第20話 名前
(ヤバいヤバいヤバいヤバい……)
勢いに任せて彼との距離を詰めてみたけど、想像以上に恥ずかしい。
(頑張れ私ッ! 持ちこたえろ心臓ッ! 目を覚ませ雪音ッ)
結論…………顔がさくらんぼのように赤い。
「きょきょきょ……今日は暑いね!」
キョドりまくる私。
「う、うう、うん! 暑い暑い!」
テンパる彼。
(なんだぁ、私と一緒じゃん)
その事実が私の心の深いところに染み渡り少し冷静になれた。
「ごめんね急に……」
何がとはあえて言わなかった。だって言ったら恥ずかしくなるもん。そんな私に彼は……
「だ、大丈夫だよ! その……嬉しかったから」
彼の手の温もりが少しずつ増していく。そして私の手を握る力もほんの少し緊張が解けたみたい?
その後何を話せばいいか悩んでいると彼が口を開く。
「
「うん、いいよ。
今は何も考えられない。手を握るだけで心臓が飛び出てしまいそうなのに他の事を考える余裕がない。
彼に手を引かれて、半歩後ろを歩く。
(うん、この位置が私には丁度いい)
彼の横顔が1番見やすい位置、彼からは私の今の顔が見えない位置。
ふとした瞬間に彼が私の方を向き、チラリと目が合う位置。
(気にしてくれてるのかな……そうだったらいいな)
私の歩幅に合わせてくれる彼。身長は私の方が少し高いけれど、歩くスピードは彼の方がいつも早い。
それを今日は私のペースに合わせてくれる。何気ない優しさ、少しの気遣い。それだけで私の心には花が咲くのだ。
「…………きれい」
「ここが、僕が見せたかった場所なんだ」
今の私の心の花を表現するなら、きっと目の前に広がる光景に違いない。そこには……
『藤の花のトンネル』
幻想的な紫の世界が広がっていた。もしかしたらこのトンネルを抜ければ、温泉宿にたどり着けるかもしれない。
そう思えるほどの圧倒的な世界。
「……心が震える。これを、私に?」
「うん、桃宮さんと一緒に見たかった」
(桃宮さんと……)
何故かこの時の彼の言葉に私は少し寂しさを覚えた。この素晴らしい光景を2人で見ているのに、私と彼にはまだ見えない壁が存在している。
(今日の私はどうかしている。それでももう一歩だけ)
心の中で自制しろと言っている。しかしもう1人の私がそれを許さない。
まるで天使と悪魔が戦っているよう。そして、勝ったのは…………悪魔
「ねぇ、鬼神君」
「ん? どうしたの桃宮さん?」
「その、あの……」
私は綺麗な景色と圧倒的な風景に心が大きくなっていた。だからこそ、今この瞬間に言葉にする事ができたのだと思う。
「ゆ……」
「湯?」
「ゆ、ゆき……雪音って呼んでくれない……かな?」
「…………」
モジモジしながら下を向いて言葉を口にする。
(ありがとう悪魔さん! 今日だけは感謝するよ)
しかし、彼からは一向に返事がない。どうしたのかと不安になり顔をあげて彼を見てみる。
彼は、口を開けたまま固まっていた。
「おおお、鬼神くーーん!」
………………
…………
……
なんとか彼を現実世界に引っ張って、私達は拳2個分の距離をとりベンチに腰掛ける。
(流石に今の状態で密着はできないよ)
上を見ると、大きな雲が流れている。私の心も雲のようにふわふわしていた。
しかし、いつまでも黙ったままでは先に進めないので何か、口を開こうと彼の方を振り向く。
「ッ!」
「!!」
振り向いた瞬間が同じだったので、彼との距離が一気に縮まる。
「あ、あの……えっと」
「僕からも1つお願いがある」
私とは対照的に声に芯が通っていた。
「うん」
その迫力に負けて、私は背筋がピンッとなる。彼からの言葉を待つ。
「僕も、
「…………ぇ」
その提案が意外すぎて不意に力が抜けてしまった。崩れそうになる私の肩を彼の両手が支える。
見た目より大きな手に、肩に触れる力がほんの少し強くなり、震えている。目の前には彼の綺麗な瞳。そして、続く言葉……
「それでいいかな……雪音」
その声音は私の心を暖かな光で包み込む。
雪の降る夜に産まれたから……雪音
彼から……いや千姫から聞いた雪音の言葉には、今までで最高の情熱を感じた。
私は今日……恋に落ちたのだ
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