第30話 味変
「……」
「……」
気まずい。非常に気まずい。何が気まずいかと言うと……
私の正面に彼がいる。悪友達の差し金だ。
「ちょっとソラそれは私の肉だ」
「甘いよかおる、先手必勝」
パクパク
「
「うぇっ? う、うん……」
熱々のお肉、トロトロの卵……食べているのはすき焼き。
プルプルの唇、混じりあったトロトロの……思い出すのは。
(すき焼き……すき……スキ……キ……ス)
「ほにぁぁぁぁぁぁ!!」
「お、おい雪音どこ行くんだッ」
「お、おトイレ〜」
私はいたたまれなくなり全力で逃げた。
「逃げたな」
「「うん」」
「……」
「千……じゃなかった、
「私の計画通りのキス計画はどうだった」
「何回計画って言ってんだよ」
「どうしよう? 僕も色々衝撃的で何をすればいいのかわかんないや……」
「んなもん、追いかけて抱きしめてキスだろ」
「かおる……さすがにハードルが高いわ」
「鬼ならやれそう」
「とにかく、もう少ししたら様子見てこいよ」
「……わかった」
………………
…………
……
(どうしよう。すき焼きが喉を通らない。それにまともに顔も見れない)
洗面所に駆け込んだ後、自分のタオルを取り出して水で濡らして額にあてる。壁に寄りかかり邪魔にならない所にお尻をつける。すると……
「クゥン……」
「……
心配してくれたのか桃太郎が私の隣で首を傾げている。
「心配してくれるの?」
「クゥ?」
動物は人の感情に敏感だと聞くが、今の私の心はどう映っているのだろう。
「桃太郎……私はどうすればいいんだろうね」
「ワフッ」
私の隣で腹ばいになり足元に伏せて眠たそうな目。その頭を優しく撫でながら自分の心と会話をする。
(この感情を千姫にどうやって伝えよう。そもそもかおる達が来なければ……いやいやあそこでヘタレてしまう私も悪いか)
桃太郎の頭を撫でながら結構な時間が過ぎていく。
コンコンッ
「……雪音」
「!」
彼の声がすぐ近くで聞こえる。扉は開けっ放しだが、私の今の状態を察してか顔が見えない所から話しかけてくれる。
「千姫?」
「うん……その」
所々震えた声。きっと私と同じで緊張しているのかもしれない。
「ごめんね、雪音」
「えっ? なんで謝るの?」
「その、直球で言うけど……唇が、えっと」
「言えてないじゃん」
「ごめん」
やっぱり口に出すと恥ずかしいものだ。ストレートと言ったが、尻すぼみしてしまう彼が愛おしくて少し気持ちが楽になった。
「気にしてないわけじゃないけど……」
「……うん」
どう言ったものか悩ましい。せっかく話に来てくれたのに言葉が出てこない。好きな人のキスは嬉しいけど、ファーストキスはもっとロマンチックなのを想像してた。
「ファーストキスはもっとロマンチックなのを想像してた」
「へっ?」
「えっ?」
(アレ? 私、今なんて言った?)
心の声が口から出ていた。そんな大暴露を聞いた彼の方からドスンという音が聞こえる。
「せ、千姫? 大丈夫?」
音のする方へ慌てて駆け寄ると、彼は尻もちを付いて廊下の壁に座っていた。
「あ、あはは……雪音から言われた言葉にビックリしちゃった」
(うぅぅぅぅ、私のバカ〜)
「あはははっいやぁ……その〜なんて言うか」
言い訳が思い付かず目を泳がせる。
「ぼ、僕も……」
「うん?」
千姫も
「僕も、初めてだったから」
初めての……
「キス……するの」
……ちゅう。
(嬉しいッ嬉しいッ嬉しいッ嬉しいぃぃ)
「そ、そうなんだ……まぁ一瞬だったし」
「うん……一瞬だったね」
一瞬とは言ったけど、私は鮮明に覚えてますはい。なんならスローモーションのように再現できますよ!
押される私。近づく顔。見開かれた瞳。驚く口。はちみつでコーティングされたプルプルツヤツヤの唇。味は蜂蜜パイ。
今なら原稿用紙100枚でも余裕で書けてしまう。
「そ、それより、すき焼き無くなっちゃうよ?」
「あーうん、そだね」
言いつつ私は彼と同じ壁に座る。
「雪音?」
「私さ、決めたから」
「決めた? 何を?」
「フフ……まだ秘密」
「今の笑い方、
「まぁね、ちょっと真似してみた」
なんだかんだ言って彼との時間は尊いものだ。そして彼も……
「ねぇ雪音」
「なに千姫」
「僕もね、少しずつ……話すよ」
……話す。
きっと私が知らない彼の秘密だ。薄々気づいてはいた。ソラ達と話している時と、私と話す時ではどこか違う事を。聞いてはいけないと思ってたけど、彼から話してくれるならゆっくりと待とう。
「……うん」
「一度に全部はこんがらがっちゃうけど、ちょっとずつでいいなら」
「待ってるよ。ちゃんと」
「ありがと」
その後2人で戻って食べたすき焼きは、なぜだかあの時の……キスの味がした。
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