第29話 弾力

「皆も夕食食べていく?」


「何作るんだ鬼神おにがみ?」

「あらあら私達もいいの? 邪魔じゃない?」

「鬼……早く作る」


 千姫せんきの問いかけに、かおるとソラは食べる気満々。咲葉さくはだけは遠慮していたが2人に勝てなかった。


 ソラはまるで自分の家のように寛いでいる。そして桃太郎ももたろうにメロメロだ。私が買ってきたビーフジャーキーをぶんどると我が物顔で桃太郎に餌付けをする。


「ソラは気を許したら遠慮しないからな」


 かおるの意見には私も同意。


「前から思ってたけど千姫ってさ、あんまり部屋に物置いてないよね?」


 3人が来たので改めて思う。必要最低限しか物が無いのだ。最近では桃太郎のおもちゃやペットグッズがほとんどを占めている。


(なんだっけこういうの? ミニマリストって言うんだっけ……)


「そうかな? まぁいっぱい持っててもね……」


 答える彼はどこか歯切れが悪い。持っててもなんなのだろう? そこが聞きたいのに。


「まぁごちゃごちゃしてる部屋よりはいいだろう」

「そうね、雪音の部屋よりはいいわね」

「雪音の部屋は汚部屋」


「なっ、ちゃんとあれから片付けてるわよ! 千姫の前でなんて事言うのよ 」


 3人が以前私の部屋に突撃してきた事がある。その時は……まぁアレだった。うん……アレだった。


「せ、千姫今はちゃんと片付けてるから……その嫌いにならないでね?」


 恥ずかしさも相まってモジモジしながら彼を見る。彼はニコリと笑いながら優しく答えてくれる。


「嫌わないよ、おっちょこちょいな雪音も可愛い」

「か、かわ……」

「それに、僕と雪音が一緒に暮らせばプラマイゼロじゃない? ほら、雪音が散らかして僕が片付ける」


「ほへ〜……」


 ダメだ、デートの時から千姫の攻撃力がぐんぐんあがっている。私はペタリと床に尻もちを付いてしまう。そこに桃太郎が来てぺろぺろと頬を舐める。


「アハハ……犬も食わぬとはこの事か」

「かおる、それは夫婦喧嘩の時のことわざ。それを言うなら鴛鴦えんおうちぎり」


「えん……? 鬼わかる?」

「いやぁ僕は全然……ちょっと調べようかな」

「し、調べなくていいから! 咲葉もなんてこと言うのよ!」


「雪音がアワアワするの楽しいから」


 この女もエネミーだ。


「じゃあ僕は桃太郎のお散歩のついでに買い物に行ってくるから皆で遊んでてよ」


「えっ? 千姫が行くの? だったら私も……」

「はいはいストーップ。ここは公平にくじ引きで決めよう」


「くじ引き?」


「そっ! 量が量だから買い出し班は3人にするわ。そして2人はその間準備とかその他をしてお留守番」


(よっしゃぁぁ! これに勝てば合法的に千姫とお留守番できる。一緒に買い物も捨て難いけど、3人というのがネックだ。何としても勝ち取るわ)


「はーい、それじゃあくじ引きしまーす。王様だーれだ?」


 スポンッ


(アレ? そんなゲームだっけ……)


 ………………

 …………

 ……


「何も駄々こねること無かったと思うぞ雪音」

「……」

「フフ……雪音はホントにワガママになった」

「……」


 笑うがいいさこの現状を。私と悪友2人はスーパーマーケットに向かう途中だ。1発でジョーカーを引いてしまったこの手を呪ってやりたい。


(今頃、千姫は咲葉の色香に……ぐぬぬぬぬぬ)


「ほら、さっさと行くぞ」

「お腹空いた、早く食べたい」


 2人に引きずられながら私は彼へと思いをせる。



 ◆

 一方その頃、鬼神家では……



「……ねぇ千姫」

「なに


「雪音には本当の事黙ってるつもり?」

「うん、そのつもり」

「あの子は強いよ?」


「それはわかってるんだけど……やっぱり怖くて」

「雪音が千姫の事?」


「いや、そうじゃなくて……僕の事を知ったら昔を思い出して悲しむんじゃないかと」

「今のあの子を見たらそうは思わないけど」


「咲葉……僕は今幸せなんだ」

「見てればわかるわ。2人が仲良くしてる姿を見て、ソラもかおるも嬉しそうだったわ」


「うん、ホントは雪音の顔をチラッと見るだけで良かったんだけどね。関わっていくうちに惹かれていったよ……でも」


「千姫……」


「ありがとうね、咲葉」

「何が?」


「雪音の友達で居てくれて」

「あなたとの約束だもの」

「ソラとかおるにもちゃんとお礼言わなきゃな」

「あの2人になら伝わってると思うわ」


「3人が雪音の幼馴染で良かったよ」

「あなたもでしょ?」


「僕は、いつか居なくなるから……その時まで」


 バシンッ


「……えっ? さく……は?」


「冗談でも……冗談でもそんな事言わないでッ!」


「……ごめん」

 ………………

 …………

 ……

「3人が帰ってくる前に準備しましょ」

「うん……ごめん」



 ◆

「ただいまぁ〜重いよ〜」

「おかえり3人とも、雪音持つよ」

「ありがと〜」


 私は袋いっぱいに入った野菜やらお肉を彼に渡す。


「ねぇ、咲葉と何も無かった?」

「ッ! な、何も無いよ」


 怪しい……非常に怪しい。雪音レーダー(宛にならない)が告げている。何かを隠してるな。


「ほんとに〜」


 下からじっと彼の瞳を覗き込む。その距離は10センチ。


(やっぱりキレイな目……)


 見当違いな事を思っているが心は素直にそう思う。



「雪音……早く入れ」



むにぃ……

「ひぁんッ!! ちょっ……」



 ソラが私のお尻を掴んでグイグイと中に押し込む。その弾みで私と彼の顔の距離が……










 …………ちゅっ








「「ッ!!!!」」




 時間が止まる。

 止まった時間の中で私の心臓が弾む。きっと彼の心臓も……重なる2つの瞳は桃の花。





 私の唇は……柔らかな弾力に包まれる。







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