第2話 満月の夜12時の決断

https://kakuyomu.jp/users/vvvravivvv/news/16817330667626976531(扉絵)



 夜の学校は、もう二十三時を回ったというのに、真昼のバザーのようににぎわっている。

 お面。わたあめ。りんごあめ。

 それから、ヨーヨーつり。


 向こうには、魔法使いか手品師てじなしみたいな人がいて、子供たちが笑い声を上げている。

 あっちには風船屋ふうせんやさんまで来ていて、グラウンドは楽しい雰囲気でいっぱい。


 これはルナが予想していたのと、全く違った。

 〈弟子取り会場〉なんていうからには、もっと静かで、お固い試験会場のようなものを想像していたから。


 けれどここには、大人もいれば小学生より小さな子供もいる。どの人が付きい人で、どの人が志願者なのか、ルナにはさっぱり。


 もしかすると、ほとんどの人が見物に来ただけかもしれない。とにかく、みんなみんな楽しそう。


 なかでもルナが驚いたのは、深夜にもかかわらず体育館で吹奏楽すいそうがくの演奏が行われていたこと。


 グラウンドのはしっこにまで、お上品なメロディーが流れてくる。

 ご近所の迷惑は大丈夫だろうかと、ついつい、そんな心配をしてしまった。




(見学っていうから、社会科見学のようなものだと思ってた……)




 言われなくても準備した筆記用具とノート。

 それから水筒の入ったリュックサックを背負ったまま、ルナはどこか居場所のないような気持ちで立っていた。




「ルナ! やっと来た!」




 聞き慣れた声がけてくる。

 ルナの姿を見つけた、〈委員ちょ〉だ。


 委員ちょは、学級委員をしてくれている女の子。

 同じクラスになる前から他の子たちに「委員ちょ」と呼ばれているのをルナは何度も聞いたことがある。


 もっとも、委員ちょはなかよしからは下の名前で呼ばれているけれど、ルナは委員ちょとはまだ、そこまでのお友達になれていない。




「みんなとっくに集まってるよ! 来ないのかと思っちゃった!」




 どうりで行きがけに誰とも会わないはずだ、と、ルナはひとりで納得した。




「早く先生に知らせなきゃ!」




 委員ちょは、ルナの手を取って暗い校舎へ向かう。

 明るいグラウンドを通らず、わざわざこの道を行くのは、人や露店ろてんのごちゃごちゃを通るより早く先生の所へ着けるからだ。


 急ぐ委員ちょに精いっぱいの早さで足を動かしながら、ルナはまだ、来る時に味わった幻想的な世界にひたっていた。この月夜にただよう素敵な音楽の仕業しわざかもしれない。



 

「この音楽、すごいね」




 委員ちょは、急いでるのに的外れなことを言い出すルナに一瞬きょとんとする。けれど、さすがはしっかり者。すぐに立て直して、真面目にこの音楽について答えた。




「この音楽はね、舞踏会なんだよ。ルイ・マックールはこっそり舞踏会に行くからって、元吹奏楽部の大人が張り切って始めたんだ。うちのパパもその一人。まったく、大人ってタンジュンよね! あんなのただのウワサなのに!」


