第23話 歩幅

「美味しかったね雪音ゆきね

「うん……まろやかなチーズというか甘さというか」


 私と彼は昼食を終えて、再び園内を散策していく。パスタは美味しかったのだが、それ以上に恥ずかしくて味はあんまりわからなかった。


「そういえば千姫せんき、聞いてもいい?」

「うん、なんでもどうぞ」


 2人で歩く紫の回廊を進みつつ気になっていた事を口にする。


「千姫って名前は、なにか由来があるの?」


 この質問は人によって、気を悪くするかもしれない。しかし、初登校の日に自分自身でいじっていたので今の状況なら大丈夫な気がする。


「名前の由来かぁ……」


 空を見上げて立ち止まる彼、その瞳に映るのは過去の思い出かもしれない。


「……名付けたのは僕の両親というか、父親なんだけど、女の子が欲しかったみたいでさ」

「うん」


 語り出す彼は少し苦笑い。指で弾けば割れてしまうガラスのような表情をしていた。それを見た私は彼の手を勢いよく握る。


 ギュッ


「おわっと。雪音? どうしたの」

「ごめん、なんとなくこうしてたくて」



 彼の腕を抱き寄せて、そっと私の体に押しつける。その反動で私と彼の距離は無くなり、紫のカーテンの中に2人の姿が隠れる。


「ありがとう雪音」

「うん」


「それにね、雪音には僕の事を少しずつ知ってほしいんだ」


 優しく私の肩に触れる彼の手と声音こわねは決して怒ってはいなかった。それどころか穏やかな音色。


「……聞かせて、千姫の話」

「うん、ありきたりな話でいいなら」


「ありきたりなんかじゃないよ、私にとっては……」

「ん?」


 それから先の言葉を言えずに俯く私。彼は追求することは無く話を続けてくれた。


「っで、父親が女の子がいっぱい欲しいって事で……千姫。単純でしょ?」

「ふふふ、確かに」


「それにね」

「うん?」


「僕の誕生日が3月3日で桃の節句ってのもあるみたい」

「……桃の節句」


 この時、私の脳内カレンダーの3月3日の欄にハートマークを付けたのは言うまでもない。



 この先もずっと消えることの無い、ただひとつのシルシ……




「苗字が鬼神だから、多少女の子っぽい名前でもいいかなって事になったんだって。母親は千人の女の子を守りなさいって後付けで言ってたけどね……」


 笑う彼は懐かしさを含んだ目をしている。見えないハズの右目には、きっと3人で過ごした記憶が灯っているのだろう。


「私もね……」

「雪音も?」


 彼が話してくれた名前の由来。ならば私も話すのが当然な気がして自然と口が動いていた。


(私の事をもっと知ってほしい)


「雪の日に産まれたから、雪音……私も単純でしょ?」


 由来が似ていたのが、私にはたまらなく嬉しかった。そして、私の誕生日は……


「雪の日かぁ……ちなみに、そのぉ」


 少し意地悪だったかな? 他人の誕生日を聞くのは勇気がいる事だと私は思う。さっき見たメモ帳には……こう書かれていた。



『さりげなく誕生日を聞くこと』



 見てしまった以上さりげなくも無いのだが、パスタであ〜んの恥ずかしぬのお返しだ。


「な〜にかな〜千姫くん? 私の?」


 この顔をソラに見られたら一生バカにされそうなほど、ニヤニヤした表情の私。


「ゆ、雪音の誕生日っていつですかッ!」


 私の両手を握りしめ、目をつむりながら叫ぶ彼。


(くっ、真正面から来るとは……鬼神千姫恐るべし)


「じゅ、12月……25日……です」


 質問した彼よりも、答える私の方が余裕が無い。


「えっそれって、クリスマス?」


 コクコクと頷くことしか出来ない私。


「わぁ、そうなんだ。2人ともイベントの日が誕生日なんだね。ちょっと嬉しいや」


(私はその言葉の方が嬉しいけどね)


