第31話 作戦

 今日も今日とて千姫せんきの家に入り浸る。


 すき焼キス事件から1週間が経ち、なんとかお互い以前と同じように話せるようになった。ただ、顔を見て話すことはなかなかできないけど。


 そして、恥ずかしさを押し殺し私はできるだけ毎日彼の家に足繁く通った。まるで通い妻のように。


「通い妻……うんいい響き」


雪音ゆきね? どうしたの?」


「へっ、いやなんでもないよ! なんでもない」


 忘れていた。今は自分の部屋じゃないんだ。そしてこの数日の間に考えていた作戦を少しずつ実行する事にした。



「ふんふふ〜ん♪」


 わざとらしく鼻歌を歌いながら持ってきた雑誌をパラパラ開く。タイトルは……


『ドキッ! 真夏の海の乙女達徹底解析。

 水着でハートをキャッチング』


(ふふふっこの雑誌をこれみよがしに見せつけて自然な流れで夏休みの予定をゲットよ!

 あわよくば千姫の好みの水着をサーチ。そしてそのままデストロイ……いやそれはまだ早い)


「あっそう言えば!」


(おっ早速食いついたか千姫くん。レジャープールでも海の家が素敵な海水浴場でもどんと来なさい!)


桃太郎ももたろうの定期検診無事に終わったよ。健康そのものなんだって!」

「ふぁっ?」


(くぅぅ……食いついたのは犬だったか)


「そ、そっかぁ良かったね〜桃太郎〜」

「ワフワフッ」


 私の足元でぐるぐると回転しているお茶目さん。


「せ、千姫……その他に何かない?」

「ん? 他に?」


 パラパラ……チラ


「エッホンッオッホン……暑いねぇすっごく暑い」


「あっエアコンだね。ごめんね気付かなくて、女の子って冷え性の人多いって聞いたからつけない方がいいと思ってた」


「そうじゃないよぉぉぉぉコレ見てわかんない?」

「えっ?」


 私は半泣きで崩れ落ちながら雑誌を彼に見せる。作戦もへったくれもなくなってしまった。


「海……水着……あっ」


「千姫のにぶちん……」


 彼は見開かれたページをチラリと見ると少し微妙な表情で呟いた。


「水着……か」


 女の子の水着を見て恥ずかしくなり微妙な顔をしたのだと……この時の私は勘違いをしていた。


「せ、千姫はどんなのがいいの?」

「僕?」


 彼の正面に座り下からページをパラパラめくる。しかしその体勢はまずかった……


 雑誌に目を落とす彼は急に真っ赤になりワタワタと顔を隠す。


「千姫、ちゃんと見てよ!」

「いや、それはダメだよ」


 往生際が悪いんだから。もういっそ彼の好みを聞いてしまえ。


「はっきり答えてよね、どんな色なの?」

「えっ色?……ピ、ピンクかな」


 なるほど、千姫はピンクがいいのか。私と好み一緒じゃん!


「どんな形?」

「形? えーっと……」


 そうか形じゃわからないか。ならば……


「上下セットになってるやつがいいの?」

「上下セット? そ、そっか雪音はお揃いなのか……」


 いよいよ私もわからなくなってきたぞ。水着の好みを聞くだけでそこまで赤くなるかな? ちょっと攻めてみるか。


「もっとこう細いヤツとかどう?」

「細いヤツ……それって紐……」

「ま、まぁあんまりアレだと恥ずかしいけど、千姫になら見せてもいいかな」

「……」


 彼は黙ったまま天を仰ぐ。


「千姫、どうしたの? こっち向いてよ?」

「いや……もう無理」

「なんでよ! しっかり見なさいよね! じゃないとわかんないじゃん」


「十分わかったから……おわっ……ちょっ……」


 グイッと彼の服を引っ張ると勢いよく私の方へと倒れてくる。


「きゃっ……」

「ゆ、雪音? だいじょ……」


「「ッ!!!」」



 さて、今日の私の服装をおさらいしておこう。

 夏が近いという事もあり、薄いブルーが印象的なワンピース。暗い雰囲気を消し去るような空の色。そしてほんの少しだけ、ママから借りた石鹸の匂いがする香水を付けてきた。清潔感が大事だと思って。


 夏の空色のワンピース。ビーチで泳いだ後のシャワールームのような香り。そして私の目の前には、夏の日差しよりも赤い太陽。


 失礼……私の目の前、いや足元に。



 ワォ……ナイスジョ○トイ。



「せ、せんきの……」


 震える拳に力を入れて精一杯叫ぶのだ。


「せんきの……ぶぁかぁぁぁぁぁぁ」


 バコンッ





 私の今日のショーツは桃色ピンク。ブラはスポ……なんでもない。



 徐々に外堀を埋める作戦が、お色気作戦になるとは思わなかったよ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る