第3話 はじめまして


https://kakuyomu.jp/users/vvvravivvv/news/16817330667627120467(扉絵)




 おだやかな青い瞳に見下ろされ、ルナは息をのんだ。




(この人が、ルイ・マックール……?)



 

 噂話だけが、何十年も語り継がれ、誰もが聞き知っているが、見た者はほとんどいない。

 

 まるで空想上の生き物のようなその人が、いまルナの目の前に、立っている。




「……本当にいたんだ……」




 ルナの一番の感想だった。


 ルイ・マックールは普通の人間と同じ大きさで、息遣いもルナの周りの大人のひとと変わらない。

 それがなんだか、とても不思議だった。


 ルナにとっては、おとぎ話の中だけに存在する人が、近所の人みたいな近さで現れたようなものだった。



 それから、次に印象に残ったこと。

 それはルイ・マックールの青い目が、ほのかに淋しそうだったこと。


 ルナにはとても意外だった。


 だって、ルイ・マックールは世界一の大魔法使いなのに。




 ルナはそのまま、ぼうっとルイ・マックールのお顔を眺めていた。


 世界中の女の子たちを夢中にさせたのもわかるくらい、ルイ・マックールは美しい。


 少し伸びた金色の前髪がと目にかかって、そこだけ無造作に耳にかけてある。


 耳に飾りはひとつも無い。

 服はくたびれた青色のローブのような、マントのようなものを一枚と、その中に白っぽい上下。


 ルナの見たところ、服装には、どこもところは見当たらない。



 けれど、どことなく人を惹きつける何かを放っている。



 それは、単に顔かたちが良いというものではなく、独特の雰囲気。

 言うなれば、特別製の香水のような――いい匂いで、人をきつけるもの――。


 これが、ルナの知らない魔法使い特有の〈魔力〉というものなのだろうか。

 けれど、ルナの国にも少しいる魔法使いから、こんな雰囲気を感じたことはない。

 ルイ・マックールという人が、世界一の大魔法使いだからだろうか。

 


 そのほかには、唯一、マントの左胸と肩の間あたりに羽根が差してある。


 他に勲章くんしょうや印みたいなもの、それからアクセサリーのたぐいもないだけに、その羽根のエメラルドグリーンが目を引いた。



 それは色鮮やかで、宝石みたいに綺麗だった。



 

「ルナ、初めまして」




 声をかけられてやっと、ルナは自分があいさつ一つしていなかったことに気がついた。


 おまけに、首が痛くなるほどルイ・マックールを見上げて、そのお顔を穴が開くほど見つめていたなんて!




「は、はじめまして! ルナといいます!」




 ルナは大慌てでお辞儀じぎした。




(どうしよう、失礼なことしちゃった……! わたし、焼かれるのかな!?)




 いくら見た目が素敵だからって、相手は世界一の大魔法使いだ。


 怖い魔法をいくつも知っているだろうし、どんなお仕置きをされるかわからない。

 ルナはぎゅっと目を閉じて、体を縮ませた。




「きみの好きなものは何だい?」


「…………え?」




 想像していた怖い言葉とは別のものが聞こえたので、ルナは何と言われたか、すぐにはわからなかった。


 ルイ・マックールの言葉は、思っていたよりもずっと平和的なものだった。




「……すきな、もの……?」




 ルナは目を開けてきょとんとした。

 ルイ・マックールは怒った顔をしていない。

 口元は優しく笑っている。




「自己紹介をしてほしいんだ」




 そういうことか、とルナは緊張しながら答えた。




「好きな色は、うすむらさき色です。趣味は、お菓子作りです。それから……」




 ルナは、もうひとつのことも言おうか、少し迷った。

 趣味や特技と紹介できるレベルのものではなかったからだ。


 それでも、ルイ・マックールに聞いてほしいと思ったのは、彼が穏やかな声の持ち主だったから。


 それと、趣味や特技と聞かずに、「は」と聞いたから

かもしれない。


 ルナは弟子に立候補したときみたいに、いつもより一歩だけ、踏み出してみた。




「それから、お絵かきです! 絵画みたいなリッパなものじゃなくて、ノートの端っこに描いた落書きみたいな絵なんですが……。そういう絵が、好きです。描くのも、自分が描いたのも……」




 だんだん声が小さくなっていく。

 最後の方はわざと聞こえないようにつぶやいた。


 だって、自分の落書きが好きだなんて言ってしまったから……。




「とてもいいね。それも立派な絵だよ」




 ルナのほっぺは、ほわああ、とあたたかくなった。




「それに……自分の描く絵が好きだなんて、うらやましいよ」




 目を細めるルイ・マックールの表情は、こうして見るとやはり、よわい100超えの深みがある。


 緊張していたルナの心が、ゆるゆるとほぐれていく。

 そこでハタと、ルナは今更ながら気が付いた。




「おじいちゃんじゃない!!」




 ルイ・マックールといえば、100年前に世界一になってからすぐにカーネリア・エイカーを初めての弟子にした、というのが定説だ。




「……15歳で世界一の大魔法使いになったから……100足す15で、115歳?」




 けれど、ルナの目の前の大魔法使いはそんなお年寄りには、とても見えない。


 むしろ、ルナのお父さんよりも、ずっと若く見える。



 大魔法使いは、新弟子の失言にも、さして気を悪くした様子はなく、「さて」と、くすんだ青色のマントをひるがえした。




「これから、きみのご家族と世間さまに挨拶あいさつをしてくるよ。その間に何か適当に食べておいて構わないよ。キッチンは向こう。それとも、今日はもう遅いから眠りたいかな? 2階の奥がきみの部屋だよ」


(ええっ!!)




 あまりに事が急すぎる。

 ルナの頭の中で、一気に質問がめかけた。



 こんな感じで本当に、ルナが新弟子しんでしに決まりなのか。


 やっぱり辞退するやめることはできるのか。


 選ばれたのは、ルナひとりなのか、それともすでに部屋で休んでいるのか。



 ルイ・マックールにルナの混乱は知る由もない。

 言いっぱなしで出て行こうとするのを、ルナは大慌てで呼び止めた。




「お師匠さま!」




 ルイ・マックールは、ぎょっとして振り返った。




「お師匠さま……?」




 なぜそんな顔をするのかルナにはわからなかったが、ひとまず引き留めることができた。ルナは急いで次の言葉をつなぐ。




「わたし、今夜はここに泊まるんですか?」


「今夜だけじゃないよ。弟子は住み込みだからね」


(住み込み!!!! そんな話、聞いてない!!)




 ルイ・マックールという人は、話し方はおだやかだけれど、いろいろと急なうえに強引だ!


 ルナは頑張ってうったえた。




「急に困ります! なんにも持ってきていません。それに、お母さんたちだって、心配します! わたしが弟子になるつもりだなんて……少しも知らないんです」




 ルナは家族の前で、魔法使いに憧れる素振そぶりを一度だって見せたことはない。


 家族はきっと、ルナは将来お菓子屋さんか絵描きになりたいと思っているだろう。


 ルナはそうとは決めていなかったけれど、学校から帰るとすぐにお友達とお菓子を作ったり、楽しそうにお絵かきしているルナを見て、そう思ったに違いない。




「大丈夫。その話をしに行くんだよ。ルナは心配しなくていいから、早く食べて休みなさい。明日の朝食は一緒に食べよう」




 ルイ・マックールは大きな両開きの扉を開けて、夜の中へ消えてしまった。



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