「本格的だあ……!」


「会場は体育館だけどね。社交ダンス愛好会の人たちが、初めての人にもカンタンなのを教えてくれてるんだよ。うちのクラスも何人か踊ってる」


「わあ! それはびっくりだね!」


「びっくりはこっちだよ! 早い人は十九時しちじから来て楽しんでるよ。それに……」




 委員ちょは歩く速さをゆるめ、ルナのことを振り返って見た。




「せっかくのキレイな色の髪の毛、おろさなかったの?」




 ルナは無意識に、左右の長い三つ編みをきゅっと握った。

 ルナの髪の毛は、光り輝くお月さまと同じ色をしている――。

 だから毎日、こうして三つ編みにして目立たないようにしている。ルナはあわてて、近くに声の大きい人はいないか探した。


 みんなはルナの髪の毛を「光り輝くように美しい」なんて大げさにほめる。

 けれどルナは、それがあんまり嬉しくない。


 たとえば、みんなに囲まれるキラキラした女の子。

 そういうのに憧れる気持ちはあるけれど、それと、実際に自分がそうなるのとは、ルナにとっては別の話。


 どういう顔をしていたらいいのか。

 なんて言ったらいいのか。

 わからなくなってしまう。 


 今だって、せっかく、委員ちょが髪の色がきれいだ、って言ってくれたのに、やっぱり、何の反応もできなかった。




「服もいつも通りだし、もしかしてルナはルイ・マックールの弟子に立候補しないつもりなの?」




 委員ちょは、ルナの格好かっこうをじっくりながめて首をかしげた。言われてみて、ルナも同じように委員ちょを上から下まで眺めてみる。




(あ……!)




 校門からの抜け道はうす暗くて、ルナは今まで気が付かなかった。

 委員ちょは、いつもよりずっと、おめかししている。




「かわいいね」


「ありがと。――こっち!」




 ふたりは先生やクラスのみんなのいる、明るいところへ辿り着いた。

 委員ちょ以外にも、いつもと服装が違う子がたくさんいる。


 本格的に全身キメている子。

 頭に魔法使いっぽい帽子の手作りしたものをかぶっている子。

 普段着にちょこっと可愛いワッペンやボタンを付けてアレンジした子もいれば、ステッキのような物を振り回してチャンバラしている子も。


 つまりは、みんな何らかの〈弟子志願グッズ〉を身に着けているということだった。

 もっとよく見てみると、ルイ・マックールが美男子だという噂からか、めいっぱいオシャレしている女の子が、すごくすごく多い。




「弟子にはなれなくても、お嫁さんになれるかもしれないでしょ?」




 ちょっと得意げに委員ちょが言った。




(でも、ルイ・マックールは、すごいおじいちゃんなんじゃ……?)




 ルナは浮かんだ疑問は心の中にしまっておくことにした。




「あ! ルナーー!」


「ユウミちゃん!」




 ユウミちゃんはルナの隣の家に住んでいる。

 ルナとは毎朝一緒に登校していて、今日誘ってくれたのもユウミちゃんだった。




「遅いよーー」




 ユウミちゃんはコロコロ笑っている。ルナののんびり屋には慣れっこ。ユウミちゃんも今夜はいつもと恰好が違う。とんがり帽子にオーロラ色のローブ姿。

 ルナはまるで小さな魔法使いでも見ているみたいな気がした。




「……もしかして、立候補するの?」




 ユウミちゃんは少しうつむいて、もじもじしながら明かした。




「実はね、内緒にしてたけど、うち魔法使いの家なんだ」


「え!」




 ルナはとても驚いた。

 だって、ユウミちゃんちは、おじさんもおばさんも町でパン屋さんをしているから。


 夕方過ぎてお店から帰ってくるとき、たまに売れ残ったと言って薄切りの柔らかい食パンをルナにくれる。ルナはその食パンが大好物。




「魔法使いだけじゃ食べていけないし、なんか恥ずかしいから内緒にしてたの。委員ちょも、このことみんなに内緒にしててくれる?」




 ユウミちゃんは、ルナの横で一緒に聞いていた委員ちょを見る。委員ちょは少しも動じず、首を縦にふった。




「わかった」




 ルナはなんだか心配になってきた。

 クラスの子をもう一度確めてみる。見たところ、ルナみたいに本当に普段着でいる子なんて一人もいない。




「もしかして、クラス全員立候補するのかなあ……?」


「みたいだね。わたしみたいなたま輿こしねらいも入れて、だけど」




 委員ちょとユウミちゃんはおかしそうに笑う。

 ルナは一緒に笑えなくて、ひとり取り残されたみたいな気持ちになっていた。


 ルナだって、世間の騒ぎのことは知っていた。けれど、それがこんな身近なところで起きているなんて、思ってもみなかった。

 暗い顔をしているルナに、委員ちょとユウミちゃんが明るく言う。




「本気の子は少ないけど、みんなけっこう、宝くじ感覚で楽しんでるよ!」


「ルナもまだ間に合うから、立候補してみたら?」




 ふたりに背中を押してもらい、ルナは壁時計を見た。

 たしか、ルイ・マックールの弟子に立候補するには、満月の夜の十二時に指定の会場に行って、心の中で志願するだけでいい。




(まだ二十分くらいある……)




