第19話 距離

「わぁ! すごいね……ここ」

「やっぱり本物は凄い……」




 受付でパンフレットをもらって中に入るとそこには一面の藤の花が咲き誇っていた。


「こんなにいっぱいの藤の花は初めて見たよ」

「僕も……なんていうか、言葉がでないね」


 私達はまず初めに園内の案内に沿って歩き出した。この季節は藤の花が見頃らしく、園内はたくさんの人で賑わっている。


「紫の色に負けないくらい、その……黄色の帽子も似合ってるよ……」

「ッ!!」


 彼からの突然のダイレクトアタックに私のライフはゼロになりかけた……一瞬フリーズしていると近くから救いの声が聞こえてきた。


「ママー紫の花がいっぱいー」

「ふふ、そうねぇきれいだねー」

「パパーかたぐるましてー」

「よし任せろ!」


 近くで元気のいい子供の声が聞こえてくる。



「ふ……ふふ、こ、子供は元気だねー」

「う、うん……すっごく楽しそう。あの子はきっとキレイなこの光景を忘れないだろうね」

「うん! そうだといいね!」


 なんとか話題を切り替え、何気ない会話をしながら道なりに進んでいく。ふと彼の方を見ると暖かな目で親子連れを眺めていた。


鬼神おにがみ君って子供好きなの?」


 親子連れを見る彼の目が、少し羨ましそうでもあったのでつい口に出てしまった。


「うん、子供は好きかな。元気だし明るいし可愛いし、トテトテ歩くし、ご飯をこぼしながら食べてる所も可愛い! あと甘えんぼうな所もいいね! ギュッてしたくなる」

「へ、へぇ……」


 まくし立てるように語り出したので私は若干面食らっていた。


「ッ! あっ、でもでもロリコンとかじゃないからね! 違うからね?」

「あはは、その心配はしてないよ!」


 やってしまったとばかりに後から付け足したように言い訳をする。めったに見られない彼の慌てた姿が拝めたので質問して良かったなと思ってしまった。


 クスクス笑っていると彼は少し不満げに同じ質問をしてきた。


桃宮ももみやさんはどうなのさ?」

「私かぁ……」


 正直、子供は少し苦手だ。

 昔、保育園の職場体験に行った時に、やんちゃな男の子が仕切るグループから泥団子を投げつけられた事がある。


 そして、無神経にも色々悪口(子供の言う事)を散々言われたのでその事が未だに尾を引いている。


「んん……」

「なんかごめんね、答えにくい質問だったかな?」


 私が言い淀んでいると、気を使って話を中断させようとする。元はと言えば私が最初に聞いたから答えないのはフェアじゃない。


「実は……」

 …………

 …………

「そんな事が……」


 職場体験での事を正直に話すと彼は少し困った顔で俯いていた。


(ダメダメ! せっかくのデートがこんな雰囲気になるなんて!)


 私は話した事を少し後悔しながら、気にしてないアピールをする為に早口で付け加える。……ん、デート?


「今は全然気にしてないから、まぁだったら可愛いと思うよ!」


 色々考えがごちゃごちゃして何を言ってるのか分からなくなってきた。そんな私の言葉に彼の反応は……


「……自分の子供」

「いや、まぁいつか結婚するだろうし、その時になったら好きになるかもなぁ……なんて」


 私も彼に負けじとまくし立てるように言い、そのせいで若干冷や汗をかいていた。一応の体裁は整えたと思っておこう。


 私の言葉に何かを考え込む彼の瞳は遠くを見ているようで寂しさを孕んでいる。その瞳には淡い紫色が反射する。


「……うん! 自分の子供ならきっと好きになるよね」

「そうそう! 好きになるよ」


 淡い紫色から明るい黄色に変わった彼の瞳は元気を取り戻したように輝きを増す。



 私は時折スマホで写真を撮りながらお互いに程よい距離でゆっくりと歩いていく。


 満開の藤の花と心地よい風、暖かな太陽、楽しげな会話、周りには穏やかな空間が広がる。そんな素敵な時間をくれた彼の事を少し考える。


 誘ってくれた嬉しさと時折見せる彼の寂しげな表情が気になり、私は少し距離を縮める。



 彼との距離……15センチ。



(鬼神君の家にいる時より近くない? ヤバいよ……花より彼を見ていたい)


「桃宮さん見える?」

「へっ?」

「ッ!!」


 急に振り返った彼の顔が私の目の前にくる。



 彼との距離……7センチ。




「ご、ごめん! こんなに近くにいるとは思わなくて」

「う、ううん……私こそ近すぎた……」



 バクバクッバクバクッ


(近い近い近い近いッ! 危なかったぁ……もう少しで……キ……)



 色とりどりの花を見に来たハズなのに、私の心の方が様々な色で塗りつぶされていく。



「……気を取り直して……行こうか桃宮さん」


 チラリと彼の横顔を見ると、私と同じく赤色に彩られている。それが嬉しくてまた余計な事をしてしまう。


 ギュッ……



「…………えっ」



「……これなら距離を間違えない」



 体育のフォークダンスを除けば、自分から初めて男の子の手に触れた。その手は思ってたよりもゴツゴツしていた。


 そして彼の手は……とってもあたたかい。







 彼との距離……0センチ。


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