第27話 突撃

千姫せんき、昨日はありがとね! とっても楽しかったよ」

「僕もだよ雪音ゆきね、こちらこそありがとう」


 玄関からリビングへと顔を出すと彼と桃太郎ももたろうが出迎えてくれた。ショッピングモールで桃太郎にもちょっとリッチなビーフジャーキーを買ってきたので後で一緒に食べよう。


「桃太郎も随分大きくなったよね」


 私にじゃれつく桃太郎を撫でているとあの日の事を思い出す。


「うん、獣医さんいわく食べ盛りなんだって」


 ちなみに今更だが、桃太郎の犬種はゴールデンレトリバー。彼が拾った時で10ヶ月ぐらいだからもうすぐ1歳になる。


「私の家にはペットがいないから、千姫の家で桃太郎に会うのが楽しみなんだよねぇ」

「そうなんだ、それにしては犬の知識が凄かったね」


 言われて少し考えてみる。確かに犬に関しての知識はあったのだが、実は犬だけではなく、猫もハムスターもフクロウも動物全般の知識はある。


「あのね……笑わない?」


「うん?」


 初めて自分自信の事について、誰かに打ち明けると思う。その初めてに選んだのは私の好きな人。


「あのね……そのぉ」

「笑わないよ」


 モジモジする私の手を優しく包む彼の温もり、そしてもう1つ……桃太郎も手を重ねてくれる。


「ふふっ、反則だよ桃太郎」

「ははっ、笑っちゃったね」


 2人と1匹で手と手と肉球を重ねた光景が可笑しくて心が軽くなり自然と口も軽くなる。


「私ね……将来、獣医さんになりたいの」

「獣医さん?」


「うん、私のお父さんが医者でね……私が小さい頃に建物火災の事故に遭ったの」

「……」


 彼は黙って聞いてくれる。私の抱えていた悩みと葛藤を少し話してみたくなった。


「それで、その時お父さんがいたから手術して一命はとりとめたんだけど」

「うん」


「私も記憶が曖昧でよく覚えてなくてさ。事故の現場には誰か他の人が居たような気がして……」


 記憶を辿りながら私はあの時の光景を思い出す。爆炎の中で私を守ろうとしてくれた人が居た。崩れる瓦礫の下敷きになりかけた時に、その体を盾に私を守ってくれた人が……


「その時の事があって私も誰かの役に立ちたくて……動物は好きだし、お父さんの事も尊敬してるの」


「たがら獣医さんか」

「うん、そう」


 その言葉に嘘偽りは無い。だって初めて口にした思いがこんなにも暖かく心を満たしているのだから。


「雪音は……」

「ん?」


 少しの沈黙の後、彼はゆっくりと言葉を探しながら続ける。


「雪音は強いね。そしてその心は美しいよ。憧れちゃうな……(ずっと前から憧れてたけどね……)」


 後半の言葉は彼の胸の中に消えていく。


「そ、そう……かな?」

「うん、僕が保証するよ。きっと雪音は素敵な獣医さんになれるよ」

「えへへっ」


「……あと、雪音が獣医さんになったら桃太郎の事よろしくね?」

「うん任せて!」


 強く握りしめた手は私に諦める事を許しはしないだろう。手に宿る温もりと彼の目に写る情熱が私の心を満たす。


 その熱にうなされて、ついつい口が滑ってしまう……




「せ、千姫……わ、わたしね……千姫の事が……す、好……」





「す(き)……」


 ピンポーンッ


「きやきが食べたい」



「………………ぇっ?」



 この時ばかりは私のヘタレ具合とインターホンを呪わずにはいられない。彼のあんな間抜けな顔を初めて見た。同時に私の顔は秋の紅葉よりも紅い色。



「えっと……すき焼き食べたいの?」

「う、うん……食べたい」

「そ、そっか。じゃあえっと……夕飯食べて行く?」

「ご……ご馳走になります」



 再度

 ピンポーン、ピンポーン、ピポピポピンポーン


「千姫、出なくていいの?」

「う〜ん……新聞の勧誘かな? この家に来る人なんて雪音ぐらいだし」


「……私だけ」


 特別感漂うその言葉に私は舞い上がる。しかし無視をしていてもチャイムは鳴り止まず。うんざりしながらも私と彼で玄関に向かう。


 それが大きな間違いだった。



「はい、どちら様で?」



 私と彼がチェーン越しに外を覗くと、そこには今日1番の衝撃的な光景が広がっていた。



「よっ! 新婚夫婦」

「遊びに来たわよ〜」

「フフ……昨日の仕返し」



「げぇぇ……」



 苦虫を噛み潰した顔とは今の私の事。

 2人の愛の巣に邪魔者が顕現けんげんした瞬間だった。





(愛の巣……うん悪くない)




 彼女の妄想は止まらない。3人の進撃も止まらない。



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