第24話 写真

 想い出になるような何かを形に残したい。


 それは私の気持ちか、それとも本能的に心で感じたからか……今の状況を説明すると。



千姫せんき一緒に写真撮ろ?」



 私から彼にお願いをしていた。


「写真?」

「うん、写真」


 彼は少し虚をつかれたような反応を見せたが、握っている手の温もりが増したような気がしたので言って正解だったかもしれない。


「ぼ、僕と一緒にって事でいいんだよね?」

「もちろん!」


 何を今更かと思ったが、考えてみれば彼女彼氏でもない2人が、一緒に写真って結構勇気がいる行動かもしれない。


「よろしくお願いします」

「あははっ! こちらこそ」


 丁寧にぺこりと腰を折る彼に私はおかしくて笑いながら返事をする。


 早速スマホを取り出して自撮りモード発動。藤の花をバックに彼の隣に陣取る。


「千姫、もっとくっついてよ」

雪音ゆきね、そうは言っても凄い緊張するんだけど」


「私の頬に触れたりした口が何を言うか」

「アレは勢いというかなんというか……」


 やはり彼は奥手だ。ならば私から攻めて行くしかあるまい。


「えいっ!」

「おわっ」


 ピト……


 彼の腰を手で抱き寄せて無理やり私との距離を詰める。私と彼が重なり合う形に。


 パシャリッ


「ゆ、雪音……いきなりだよ」

「へへへ、こういう自然な感じがいいんだよ」


 決めポーズも何もあったんもじゃないが、日常の一コマを切り取った写真が私は好きなのだ。


(ふふっ。日常とは程遠いけどね。でも、いつかこの光景を日常にしてみせる!)


 心の中で拳を握り決意を新たにする。そのおかげか、私の中の変なスイッチが入り、そこからは景色が変わる度にパシャパシャとシャッターを切りまくった。もちろん彼と一緒に。


 彼も段々慣れてくれたので少しずつ余裕が見える。シャッターを切る事数十回。


「ふぅ……ちょっと休憩しよう雪音」

「そうだね! 写真でも見ながらね」

「だいぶはしゃいでたね、僕もどんな風に撮れたか見てみたい」


 景色を楽しみながら歩いていくとお城をイメージしたカフェが見えてきた。


「あそこにしようか」

「うん、レッツゴー!」


 彼の手をグイグイ引っ張りながらカフェに向かって進んでいく。「雪音〜」なんて聞こえてくるが無視してどんどん進んでいくのだ。


 カフェのテラス席に座ると。私から注文を取った彼が室内の受付に消えていく。その間に景色をカメラにパシャリ。周りにある藤や他の色とりどりの花達を見ると異国に来た感覚だ。


