第18話 移動
彼とお昼を一緒に食べるようになってから、あっという間に平日が過ぎていった。体感的には凄く長いように思えたが、楽しいことは一瞬で過ぎていく。
彼とのお昼を楽しみにしていたのは事実で、それ以上に今日という日が待ち遠しかったのかもしれない。
「おはよう
「お、おはよう……
私は今日の為にかおる達に相談してオシャレをしてみたのだが……彼は気付いてくれるだろうか? 返事を返した彼の反応を見ると少しは効果があったみたい。
「も、桃宮さん。その……」
「ん? どうしたの鬼神君なにかな?」
いつもは私がドキドキさせられているので、今の聞き方はちょっとした意趣返しのようで楽しかった。
彼は口をパクパクさせている。いつも見る彼の穏やかな表情とはうってかわって金魚みたいで面白い。
「ふふふっ慌ててるね」
ちょっといじわるをしたかもしれない。そんな私の言葉に彼は降参とばかりに手を挙げた。
「ずるいよ、桃宮さん」
「私の勝ちだね!」
「勝負になってないよ、全く」
テンションがいつもより5割増しで高くなっている私は彼に追撃をかけるのだ!言葉にしてもらわないと伝わらない事がある。
「私のどこがずるいって?」
周りの目を気にせずニヤニヤとしながら、私は彼との距離を詰める。
下から覗いた彼の瞳に私の顔が映る。不本意ながら咲葉から化粧を教わった。そんな事を思い出しながら。
(うん、ちゃんとお化粧もできてる)
「そ、それは……」
「それは〜?」
「とっても、綺麗……です」
「〜〜ッ!!」
いやぁ……これはヤバいね! なんていうか気になる人から言われる綺麗って言葉は嬉しいを通り越してる。破壊力が凄い。
心の中がハチミツでいっぱいになりそう。
(世の中の女の子はいつもこんな気持ちなの? 好きな人から言われた言葉に一喜一憂してるの……えっ好きな人!? 待って待ってッ!)
今度は私が赤くなる番だった。1人芝居をしているかのようにコロコロ変わる私の表情を見て今度は彼がクスリと笑っている。
「ははっ、桃宮さんは面白いね。知ってたけど」
「……ずるい」
彼と過ごすようになって、かおる達とは違う何かを得られたのは確かな事。それが何なのかは今はいいや。
「でも、今日はなんていうか……ホントに綺麗だ」
「あ……ありがと」
改めて言われても照れるものは照れる。彼は胸に手をあてながら小声で呪文みたいに呟いていた。
「……ビックリした〜。女の子って服装でここまで変わるものなの?」
その声は私には聞こえないけど、きっと良い意味に違いない。彼は何を思ったか、ぐるりんと私の方を振り返り勢いに任せて言葉を叫ぶ。
「そのスカート似合ってるよッ」
「ッ!! おょんん……サンキュ」
(あぁぁぁ、なんでキョドった私ぃぃぃ)
せっかく彼が精一杯褒めてくれたのに、おょんん。ってなんだよ……それに外国人風にサンキュって言っちゃったよ。
この数分の間に、私と彼の周りで喜怒哀楽の七変化のできあがり。
「じゃあ行こっか!」
「うん! 行こう」
彼からの出発の合図に私は気持ちを切り替えて手をあげる。それも面白かったのか彼がまたクスクス笑っている。
私と彼は駅のホームに向かい電車に揺られている。休日でも比較的人は少なく隣同士で座ることができた。
「ねぇ、今日行く所って初めてなんでしょ?」
私は敢えてもう一度初めて行くのか聞いてみた。
これは私の心が狭いのかもしれないが、彼との初めてに特別な意味を持たせたかったのだ。
「うん、初めてだよ! なんか有名な場所なんだって」
「そっか、そっか! 楽しみだね」
彼の返事に心の中ではホッとしながら表に出さないように気をつけた。
そして、最寄り駅に到着して、さらにそこからバスに揺られて山間を進んでいく。
ガタゴトッ
「キャッ……」
「おっと! ……大丈夫? 桃宮さん」
「う、うん。ありがと」
バスの中は目的地まで一直線だったので観光目当ての人が多く乗っていた。
車内で立っていた私はバスの揺れでバランスを崩しかけて、彼の胸へとダイブした。
(うわぁ……意外と力あるなぁ。この前チラ見した時は私より
私は彼に抱きしめられる形でそのまま、目的地まで引っ付いていた。彼の裾をキュッと掴んで。
………………
…………
……
「着いた〜〜」
バスでの移動時間はそこまで大変では無かったけど、彼にくっついていたので変に体が強ばってしまった。
彼も照れを隠すように一緒に伸びをする。
(やっぱり照れてたんだ! ラッキー)
先に下車した乗客達が遠くに見える。私達は人混みを避けてゆっくりと進む。
「おぉ! ここが……」
「うん! 僕が……いや、桃宮さんと一緒に来たかった場所」
そこは見渡す限りの、藤の花が咲いている庭園。
『
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