第32話 買物

 夏が本格的に近くなってきた今日、梅雨のジメジメした日が続いていたけど、つかの間の晴れ渡る空。そんな放課後の教室に2人の人影。


「……もうみんな帰ったかな?」

「……たぶんね。部活の人も夏の大会とかで忙しいだろうし」


「……」

「……」


 お互い隣の席なのに見てる方向は明後日。放課後まで待ったのは理由があるから。


「じゃ、じゃあ行こっか千姫せんき

「う、うん雪音ゆきね


 休日の作戦は失敗に終わった。しかし色々理由を付けて今日という日を約束したのだ。



 2人で水着を買いに行く。



 藤園デートの時とはまた違う緊張感を私は感じていた。一緒にお出かけする事は変わらないのだが、見に行く物がまるで違う……いやある意味という点では一緒かもしれない。



 大地に咲くはな

 海辺に咲くはな


 どちらも綺麗な唯一の……はな。


(私は……彼だけの華になりたい)




 デートの日以降から私の心は彼だけを見ている。他の何も眼中にないくらいに。きっと周りから見たらあからさまだろう。ソラ達も前にもまして後押し(からかい)をしてくる。


 ただ気になるのは千姫に敵意を向ける男子の目がある事。


 女子達と仲良く話す彼の事が気に食わないのかもしれない。千姫は友達が多い方じゃないから余計に嫉妬の対象になりやすい。


(千姫はそんな軽薄な人じゃないのに!)


 しかし私の心が彼らに届く事は無い。だからそんな事は忘れて彼との時間を楽しむとしよう。そして彼にも幸せな時間を過ごしてもらう。


 私に出来る事はこれくらい。


 説明が長くなったかな? さっそく本題に入らないと。




「雪音……その」

「ん?」


 チラリとコチラを見て視線を逸らす彼が口を開く。


「髪型……に、似合ってるよ」

「ふふっありがとう」

「夏だから?」

「まぁね……」


 私の今日の髪型はポニーテール。シュシュで軽くまとめただけの簡易的なものだけど、彼には効果があった。そして、今日の下着は白を着ている。この前の事があってから、いつ彼に見られてもいいように臨戦態勢を整えてるのだ! それにもう1つ理由も……



「ねぇ千姫?」

「なに?」


「……手」


 差し出した私の左手を彼はじっと見て一言。


「つなぐ?」

「うん!」


 ギュッ


 校門から出て周りに誰も居ないのを確認した私は彼の手を握る。デートの時の感触が忘れられず、彼の温もりを求めてしまう。


(すごく……好き……いっぱい好き……大好き)


 ソラ達には引かれるかもしれないが、1日彼に会わないだけでも私は悶々としてしまう。


 今何してるかな?

 今日の食事は何かな?

 桃太郎は元気かな?

 ソラ達とどんな話をしてるの?

 家に誰か女の人呼んでないよね?

 メールしてみようかな?

 電話の方がいいかな?

 いや直接……


(アレ? 私ストーカーじゃない?)



 そのとおりである。



 しかしそれぐらい恋する乙女であれば誰しも思っている事。そして彼女と同じ気持ちを彼も抱いている事は……彼女は知らない。



「雪音、電車来たよ?」

「ふぇっ?」


 思考の波に揺られていたので電車が来た事も気づけなかった。彼に手を引かれて変な声が出た。


「ははっ今のは素のリアクションだったね」

「もうからかわないでよ!」

「何か悩み事?」


「えーっと……」


 言えるはずがない。ずっとあなたとの色々を考えてたなんて。そしてその先の事も……


 ポッと私の顔が赤くなる。もともと私の肌はその名前のように白い方なのですぐ彼に伝わってしまう。


「雪音、熱でもあるの? 顔赤いよ?」


 ピトッ


 彼のひんやりした左手が私のおでこを優しく冷やす。不自由だという右手は私がしっかり握っている。彼の右手になる為に。


「せせせせ、千姫……だ、大丈夫だからッ!」


 余計に熱があがってしまう。

 電車のドア付近に寄りかかり私と千姫は向かい合わせ。


(お願い、ここで電車よ揺れてくれ! そして私に人生初の壁ドンを!)


 変な事を考えていた私の願いを聞き入れてくれたのか……それとも


 ガタンッ


「キャッ!」

「おわっ……」




 ドンッ……



「ッ!」

「……ゆ、雪音」




 本日の山羊座やぎざの運勢は第1位。

 ラッキーカラー 白

 ラッキーアイテム シュシュ

 『一言アドバイス』

 押してダメなら押されてみな?


(占いの神様ありがとう!)



「……雪音大丈夫?」

「う、うん」

「ごめんね、痛くなかった」

「うん……き、気持ちよかった」

「?」


 彼が覆い被さる時にお互いのおでことおでこがぴったんこ。


「じゃなくて、熱は無いから! それに次の駅で降りるよ」

「う、うん。それなら良かった」


 ………………

 …………

 ……


「千姫、ちょっとお腹空かない?」

「確かに空いたかも……何か食べる?」

「うん食べ……あっ」

「どうしたの?」


「いやぁ……水着の予算を考えたら予算が」


 うぅ、お小遣い制の辛い現実だよ。


「それじゃあ僕が出すよ」

「えっ? いやいやいいよ千姫のお金だもん」


 さすがにそこまでお世話になる訳には……


「いいんだよ雪音。桃太郎ももたろうにいっぱいお菓子とかおもちゃとか買ってきてくれたでしょ? そのお返しだと思って」


(あぁ、桃太郎のね。うん、分かってたけどね……ははっ)


 きっと彼が桃太郎を口実に気を使ってくれたのかなと思うとちょっぴり嬉しい。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

「うん、素直な雪音が1番だよ」


「それは……反則」


 そんな笑顔を向けられたらさらに惚れてしまうじゃない。


「何食べようか?」

「う〜ん……」


 フードコーナーに到着して色々なお店を見ていたがなかなか決まらない。そこで彼が真剣な顔で尋ねてくる。


「ねぇこういう時、女の子ってクレープを食べるって聞いたけどホントなの?」


 隣で顎に手をあてながら真剣に聞くものだからおかしくなってしまった。


「ぷはっ……はははははっ、なにそれ?」

「いや、僕は真剣にだね……」


 私に笑われたのが不思議だったのか彼がコンコンと訳を話してくれた。



 いわく、女性雑誌で研究した事。

 曰く、例のブログの記事では真逆の事が書いてあった。

 曰く、ソラ達に相談した時は砂糖を吐いていた。

 曰く、桃太郎にも相談したと。



 最後は想像ができてしまい余計に笑ってしまう。


「もう雪音ってば、笑いすぎ」

「だ、だって……桃太郎にも相談なんて……あははははっ」


 私のツボが浅いのか千姫といると楽しいのか……きっと後者。




「はぁ……はぁ、いやぁ久しぶりにめちゃ笑ったよ」

「雪音はいっつも笑ってるよ」


「千姫とだからだよ」

「おっ……ん」


 私の言葉に彼からの反論は止んだ。してやったりだよ千姫。


「まぁ結論を言うとだね千姫君」

「うん」


 彼の正面に陣取りニヤッと下から笑ってやる。小悪魔らしく策をくわだてるのはもうヤメだ。私みたいに顔に出るタイプはストレートが1番!



「私はたこ焼きが食べたい!」



 ドヤ顔で看板を指す私に今度は千姫が耐えられなかった。


「あははははっ……雪音サイコー」





 どうやらお互いのツボ(好きのツボ)は同じようだ。








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