「はい、アイスティー」

「ありがとう」


 店内で飲み物を買ってきてくれた彼と並んで座り飲み物を口につける。


「くぅぅ……ちめたくて美味しい〜」

「ふふ、ちめたいって可愛いね」

「あーっバカにしてるなこのこの〜」


 私の感想にそんな合いの手を言ってくるので頬をグリグリしてお返しだ。


「痛いよ雪音〜」

「ふふふ、なんだかこういう雰囲気いいね」


 手に感じる彼の温もり、このお花見で彼との距離は凄く縮められた気がする。同じ気持ちなら嬉しいな。


「うん、ずっとこうしてたいね」


「……ずっと一緒に」

 私の言葉は心の中で呟いた。


 休憩を挟んだ後は園内を散策しながら、写真を撮りまくる2人組がそこにはいた。



 私達だった。



「いっぱい撮れたよ千姫!」

「ふふ、楽しそうで良かったよ」

「うん! すっごく楽しい」


 園内を練り歩きながら最後にもう一度藤のトンネルを見ようという事になりゆっくりと歩を進める。


 時刻は午後6時を回っていた。気付けば閉園時間まであと1時間もない。


「ん〜到着」

「結構歩いたね、雪音疲れてない?」

「うん、平気だよ。千姫の方こそ大丈夫?」


 私は歩き慣れているからこれくらいは大丈夫。だけど、最近まで風邪を引いていたうえに体もあまり丈夫じゃない彼の方が心配だった。


「今が楽し過ぎてむしろ元気なくらい」

「あはは、何それー」


 力こぶを作ってにっこりと笑う姿が可笑しくて、愛おしくて……自然とその腕に私の腕を絡める。見た目よりも逞しい腕に抱きつきながらトンネル内を練り歩く。


「ごめんね千姫……」

「ん、何が?」


 私の謝罪の言葉にポカンとした表情。


「その……メモ帳を見ちゃって」

「気にしてないよ」

「でも、ホントは色々書いてあった事をやってみたかったんでしょ?」


 千姫はメモ帳の内容をほとんどこなしていない。それは、私が言った"一緒の歩幅で"を考えてくれての事だった。


「それはそうだけどさ、う〜ん……なんかね」

「うん」


 どこか憑き物が落ちた表情と声で諭してくれる。


「またの楽しみでもいいかなーって思ったんだ」

「……今度」


 これからの事を約束してくれる。もう1度私と来たいと言ってくれる。それが今の私にはたまらなく……


「そうだね、また今度来よ!」


 私も笑顔でそれに同意した。




「それよりもどこで撮ろうか?」

「んん〜あっあそこはどう?」


 オレンジ色の空と紫の藤が絶妙なバランスを見せる一角。その場所は夕暮れに彩られたスポットライトのよう。


「いいね」

「じゃ行こっか!」


 しかし、私がやってる自撮りでは、上手くこの光景を活かす事ができない。うぅぅと悩んでいると、年配の夫婦が優しく話しかけてくれた。


「お嬢さん方宜しければ、お撮りしましょうか?」


「えっ?」


 その声に振り向くと、旦那さんに腕を絡めたご婦人の優しい表情が見えた。


「えっ? いいんですか?」

「もちろん」


 しかし、私達が先に撮るのも申し訳なく思ったので先に譲ろうと口を開く。


「あの、先におば様方からどうぞ、私達が撮りますので……」


 私の申し出に、キョトンとしたご婦人は旦那と顔を見合わせて笑い出す。


「ふふふ、素敵なお嬢さんね、ありがとう。でも大丈夫よ、私達は何度も来てるから」


「そう……ですか」


 優しい言葉だったが、申し出を断られたのは少し寂しく思う。しかしここで静観していた彼が私の後を引き継いでくれた。


「おば様、失礼を承知の上で申し上げますが……」

「あら何かしら?」


 ご婦人も急に喋りだした彼の事が気になるのか、話の続きを促す。


「確かに何度も来ていたら、見慣れた光景かもしれません。しかし……」


 彼はハッキリと口にする。私が求めていた答えを。


ありません。この光景も、そしてこの時間も……」


 だから……


「今日という日、今という時間を切り取って、大切に残しておきたいと思う、彼女の気持ちをどうか受け取ってください」



 彼はご婦人達に向かって頭を下げている。それを見て夫婦は慌てふためきながら謝罪を口にする。



「まぁ、頭をお上げになって」

「うむ、すまなかった……そこまでの考えで言ってくれてたなんて。こちらこそお嬢さんの好意を無下にして申し訳ない」


 紳士口調の旦那さんはハット帽を脱ぎながら深々と頭を下げる。それに習いご婦人も私も互いに頭を下げる。


 4人ともがペコペコしている光景は周りから見たら異様だったかもしれない。

 …………

 …………

「それじゃあ撮りますねーはいチーズ」


 パシャリ


 結局ご婦人達を、先にカメラに収める事で話がまとまった。


「ふふふ、ありがとうお嬢さん」

「素敵な写真だ。確かにこの瞬間は1度しかないな」


 2人のカメラで撮った写真を眺めながら感慨深い表情でそう口にする。


「それじゃあ、次はお嬢さん方の番よ」


 促されて、私達はオレンジのスポットライトの元へと歩く。


「2人とももっと寄って、お嬢さん彼氏くんの腕を掴んで」


「か、彼氏っ?」


 ご婦人の発言にアワアワしてしまったが、そこは千姫が男の子を見せてくれた。私の腰に手をやるとぐいっと引き寄せる。


「僕の勝ちだね」


 同じ目線の高さで微笑む彼の表情はイタズラな目をしていた。


「むむ、私も負けないよ」


 ギュュュュ


 私は自分の胸に彼の腕を押し付ける。物理的に繋がるんじゃないと思うぐらいの力で。


 カシャッ


 その瞬間を狙ったかのようにシャッターの音が私と彼を繋ぎ止める。




 目を見開き私を見つめる彼。

 満面の笑みで彼の肩に寄り添う私。



 世界にたった1枚しかない永遠の想い出。





 藤の花の花言葉は……決して離れない。





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