひょうしに、大ぶりのシャボン玉の形をしたイヤリングが「イヤイヤ」とれた。

 まだ昼前の、さわやかな空の下だというのに、女性客は重い溜息ためいきをつく。

 目をせていては、せっかくきれいにカールした長いまつげが、もったいないようだけれど、それさえ美しい仕草しぐさとなってルームミラーにうつった。




「なんだか、とってもざわざわして……。落ち着かないわ」


「そりゃそうですよ。なんたって、かの大魔法使いが100年ぶりに新弟子をとったというんですからねえ! そこら中がお祭り騒ぎですよ!」




 タクシードライバーは祭り好きなのか、わっはっはと愉快ゆかいそうに笑った。




「単なる噂でしょう?」


「いえ、いえ! 今回ばっかりは正真正銘しょうしんしょうめい! 本当のことですよ! ルイ・マックールから正式な声明せいめいが、二度もあったんですからねえ」


「そう、……正式な声明」




 後部座席の憂鬱ゆううつそうな美人は、やはりあいまいな返事をした。

 タクシードライバーはこのうるわしい乗客をチラチラとミラー越しに盗み見る。拾ったときから、もう何度目のことだろう。




「お客さん、観光ですか?」


「いえ」


「そうですか! ほうきじゃないから、てっきり!」




 タクシードライバーは、いかにも意外そうな声を上げた。

 でほうきではなくタクシーを利用して、おまけにルイ・マックールの話にうとい。おおかた〈魔法使わない〉の個人旅行者だろうと、見当をつけていたからだ。




「いま、持ってないんです。何本買い換えても、すぐに折れてしまって。なかなか骨のあるほうきに出会えないわ。いいお店をご存知ぞんじないかしら?」


「それだったら、いいのがありますよ! 大通りは観光客相手でしょう? 裏の通りになるんですけどねえ。店構えは小さいが、しっかりしたのがそろってますよ。実をいうとねえ、うちのも例の弟子取りに志願しまして……。買いに行かされましたよ」




 タクシードライバーは、たはは、と苦笑いをこぼした。今はどこの店もほうきは品薄らしいが、そこならあるかもしれないという。




「それにしても――」




 美しき魔法使いは、そこかしこで目に入る『ルイ・マックール』の文字に眉を寄せる。




「――弟子はもう決まったんでしょう? まだお祭りは続くものなの?」


「前夜祭、祭り当日、後夜祭、ってところです。どこの世界に行ったって、落ち着く場所はないですよ!」




 タクシードライバーはやはりこの話題が好きなようで、声の調子が格段に上がった。




「名前は、何ていったかな。前のことがあるから、簡単にしか公表されなかったんですよ」


「へえ」




 女性客はあからさまに嫌な声を出したけれど、タクシードライバーは気が付かない。




としも住んでる国も明かされなかったけれど、お月さまみたいな名前でしたよ。うちも娘でしてねえ、聞いたときはがっかり……」




 タクシードライバーは口をつぐんだ。

 ミラー越しに見えた後部座席の美しい眉が、恐ろしいほど吊り上がっている。




「お、お客さんも志願していたとはなあ」


「志願なんかしていません!」




 心なしか、カーネリアンレッドの長い髪が逆立っているように見えた。

 ここでふと、タクシードライバーの頭に疑問がよぎった。


――女性客このひとの髪の色はこんなだったか――


 けれど今は、それどころではない。

 タクシーの中は、魔女の不快な感情でパンパンにふくれ上がっていた。




「……若い娘を選んだのね。舞踏会で出会う貴族の娘たちにはきてしまったのかしら?」




 その皮肉たっぷりな言い方は、まるで大魔法使いを見知っているようだ。

 タクシードライバーは恐ろしさ以上に好奇心を抑えきれなくなった。




「お客さん! もしかして、かの大魔法使いルイ・マックールを――」


「知らないわよ、そんな男!!」






 大バザールの車道わき人垣ひとがきができている。

 中で何が起きているのか見えないが、指笛や拍手が聞こえる。


 誰かが大道芸でもしているのかもしれない。

 ルナは自分の国の優しい魔法使いたちのことを思い出した。


 ルイ・マックールは適当てきとうに人の少ないところを選んでほうきをめて、後ろにむかって声をかけた。




「さあ、着いたよ」




 ルイ・マックールのほうきの後ろから、ルナがぴょんと飛び降りた。




「わあ……!」




 目を回しそうになるほどの人の多さ、お店の多さ、道の広さ。そして、どこかからただってくるいだことのない不思議な香り。

 ルナはすぐに、この場所が気に入った。 



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