第25話 惚気
「ただいま〜」
永遠に思える幸せな一日が終わった。あの後、行きと同じ道のりを辿りバスと電車に揺られながら帰宅した。
駅で別れる時に、「送って行こうか?」と言われたのだが、丁重にお断りした。理由は簡単で、隠してはいたが彼も疲労の色が顔に出ていた。
「
「どうだった? デートは」
パパとママはリビングから顔を出すなりニヤニヤしながら尋ねてくる。
「もうっ! デートじゃないってば」
そんな2人にプリプリしながら答える。かと思えば2人は真剣な表情になり別の質問を投げかける。
「それで、
「えっ?」
「デートが終わったら連れてきてくれって前に言ったと思うんだが……」
「あっ」
そう言えば、パパに彼の話をした時に言っていたような。まさか当日に連れてこいという意味だったとは思わない。なのでアレコレ言い訳を口にする。
「えっと、アレだよ……
なんともそれっぽくまとめられていたと自画自賛。しかし、それを聞いた両親の反応は別のもの。
「……体が弱い」
「やはりな」
「ん? パパ、ママどうしたの?」
私は2人の真剣な表情を見て不思議に思ってしまう。
「あ、いや気にするな雪音。また今度紹介しなさい」
「う、うん」
「それに、千姫だって〜ちょっと詳しく聞かせなさいよ〜」
やばい、ママの乙女スイッチに火をつけてしまった。私は顔を赤くしながらリビングダッシュで出る。
「ママには関係ないでしょ」
「あ、雪音ご飯は〜?」
「いらない」
パパとママの笑い声を背中に受けながら自室の扉をパタンと閉めてベットにダイブする。
「ふぅ……ふぅ……危ない危ない。あの状態のママに絡まれたらめんどくさい」
私は枕に顔を埋めつつスマホを手に取り今日撮った写真を1つずつスクロールする。
「……カッコイイ」
ボソリと口から出た言葉は素直な心。
写真の中の彼の横顔を見ながら、指先で画面に触れる。次の写真は真正面を向いて微笑んでいる表情。
その唇にそっと触れる。その瞬間は……
ピロリロリン! ピロリロリン!
「うわぁぁぁ!」
握っていたスマホを放り出す。
1人の時間……それも他人には言えないアレコレをしようとしていた時間に突然の侵入者の音。
落ちたスマホをそっと覗き込むと、そこには見知った人物の名前。
雉ノ
からのグループ通話のお知らせ。
「なんだ、かおる達か……それにしてもタイミングが狙ったようなのがムカつく」
グチグチ文句を言いながらも、誰かに彼の事を自慢したくて手が伸びてしまった。これが失敗だったかもしれない。
ピッ
「もしもし、雪音だけど……」
「雪音か? いやぁ、いまさっきまで3人で雪音がどこまで行ったか話してたんだよ」
元気のいい声で話し出したのはかおるだ。
「ど、どこまでってそんな……」
急にそんな事を言われるものだから声がうわずってしまった。
「雪音……怪しい。全て吐け」
「そうよ〜お姉さんが聞いてあ・げ・る!」
ソラと咲葉もノリノリで聞いてくる。まぁ少しなら良いかなと思い待ち合わせした所から話し出す。
………………
30分後
「……でさぁ、パスタを食べる時にね、千姫ったら顔を赤くして〜あっ私もなんだけどぉぉ」
「へぇ、それで」
「……うん」
「……」
1時間後
「千姫の顔と私の顔が近づいて〜、でねでね! そっと私から手をギュッと握って〜」
「……ん」
「「…………」」
1時間30分後
「あ、名前呼びの時なんか私から最初に言ったんだけどー」
「「「…………」」」
2時間後
「藤の花のトンネルで写真を撮る時に、おば様達になんて言ったと思う? ねぇ?」
「「「…………」」」
「アレ……ねぇかおる、咲葉、ソラ、聞いてる?」
おかしいな、反応がない?
スマホの画面を確認すると確かに通話状態のまま。
「もしもし、みんな聞いてる? それでさぁ帰りなんて……」
「……雪音」
「ん、どうしたのソラ」
「爆発しろ!」
猿飛ソラ、離脱。
「えっ、ちょっと……」
「ふぅ。ねぇ雪音」
「咲葉! ソラがひど……」
「早く付き合えヘタレ!」
雉ノ宮咲葉、撤退。
「もう! かおる、みんなが……」
「はっはっは〜元気でな雪音!」
犬飼かおる、笑顔。
ツーツーツー……
無音のまま握りしめられたスマホを呆然と見つめる恋する乙女の姿がそこにはあった。
「もう! みんなの方から聞いてきたんじゃない、失礼ね」
まぁ、1番の失礼は2時間も彼との事を永遠と話し続けた私かもしれないけど……
(仕方ないじゃない、誰かに千姫の事を自慢したかったんだもん)
恋は盲目。
昔の人は素晴らしい言葉を残している。
「はぁ、明日も会いたいな……千姫」
握りしめたスマホに、彼の名前を無意識で打ち込む。
「鬼神……千……」
そこで手を止め、千の文字を消してから代わりに別の文字。
「雪……音」
その文字の羅列を見た瞬間、今まで感じたことのない衝撃が全身に駆け巡る。毛細血管の隅々までその熱が伝わるような感覚。
「……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ! 待って待って待って待ってぇぇぇぇ」
ヤバい、何これ、凄い凄い凄い。文字を見ただけで発狂してしまう。
ベットの上でゴロゴロと転がりながらニヤニヤが止まらない。ただ文字と文字を合わせただけなのに、この胸の高鳴りはなんだろう。
ゴンッ
「痛ァァァ……」
壁に頭を強く打ち悶絶してしまう。はしゃぎ過ぎてバチが当たった。その拍子に手に持っていたスマホがベットの下に落ちる。
その衝撃でスマホの画面が下にスクロールされていく。しかし私は痛みに悶えていたのでその画面を見る事は無かった。
もっと早く見ていれば、あんな思いをしなくて済んだのにと願っても……後の祭り。
記事の内容は……
『医学界の権威、
という海外の記事だった。
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