第28話 嫉妬

「邪魔するぜー」

「はい、これお土産」

「ワンちゃんがいるー」


 かおると咲葉さくはとソラが突撃してきた。


 あのタイミングでインターホンを鳴らされた私の心は不満だらけ。なにより不満なのは3人が平然と千姫せんきの家にあがりこんでる事。


(むむむ、千姫も千姫だよニコニコしながら対応しちゃって)


「えっーと……雪音ゆきねなんか怒ってる? 」

「べっつにー」


 ぶすーっとした私の顔を見て彼が苦笑いで聞いてくる。怒ってはいないがモヤモヤする気持ちはなんだろう。


「へぇ、結構広いな」

「いい家ね」


 かおると咲葉は部屋を眺めながら各々感想を口にする。私は半ば諦めながらも後ろからその光景を見ていた。


 しかしソラの次の言葉は聞き捨てならなかった。


お茶が欲しい」

「うん、わかったよ」


 なんですと?今なんて……


「あ、私も」

「手伝うわ

「ありがとう」


 ヤバい、意味がわからない。なぜアイツらは私の千姫を呼び捨てにしているのか。私の頭は絶賛大混乱中。



「ちょちょちょ、ちょっと待って! なんで皆千姫の事千姫って言ってるの?」


 意味がわからないかもしれないが、言ってる事は間違っていない。しかし3人は何が? みたいな顔でキョトンとしている。


「いやだって、雪音がいない時は千姫呼びだし、なぁ?」

「えぇそうよ」

「フフ……雪音が1番最後」


「なん……だと?」


 知らなかった、私のいない所で既に3人と仲良くなっていたなんて……ショックだ。頭の中がグルグルしてまともに考える事ができない。そして口から出た言葉は……


「ダ、ダメーーーー! 千姫を千姫って呼んでいいのは私だけなの! 3人とも呼んじゃダメぇぇ!」


 部屋に響く私の大絶叫。桃太郎ももたろうもビックリしている。


「はは……公開告白かよ。良かったな千姫」

「だからダメなのー!」

「はいはい、雪音も嫉妬するんだな」


 かおるが茶化す。


「雪音は執念深いから怖いよ千姫」

「だからー」

「フフ……いいおもちゃ」


 ソラはいつもどおり。


「雪音……」

「な、なによ咲葉」

「赤ちゃんみたい」


「ぶはっ!」


 とうとう彼が耐えられなくなって笑い出す。


「せ、千姫まで? ひどいよー」


 敵が4人に増えた気分だ。しかし彼はひとしきり笑うと涙を拭いながら3人に告げる。


「えーっと、そういう訳だから雪音の前だけでも苗字で呼んでくれるかな?」


「OK」

「赤ちゃんの頼みなら仕方ないわね」

「バブバブ」


 3人とも覚えてろよ。


「雪音……あ、ありがとう。凄く嬉しい」

「ど、どういたしまして?」


 お互い何を言っているのかわからないけど、何とか丸く収まった。


 そしてそれぞれソファに腰掛けて雑談に興じる。私は学校の課題を彼に教える為に隣に座る。


「……わかった千姫?」

「う〜ん、どうだろう。テストしてみないとわかんないかも……」

「そうだよね、じゃあさ今日覚えた所を明日テストしようよ、ね?」

「明日か……うんいいね! 美味しい物買っておくね」

「私も何か持ってくる」


 そんな2人だけの世界をジトっとした目で見つめる3人娘。


「お前ら……」

「かおる、それ以上は……」


咲葉が制止したのにソラがトドメを刺しに来た。


「早く付き合えよ!」


「「ぐはっ……」」


 その言葉は私と彼にクリティカルヒット。


「なななな何を言っってるのかな? かな?」

「あはははっ……」


「何ってなぁ?」

「ねぇ?」

「雪音も千姫もヘタレ」


「たから千姫って呼ばないでってば!」


 答えは既に出ている。私だってさっき邪魔が入らなければ告白しようと……


 そんな事はつゆ知らず3人は私と千彼をからかっている。


「もう! そんな事言うんだったらお菓子あげないからね」


「えっ、お菓子! 雪音早く出す」

「私も食べたーい」

「からかい過ぎて腹減ったな」


 自由な人達だ。まぁ彼女達に相談したのがそもそもの間違いだったかもしれない。


「せっかく千姫と食べる為に買ってきたのに……いい? 千姫」

「うん。皆で食べた方が美味しいよ」


 彼も彼女達の攻撃に疲れたのか少しぐったりしたように返事をする。


「なに買ってきたの雪音」

「実はねぇ、駅前のショッピングモールの地下で見つけたんだけど」


 私はガサゴソと袋に入った蜂蜜パイの包みを取り出す。すると……


「雪音、それもしかして蜂蜜パイ?」

「えっ、そうだけど……どうして千姫?」


 彼はクスクスと笑うとキッチンの方へと歩いていく。


(まさか……)


 戻ってきた千姫が手に持っていたのは……


「蜂蜜パイ……」


 なんと彼も蜂蜜パイを買ってきていたのだ。


「駅前のショッピングモールの地下って聞いた時にもしかしてって……限定品って書いてなかった?」

「書いてた。それにつられた」

「僕も」


「ふふふ……被っちゃったね」

「うん……でも雪音と一緒だと思うと嬉しいね」

「前に言ってた電波が一緒ってやつ?」

「そうそうそれ! よく覚えてたね」

「忘れないよ〜印象的だったもん」

「あははっ」

「ふふふっ」


「「「…………」」」


 2人の空間には誰も入ってこない。

 否ッ! 入れないのだ!


「なぁ……早く食べたいんだが」

「うわっ! 居たの? かおる」

「最初からな」


 2人の世界が終わりを告げる。そして、沢山ある蜂蜜パイを切り分けて変な空気で食べ始める。


「この蜂蜜パイ美味しいね千姫」

「うん! 甘くて美味しい。あっ雪音口に付いてる」

「えっ、どこ?」

「じっとしてて」


 ふきふき


「はいとれたよ」

「ありがとう! あっ3人とも、蜂蜜パイ美味しい? 甘いでしょ?」



 私の質問に3人は声を揃えてこう答える。



「「「お前たちの方が甘いわッ!!!」」」





 千姫と食べた蜂蜜パイは甘い蜜の味。



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