『ダイアリー』~その誰かが綴る人生の道~【更新停止】

野良・犬

はじまりの本。


 それは…、何気なく立ち寄った古本屋での出来事。

 紙の匂いが充満する…人が1人やっと通れる本棚の隙間を縫って進んだ先、その店の中でも一番奥にある本棚、何冊もの本が並んでいる中で、ある一冊の本に自分は目を奪われていた。

 大した装飾がされている訳でもない、古い本が並んでいる中で、その本だけが一際綺麗な状態で…保存状態が良かった…訳でもない。

 むしろ…、失礼なのだが…、その本棚の中で、一番古臭く、汚いと言っていいレザーブック。

 カバーは、色落ちや剥げている所がよく目立ち、紙も黄ばみが少なくない。

 タイトルは…、背表紙には何も書かれておらず、表紙に丸みを帯びた文字で手書きされてはいるけど、知らない文字だ。

 自国の文字でも、世界共通の文字でもない…。

 まさに知らない言葉、でもなんでか、何と書かれているのかだけはわかった。

 その本、表紙に書かれていたタイトルは…、「日記」。

 開いてみると、自分はその内容に顔をしかめた。

 何も書かれていない。

 どのページをめくっても、文字が一文字も書かれておらず、全てがまっさらだ。

 その店の店主の話では、気づいた時には本棚に並んでいたらしい、この店も、何代にも受け継がれてきてはいるが、先代の時には店に並んでいたのだとか…。


 店主は困り顔で…

「中は何も書かれていないし…、昔からあるから残していたけど、絶対誰も買わないだろう」

…と、ため息を漏らす。


 そして、一応の客である自分と本を交互に見て、店主は何かを思いついたのか、その曇った表情が晴れ行った。


「君が良ければ、その本…貰ってあげてはくれないか? お代はいらない。それをどうしようが君の自由だから」


 え…と、自分は思わず驚きの声を漏らす。

 店主は、そんな自分の様子を見て笑った。

 本としての機能を十全に活かしているならいい、でもこの本は…何も書かれていない、読むモノとしての形を有していないのだ。


 まぁもらえるのなら貰うのだけど。


 要は使い様…考え様だ。

 何も無い…真っ白という事は、これからなんにでもなれるという事…といっても、自分にできるのは表紙に書いてある通り、日記を付けるぐらいだけど、それでも、たまにはそう言う事に挑戦するのも一興だろう。


 大きさは文庫本サイズ、古臭くお世辞にも綺麗とは言えない見た目だけど、そのレザーブックはどことなくおしゃれだ。

 そんなに大きな店ではないのに、真っ先に目に入ったのも何かの縁…、この場は店主の言葉に頷き、ありがたく受け取ろう。


 あげる…と言われはしたけど、もらうからは代金を。

 近くの本棚にある同じ大きさの本に目を向け、その値段と同じ金銭を渡し、自分は店を出た。

 何故だか、その時、ワクワクと胸が躍り、足も弾んだ。


 次の日の朝、テーブルの上に置いたままだったその本を手に取り、これからコレをどうしようか…、本棚に雰囲気づくりとして飾るもよし、自分にできる事として、日記を書くも良し。

 せっかくなら、普段やらない事として、思い立っていた日記を書くのも一興、それが第一候補になっていたの…だが…、自分はその本を持て余すようにパラパラとめくる。

 その時、ほんのわずかな違和感に気付く。

 本の1ページ目…、そこに昨日まで無かった文字が書かれていたのだ。

 寝ぼけているのか…、自分は頬とつねったり、顔を洗ったり、眠気を覚ます行動をセットでやってみたが、その事実が変わる事は無かった。


…2ノ月25ノ日…

 今日から私は日記を付けていこうと思う。


 そんな言葉から始まる、タイトル通り何かの日記で、気づかぬ間に書かれた文字は、表紙と同じで、知らない文字なのに、自分はその内容を理解できた。

 字体からして、表紙の文字を書いた人と同じ。


 次の日も…、そのまた次も…、本を開く度にその内容が増えていく。

 不思議だった…。

 この本も、自分が抱く感情も。

 確かに不思議だ。

 でも、こんな奇想天外で、普通なら薄気味悪いとさえ思う出来事が起きているのに、嫌悪感とか、恐怖は感じなかった。


 古本屋の店主にどういう事かと、本を持って聞きに行ったけど、店主には、何も書かれていない本のままで、そんな趣旨の返答が返ってくるだけだった。

 そして、そんな不思議な本の出会いから始まる…一風変わった読書を…、自分は今日もする。


 誰かわからない…、その日1日の締めくくりにつづられる…その人の歩み…。

 自分にだけ読めるその不思議を胸に留め、その人の歩む道を、自分は読み進めていく。


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