後のお祭り

杜侍音

後の祭り


「最高だったよなぁ! 昨日の祝祭はよぉ!」

「過去最高の盛り上がりだったんじゃないですか?」

「とても料理が美味しく出来ましたし」

「今でもあの時間は夢だったみたい」


 昨日の祝祭が無事に終えたことを祝しての打ち上げ。祝祭は歴代最高であると誰もが認めて、大いに盛り上がっていた。

 けれども、俺だけは周りのテンションとは大きく乖離していた。


「どうしたの? 君〜?」


 一人の自分と同じくらいの年齢の女性が、部屋の端っこで一人座り輪に入らない自分に話しかけてきた。

 その人はとても綺麗な女性だった。白い、祭りで着る装束に身にまとっている。村民も皆着用しているが、彼女だけは少しきらびやかであった。


「いや……何でこんなに盛り上がれるのだろうなって」

「そりゃあ、祝祭が成功したからでしょ。君もみんなの輪に入りなよ」

「部外者だから……」

「そんなことないない! 祭に参加したら皆兄弟さ! なんちゃって!」


 大学の人文研究の卒論を書くために、地方の村のお祭りを調査しに来ただけなのにえらく歓迎されてしまってる。これは逃げれる雰囲気じゃない。


「おうどうしたどうした! せっかく来たんだから飲め飲め!!」

「そうだ、飲め飲め!」


 女性もちゃちゃ入れてくる。


「いえ、私は……」

「なんだ〜? 飲めねぇってのか、せっかく祝祭が成功したのに気分盛り下げるつもりか〜?」

「あなた、未成年かもしれないじゃない」


 一応、卒論を書く年齢なので、お酒は合法で飲める。ただ食事の気分じゃなかったし、それに酒は苦手だ。


「なんだ坊主。勝手に祝祭見にきたくせに、浮かねぇ顔してんな」

「あの、あなた方は何も思わないんですか?」

「思うさ。こんなに幸せなことはない。これでこの先十年は村も安泰ってもんよ〜」

「えぇ、素晴らしい演舞だったでしょ。あれ、うちの娘なのよ」

「もうお母さんったら……! ま、それほどでも〜」


 女性は照れながらも謙遜する。

 二人はまた食事の輪に入っていく。



「この儀式っていつからやってるんだ……?」

「さぁ? 私が生まれた時にはとっくの昔にあったよ。私の両親が生まれた時にも祖父母が生まれた時にも昔からあったって聞かされてるし」

「村の幸せのためにか?」

「そう、五穀豊穣、村内安全! 村の人みんなが幸せであるために十年に一回行われているんだー」

「お前は辛くないのか……?」

「どうして? とっても幸せだよ。ほら、みんなあんなに楽しそうに盛り上がってるもの」

「目の前で君の“身体”が食べられてるのにか!?」


 彼女は満面の笑みでこちらに振り向き、


「そうよ」


 とだけ告げた。


 村の繁栄を守るために、一人の命を生贄に捧げる。

 選ばれた人は村を覆い囲っている崖から身を投げる。そのぐちゃぐちゃになった遺体を村民が拾い集めて、後夜祭にて食らうのだ。


「美味しそうに私を食べてるわ〜。私って意外と美味しかったのね。星三つかしら」


 彼女は死んだことに何の躊躇いも後悔もないのだろう。異常だ。


 俺にさっき話しかけてきた夫婦は彼女の両親なはずだ。子が死んだのに、みんなと同じように娘を喰らっている。それどころか幸せそうにだ。


「最高よ。最高のお祭りだわ!」


 俺だけが、彼女の霊魂が見えている。

 村にやっとの思いで辿り着いたあの時、彼女が目の前に降ってきた。最初で最期に見た顔は裏表なく笑っていた。気味の悪い光景だったのに、綺麗だと思ってしまったからこうして俺の前に現れるのか。



「ねぇ、このことを外に話すの?


 視界にギリギリ入ってくるとこで、俺のことをジッと見ていた。


「世間がこれを認めないのは私だって知っている。だから十年毎に外にバレないように、こっそり、内密に行われてきた。まさか急に人が来て儀式のその瞬間を見られるんだもの。みんなビックリしちゃったんだから──だから今日から私たちの仲間だね? あ、と言っても私はもうここにいないんだけどね!」


 屈託のない笑顔。


 ああ、こんなに純粋で綺麗な顔を見れるなんて、ここに来るべきじゃなかった。


「環境によって、宗教によって、人によって、幸せって違うものよ。その中で私たちはこれで幸せを保っている。君もすぐに同じ幸せを感じれるようになるから。最高ね!」


 みんな笑顔でこちらを見ていた。

 だから僕は、不器用な笑顔で応えた。

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後のお祭り 杜侍音 @nekousagi

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