ひな祭り・ボンバー

橋本洋一

ひな祭り・ボンバー

「ヒャッハー! 祭りだ祭りだ!」


 まるでこの世は世紀末――いや、学期末であることは確かだが、学生たちが狂喜乱舞の様相で街を練り歩いていた。いや学生だけではない。年度末でありながらサラリーマンも踊り狂っている。男だけはなく、主婦や看護師、幼稚園児までも心を躍らせて弾ませている。


 こうなった原因は三年前の法改正によるものだ。

 時の総理大臣、阿波野舞踊あわのぶようがこう宣言したのだ。


「見る阿呆より踊る阿呆。踊らな損だ」


 外見こそ強面な総理がそう言ったので、ああ激務で頭がおかしくなったのだなと誰もが思ったが、おかしくなったのは内閣・国会もそうだった。なんと超党派で『最高祭』という祝祭日が可決されたのだ。


 最高祭の決まりとは、一日中狂ったように踊る権利を与えられるというものだ。

 もちろん、権利であって義務ではないので、踊らなくてもいい。

 だがそれでも全国民が狂ったように踊りまくるのに時間がかからなかった。

 総理の阿波野が先頭を切って踊り出したのが効果的だったのだろう。


「人間は常に抑圧される。立場がそうだ。地位がそうだ。でも本来自由なはずだ。だからこの法律を制定したんだ」


 そう阿波野は語るが、実際の意図は不明である。



 今回の祭りに参加した本田茉莉ほんだまつりは普段は禁じられているメイクを顔に施して、狂ったように踊っている。中学生である彼女は三年前から参加を認められているが、今回のように外で踊るのは初めてだった。


「みんな馬鹿みたいに踊ってる……! 凄い!」

「ふふふ。すごいだろうお嬢ちゃん」


 となりで踊っているおじいさんはにっこりと微笑んだ。


「みんな楽しいことを望んでいるのさ。馬鹿みたいに騒ぎたいんだ。こんな機会を与えてくださった阿波野総理には感謝してもし切れないよ」

「うん! そうだね!」


 三年前は自分の名前が嫌いだった茉莉。いつも『お祭り』とからかわれていた。

 でもこの法律の、この祝日のおかげで、私は――自分の名前に誇りが持てた。


「楽しいなあ楽しいなあ!」



 しかし最高祭に反対する者も居た。


「くそ! みんないい気になりやがって!」


 この若者、松永高志は最高祭が嫌いだった。何故なら最高祭のテンションで告白したら振られてしまったという過去を持っていたのだ。


「だがこれでおしまいだ。この辺り一帯に爆弾を仕掛けた!」


 くくくと喉の奥で笑う松永。


「さあ! 地獄でも踊れるなら踊って見せろ!」


 起爆スイッチを躊躇なく押す松永。

 辺り一帯が爆発し、大惨事に――ならなかった。


「はあ!? なんだと!?」

「残念だったな」


 松永の背後に男たちの気配。

 振り返ると、そこには武装した『最高祭実行委員』が居た。


「君の爆弾は全て解除した。おとなしく投降するんだ」

「ちくしょう! なんでそこまで最高祭に――」


 松永の言葉を遮って、実行委員の男は言う。


「最高祭はみんなが楽しむものさ。それを守るのに理由なんていらない」


 実行委員の男は松永の肩に手を置いて言う。


「裁判は最高裁まで続くかもしれんが、まあ頑張ってくれよ」

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ひな祭り・ボンバー 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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