第5話 たった一人が覚えた魔法

https://kakuyomu.jp/users/vvvravivvv/news/16817330667627542581(扉絵)




 焼き立てのパンとサラダと目玉焼き。

 それに牛乳。


 明日からこれを支度するのは弟子であるルナの仕事だと、ルイ・マックールは言った。


 ルイ・マックールの新弟子に選ばれたのは、ルナ一人だけだった。


 昨夜、ルイ・マックールはルナの家族とルナを弟子にすること、ルナの通う小学校への説明など、一通りのことを話し合ってきた。




「ルナという女の子が僕の弟子になったことだけを、世間に伝えてある。僕とどこに住んでいるとか、ルナという子がどこの誰かってことは、一切いっさい秘密だよ。だから、きみが里帰りして学校のお友達に会ったときも、僕やこの場所のことは話さないでいてほしいんだ」


「わかりました」




 ルイ・マックールという人は、その昔、個人情報がれすぎたせいで山ひとつ枯らしてしまったことがある。

 きっと、そのためだろうとルナは想像した。



 ルイ・マックールがルナの家族と決めてきたことは、ルナにとってもありがたかった。ルナは目立ったり、騒がれたりするのは苦手な方だから。



 ふかふかのパンをちぎって、ほおばっては、にこにこしているルナを見て、ルイ・マックールは、




「その様子なら、心配いらなそうだ」




 と、目玉焼きにスッとナイフを通し、きれいに口に運んだ。

 お師匠さまの食事の様子をうかがいながら、ルナは思い切って質問した。




「あの! どうしてわたしが選ばれたんですか?」




 ルイ・マックールは、食後のコーヒーを自分のカップに注いだ。




「わたしは〈魔法使わない〉だし、実は……12時ギリギリになって、立候補することを決めたんです。だから、他のみんなより全然準備もしてませんでした……。みんな納得しないんじゃないかと思います……」




 ルナの声が、だんだんと沈んでゆく。

 実をいうと、ルナはそういう人たちに対して、申し訳ない気持ちを抱えていた。




(わたしなんかが選ばれてしまって、ごめんなさい……)




 どうしても、心の中で何回も何回も謝ってしまう。

 お師匠さまに選んでもらった瞬間ときから、ずっと、ずっと、のことだった。


 ルイ・マックールはコーヒーを飲む手を休めて、ルナを見た。




「その正直なところも、きみを選んだ理由の一つだよ。それに、ルナ。きみは、決して軽い気持ちで志願しがんしたんじゃない。決めるのに時間がかかったというだけなんだから、気にむことはないよ」




 ほっ……と、ルナの心が軽くなった。


 すべて納得がいったわけではない。

 けれど、ルイ・マックールに言われると、なんだか、そういうのでもいいのかもしれない、という気になってくる。




「いい笑顔だね。きらきらしている」




 ルナはうれしくなってサラダもパンも、パクパク食べた。




「そうだ、大切な話を今しておこう。ちょうどきみは今、自分が〈魔法使わない〉だと言ったね」


「はい」




 ルナはナイフとフォークを置いて、背筋を伸ばした。




「弟子の取り方はそう問題じゃない。大切なのは弟子の役割なんだ」


(どういうことだろう?)




 むずかしそうな話だ。ルナはお師匠さまの話を注意深く聞いた。




「僕がどうやって、世界一になったか知っているかい?」




 言われてみれば、それはルナの知らないことだった。




「ある魔法を覚えたからだよ。それはとても難しくて、とても危険な魔法なんだ。それを使えるのは、どうやらこの世界で僕一人だけらしい。それで『世界一』なんて大層たいそうな称号をもらってしまったんだよ」




 とんでもなくすごい話なのに、ルイ・マックールときたら、さらりと言って、他人事ひとごとのように笑っている。

 けれど、平和な笑顔は、そこまでだった。

 

 ルイ・マックールの口だけは、いつものとおり穏やかに笑っている。けれど、声の調子が少し変わった。




「でもね、ルナ。僕はその魔法を今まで一度も使ったことはないし、これから先も使うつもりはない」




 ルナには、なんだかもったいない話に聞こえた。

 それほどすごい魔法なのに、後にも先にも使わなれない。


 そんな魔法、持っている意味なんてあるんだろうか? 

 それとも、〈魔法使い〉的には、そういう魔法は持っているだけで価値がある?



 現にルイ・マックールは、それで世界一の大魔法使いになった。




「大きな魔法を覚えるには、魔導書という本がいるんだよ。僕が危険な魔法を使えるようになったも、ある魔導書を習得したからだ。一部の魔法使いは、面白がってを『〈例の〉魔導書』なんて呼んでいるが――僕はその『〈例の〉魔導書』を、完全に、この世界から消してしまおうと考えている。もう誰も、覚えたりしないようにね」




 ルナののどがゴクリと鳴った。

 ルイ・マックールの瞳の奥の奥に、静かにメラメラと燃える青色の炎が見えた気がした。




「それには時間がかかるんだ。僕が『〈例の〉魔導書』を破棄はきするまでの間、他の魔法使い――特に、『〈例の〉魔導書』を狙ってくる魔法使いを、近づけないでほしい。〈魔法使わない〉のきみを弟子に選んだ大きな理由は、魔法を知らないからだよ。つまり、きみは『〈例の〉魔導書』に近づいても安全な人物、というわけだ」


「そんなこと、わたしには無理です! 魔法使いを近づけさせないなんて……。そんな魔導書を狙うくらいだから、覚える実力のあるすごい魔法使いということですよね? 魔法も使えないわたしにはとても……」




 ルイ・マックールはゆっくりとルナの言葉を抑えるように微笑んだ。




「簡単な魔法くらいなら、これから教えていくから大丈夫だよ。基礎きその魔法でも、工夫次第しだいではランキング上位の魔法使いを遠ざけることくらいは出来るからね」


「ランキング上位……」


「まあ、まずは朝ごはんをしっかり食べて、よく学び、よく遊び、よく眠ることかな。遊び相手にちょうどいい子がふもとの一軒家にいるから、あとで訪ねてごらん」


「ふもと?」


「ここは、ナサル山のてっぺん。この国には、ナサル山と僕の城、それにふもとの一軒家しかない。ここは僕が作った国なんだ」


「国を作った!?」


「そう。名義めいぎは僕じゃないから、誰にもバレない。静かでいいところだよ。そうだ、一軒家に行っても、『〈例〉の魔導書』の話をしてはいけないよ。僕とルナだけの、大事な秘密だ」


「大事な秘密……。はい!」


「いい返事だね。片付けが終わったら、外においで。さっそく魔法の修業を始めよう」




 朝食を済ませたルイ・マックールが席を立つ。キッチンを出かけて、ふと、足を止めた。




「ああ、もう一つ。きみを弟子に選んだ理由」




 ルナは食器を下げる手を止めた。




「きみとなら、うまくやっていけそうだと思ったから」




 にっこり笑って、ルナのお師匠さまはマントをひらりとはためかせた。


 その天使のような微笑みに、ルナはフォークを握ったまま、うっかり見惚みとれてしまっていた。






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