 はにかむ彼は、あははと笑いながら段々目を泳がせている。


「ね、ねぇ……雪音さん」

「んん〜? なんだい千姫さん」


 ここで負けてはいけないと思い、余裕のあるフリをする。気付いてしまったか、私の誘導尋問に。


「もしかして、今の流れってメモ帳の……」

「ふっふっふ! 仕返しだよ千姫くん」


 あちゃーといった具合に天を仰ぐ彼の姿を見て、高笑いする女の姿がそこにはあった。



 私だった。



「ねぇ、あのメモ帳って千姫が作ったの?」


 今なら何を聞いても答えてくれそうな気がする。恥ずかしさを置き去りにしてグイグイ攻めてやる。


「う〜ん……もう今更だね」


 彼は降参とばかりに片手をあげて首を振りメモの詳細を話してくれた。とても恥ずかしそうに。


「あれは1人のブロガーの記事を参考にしたんだ」

「ブロガー?」


 なるほど、どおりで普段の彼とは真逆の事が書いてあった訳か。


「なんでも、その人の友人のカップルの話を元に書いた記事なんだって」

「へぇ、それじゃあリアルなんだ」

「みたいだね」


 ちょっとそのブロガーに興味が湧いてきた。


「高校の同級生って言ってたかな? その2人のカップルがいかにして付き合うようになったかが書いてあった」

「ふむふむ……」


「男の子が女の子の方に何度もアタックして、振られても振られても繰返し突撃してたんだって」

「あぁ、だからか!」


 ここで私は納得した。普段の千姫はどちらかというと奥手な方。しかし、メモ帳に書いてあったのはグイグイ押せ押せの内容ばかり。


 手を繋ぐのも書いてあったけど、私から先にやっちゃったし、名前呼びもやっちゃったし……誕生日も……


(やばい、千姫の計画を崩してるの私じゃん)


「その男の子があまりにも凄くてね、とうとう根負けした女の子は交際をOKしたんだって」

「やるじゃん、その子」


 上から目線で言ってしまったが、素直な感想だった。


「そして、今は結婚してるんだって」

「け、結婚ッ!?」


 なんとまぁ、純愛な事でしょう。"結婚"その2文字に、高校生で恋愛経験皆無の私はたじたじになる。


「ね、凄いでしょ?」

「う、うん……結婚までとは予想してなかった」


「普段の僕はこんなだから、少しでも変わろうと思ってね……あははっ」


 失敗しちゃった。と笑う彼は少し寂しそう。そりゃそうだ。計画の全容を知ってしまった今の状況は、男の子からしたらサプライズも何もできない。


(さすがに調子に乗りすぎたかなぁ)


 少しの反省が頭をよぎるが、それよりも彼に言わなければいけない事がある。


「ねぇ千姫」


「うん?」


 俯く彼の頬をそっと私の指が触れる。それだけで私の心臓は跳ね上がる。見つめる瞳が重なり合い、互いの時間を静止させる。心に届けたくて。




「千姫はそのままでいて」


「……そのまま?」


 これが私の本音。


 自分を変えようとする事も、私を喜ばせようとしてくれた事も凄く嬉しい。でも、私はありのままのキミでいて欲しい。


「色々考えてくれた事は凄く嬉しい。たぶん私も同じ事をするかもしれない」



 恋した男の子と同じ速度で歩きたい。



「だから……その、一緒に同じ歩幅で歩いて行けたらって思うの」



 隣に寄り添い、一緒に成長したい。この想いをいつかキミに伝える為に。



「そっか……僕もちょっと背伸びし過ぎてたかなって思ったんだ。今の雪音の言葉は凄く嬉しいよ」



 もっと同じ時間を共有したい。



「うん、だからね千姫……」


 私の言葉を遮り彼が先に口を開く。


「一緒に同じ歩幅で歩いて行こう……雪音」


 彼の手も私の頬に触れる。心臓はもう限界、だからこそ私は笑顔で頷くのだ。


「うん、千姫!」


「雪音の名前、その……好きだよ」

「私も……千姫の名前大好き!」


 今はこの好きで充分。


 最大級の好きは胸の中でゆっくりと育んで行こう。







 2人の影は重なり、その想いも重なってゆく。風にそよぐ紫のカーテンに祝福されながら。






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