第22話 昼食

「うぅぅぅぅ……」

「まぁまぁ雪音ゆきね、そういう事もあるよ」

「だって〜」


 私はサンドイッチを忘れたショックから立ち直れずにいた。彼からの言葉は嬉しかったのだが、思い出す度に心に重りがのしかかる。


「僕も事前に言わなかったのが悪いし、それに作ってくれたのが嬉しかったから。ね?」


 彼は私を慰めてくれている。握ってくれた手の温もりが私の心に伝播する。


「別に千姫せんきは悪くないよ。私がドジだっただけ」

「そういう所も……可愛いよ」


 尻すぼみになる声。彼を見ると恥ずかしそうに目を逸らす。その心は初心うぶなのかもしれない。


 手を引く彼が立ち止まる。


「このお店にしよう!」

「ん?」


 彼からの言葉で顔をあげると、目の前に飛び込んできたのは大柄なシェフが帽子を被った看板。

 話によれば、園内には数箇所の飲食店があり、そこでしか飲食は禁止になっている。


「ん〜いい匂いがする」

「パスタ屋さんだね」


ぐぅぅぅ

くぅぅぅ



 食欲には勝てそうにない。サンドイッチの事は一旦保留にして自分の欲に素直になろう。


「その……ここで良かったかな?」

「うん? 私はなんでも大丈夫だけど」


 彼は少し歯切れ悪く店内に入ると小声で話しかけてきた。少し違和感を覚えたのでもう少し追求してみる。


「どうして?」


「お、女の子ってパスタが好きだって本に書いてあったから」


 言い終わると水を一気に飲み干す彼。その姿を見て私は悶えてしまった。


(くぅぅぅ。千姫も女の子とのデートは初めてだったのかな? そうだったら嬉しいな)


「ふふっ、それは偏見かなー」

「えぇっ! そ、そうなの? いや確かに参考までにとは書いてあったけど……」


 私の意地悪な返しに、彼は慌てたように鞄から小さなメモ帳を取り出す。


「なーにそれ?」


 ニヤニヤしながらデビル雪音ちゃんの登場。手を伸ばし彼のメモ帳をパシッとゲットする。


「もらいー!」

「あっ、ダメだよ返して〜」


 流石に店内で騒ぐ事はできないので、彼は口と手で反撃してくる。


「えーと、なになに『理想の恋のはじめかた』……」

「もう、ゆきね〜」


 ボォォッ


 読み進めると私の顔から炎が吹き上がる。まるで火山活動中の山みたい。


「か……返します」


 キュゥゥゥと縮みながら私は彼にメモ帳を両手で返却する。何を見たのかは顔を見てもらえれば。



 周りでは食事をする音や親子連れの楽しそうな会話が聞こえる。そんな中、氷を張ったような静けさのテーブルが1つ。


 私達だった。



「ど、どこまで読んだの?」


 水面みなもに落ちる一雫の波紋のように彼が口を開く。


「ぜ、全部……」


 見てしまった……今後の予定も何もかも。


「あはははは、僕も迂闊うかつだったよ」


 諦めと羞恥の波が強かったのか、彼は今日1番の大声で笑っている。


「ご、ごめんね」


 せめてもの謝罪を口にする。


「いやいや気にしなくていいよ。雪音といると毎日楽しいから」

「うん……ありがとう」


 彼はどこか開き直ったようにカラカラと笑っている。それにつられて私の顔も自然にほころぶ。


「お待たせしましたーのアツアツチーズナポリタンです」


「「ッ!!」」


 2人の世界に侵入者が現れたと思ったら店員さんだった。


(アレ? 私が頼んだのはアツアツチーズナポリタンだったような……)


「こちらは大変おアツくなっておりますので火傷に気をつけてくださいね」

「は、はい……」


 素敵な笑顔を私に向けてポニーテールを揺らしながら厨房に戻っていく店員さん。


「なんか、アレだね」

「うん……」


「「恥ずかしぬッ」」


 チラリと周りを見てみると、近くの席の女の子と目が合う。女の子は目を輝かせながら二パーッと笑うと一言。


「あちゅあちゅー」


 ぐはっ! 雪音のライフはもうゼロよ……




 その後すぐに、彼が頼んだシーフードパスタがやってきた。


「こちらも熱々になってますので冷めないうちにどうぞ♪」


 ポニーテールの可愛い店員さんよ、なぜ私を見て言うのか……



「あはは、なんか陽気な店員さんだったね」

「陽気っていうか、小馬鹿にされてたような」

「雪音が可愛いって事で勘弁してやってよ」

「もうっ! すぐそうやって誤魔化す」


 軽口を言い合いつつ、店員さんの軽口に乗せられて熱々のうちに食べてみよう。


(この恋も冷めないうちに……)



 パクッ


「熱つつつ……」


 口に含んだパスタはチーズの部分をバーナーで炙ってあり想像以上に熱かった。


「雪音大丈夫? 冷まして食べないと」

「ふぇぇ……」

「ほらお水」


 彼から渡されたお水を慌ててグビグビ口に含む。


「ぷはぁ……はぁ……うぅ」

「火傷した?」


「ふぁいじょーふ」


 舌をクルクルしながら火傷の有無を確かめる。どうやらなんとか火傷は防げた。


「雪音はあわてんぼうなんだね」

「不可抗力だよ〜」


 なんとか喋れるまで回復したのに、恥ずかしくてフォークが進まなくなってしまった。


 そんな私の隣に座る人影が現れた。


「えっ?」

「雪音はあわてんぼうだから食べさせてあげる」


(どうして千姫が隣に? さっきまで正面にいたのに)



 話は簡単で、彼女が思っていたよりも長い間ボーっとしていたので、それを見かねて彼が心配して隣に来たからである。




「なななッ……じ、自分で食べられるよー」


 私は差し出されたフォークを見ながら拒否した。しかし彼は引くことはしない。


「この前のお礼」

「お、お礼?」


 思い出すのは病気で寝込んでいた彼の家に突撃した時の光景。


「あっ……」

「これで、おあいこでしょ?」


 なるほど、これが噂に聞く好きな人からのあ〜ん……


(いや、逆じゃね? 普通女の子からのあ〜んにドキドキするもんだよね?)


「雪音、あ〜ん」


 彼の目は真剣そのもの、しかしその裏にはイタズラ心が見え隠れする。


「ぐぬぬっ……仕方ない……いざ!」


 パクッ


 このまま押し問答をしていても、周囲に見られて恥ずかしぬだけなので、一思いに口に頬張る。


「どう? 美味しい」

「モグ……ゴク……うん、美味しい」


 味なんてわかるわけない。

 隣には好きな人、その好きな人からの最大級の攻撃に心の中が火傷しそう。


 視線を感じでチラリとその方向を見る。すると、さっきの女の子か私をじっと見つめて、再び二パーッとした可愛い笑顔。

 今度は両手をほっぺたに添えてタコさんの口で声に出す。




「あっちゅあちゅ〜」





 もう少し……心の火傷はこのままで。


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