 担任の先生を見つけた委員ちょが、あっと走り出す。




「先生、ルナが来ました」


「おう、来たか。これでわがクラスは、全員出席だな。みんなを呼んできてくれ」




 お祭りみたいに明るくてにぎやかでも、小学生は安全のため、各クラスごとに出欠確認が行われる。整列せいれつして点呼てんこが行われていく中、ルナの頭の中はとてもいそがしかった。




『ルナもまだ間に合うから、立候補してみたら?』




 ユウミちゃんの言葉が、何度もよみがえってくる。




(わたしがルイ・マックールの弟子に立候補? まさか。そんな目立つここと……。でも――)




 ユウミちゃんも委員ちょも、他のみんなも、とてもとても楽しそう。

 ルナは自分が立候補するかなんて、いまになって初めて真剣に考えた。心臓がとんでもなくドキドキしている。




(どうしよう……! あと十分で決めなくちゃ!)




 ルナはさっきから壁時計ばかりちらちら見て、先生のお話もろくに入ってこない。

 学年全体では、風邪で何人来られなかったとかなんとか。そういう話が頭の上で通り過ぎるのを感じながら、ルナは地面の砂をじりじりと見つめていた。




「さて、いよいよだな。カウントダウンでもするか?」


「そんなことしてたら、心の中で立候補できません!」




 先生は、それもそうか、と笑う。

 ルナはそれを聞いて、先生はきっと志願しないんだと思って、ほっとした。




(わたし! 立候補を見つけて安心してる!?)


「ようし、三分前!」




 腕時計を見ながら、先生がカウントダウンする。

 ルナは知らないうちに固くくちびるを噛んでいた。いよいよ、決めなくてはならない。




(ルイ・マックールは、誰でも立候補していいって言ってた。……もしも本当にだけでいいんだったら……)




 ルナは、首を回して周りを確認した。

 心の中でなら、みんなにはバレない。

 それにルナは、いつもと同じ服装こんなかっこうをしている。

 誰もルナが立候補するなんて思わないだろう。それに、同じ理由から、ルイ・マックールが自分を選ぶことはないと思った。




(立候補したことがバレなければ、弟子に選ばれなければ、目立たなくて済む。だったら立候補しなければいいんだけど)




 最初はそのつもりでここへ来た。けれど、今、ルナは違う気持ちでここにいる。

 楽しそうなクラスメイトをルナはうらやましそうに見た。




「みんな練習は済んだか? 先生はこれからじっと黙って見守っているからな! 安心して挑戦ちょうせんしていいぞ!」


(安心して挑戦していい……)




 考えつかれた頭と心から、ふらりと力が抜けた。




(わたし、世界一の大魔法使いの弟子に立候補してみたい!)




 誰の目も気にすることなく、ルナはやっとそう思えた。

 自分の声に正直になったら、なんだかいつもより力がいてきた。ルナはさっきより、もっとはっきりと、力を込めて立候補した。




(わたし、世界一の大魔法使いの弟子に立候補します!)




 まるで除夜じょやかねのように、どこかで大きな鐘の音がした。


 ゴーーン!


 ゴーーン!


 ゴーーン!


 クラスメイトと一緒にキョロキョロするルナの顔は、とても楽しそう。




(誰がルイ・マックールの弟子に選ばれたんだろう?)


「きみだよ」 




 声はルナの背中の方からした。




「おめでとう。今日からきみが僕の新しい弟子だよ、ルナ」




 正面からルナを見下ろす青い瞳が、ルナの目と、しっかり合う。

 ルナは一度も振り返っていない。なのにの金髪の男の人はルナにそう言った。




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