第10話 変化

 最近の彼は勉強や実習などの授業を積極的に受けるようになった。入学してきた頃は寝ている事が多く、あんまりまともに授業を受けてる印象はなかったが、少しでも頑張ろうとする彼は少し頼もしく見えた。


「桃宮さん、ここわかる?教えて欲しいんだけど……」

「……ん、どこ?」


 彼は私の隣の席にいる。そのおかげで授業の間の休み時間は、彼が積極敵に質問してくることが多くなり自然と会話も増えてきた。


「あぁ、ここ難しいよね……読解力が必要っていうのかなぁ。この場合、紫式部が……」

 ………………

 …………

 ……

「……な、なるほど!桃宮さんの説明凄くわかりやすかったよ、ありがとう」

「どういたしまして!それよりもどういう心境の変化なの?今までは、まともに授業受けてないよね?」


 私は失礼かもと思いつつ思った事を口に出していた。これは私の性格かもしれないが、彼に興味を持ち始めたのは確かな事。


「う〜ん……なんていうか」


 彼の反応に私はなぜかドキドキしている。


「もっといっぱいお喋りしたいなぁと思いました!」

「へっ?」


 小学生の作文みたいな返しに、私は間抜けな声を出してしまった。


「……今までは、ただ見てるだけで良かったんだけど、話すようになって、もっと知りたくなった……かな?」

「えっ?それってどうゆう……」


 彼の言ってることは私の質問の答えになっていなかったけど……話の内容を推測するに私の事を言ってくれてる気がして、少し自惚れてしまった……

 そんな自分が恥ずかしくなって途中で聞くのを辞めた。


「ふふふっ」


 彼は意地悪そうな笑みを浮かべて私の方を見ている。いつもは私が話の主導権を握っている感覚だったから、ちょっと悔しい。でも、少し……ほんの少しだけ彼と近づけた気がして嬉しい。


「ねぇ桃宮さん……」

「……ん?何?」

「こんど……」

「ん?」


 彼は少し言い淀んで、十秒ほど黙っている。それでも何かを言おうとしている彼を私はじっと待つ。


「今度……お、お花見に行かない?」

「え?花見?」


 彼からの提案は予想外の内容だった。なぜなら花見の季節なんてとっくに過ぎているのにそんな事を言い出すなんて……


「理由を聞いても?」

「うん……大した理由じゃないんだけど」


 彼はゆっくりとその理由を語ってくれた。


「この前……右目の事、話したよね」

「……うん」

「その時桃宮さん、この目を見てって言ってくれたよね」


 確かに私はあの時そう言った。だがその話と花見になんの関係が……


「この目を見てそんな感想を言ってくれたのは、桃宮さんだけだったから……その、嬉しかったんだ」

「……」


 彼のその表情は、過去にあまりよくない事があったのだと推測できてしまうほど悲しさを孕んでいた。


「あの時初めて、この目で良かったなって思えたんだ!だから……桃宮さんは花が好きなのかなって。それで……お礼を兼ねて一緒にどうかなって……思ったり、思わなかったり」


 ドキドキ、モジモジしながらも伝えてくれた彼からの精一杯の想い。

 彼の動物に対する優しさや、どこか柔らかくそして儚げな感情、かおる達との関係、彼の事をもっと知りたいと思う私。

 少ない時間だが彼を見てきた私の目と心を信じてみよう!そう心の中で言い聞かせ、不安そうな彼にとびきりの返事をするのだ!


「行こう鬼神くん!」

「えっ?」


 彼は私の声の大きさに驚いている。普段はこんなに大きな声を出さないけど、なぜかこの瞬間は声に魂が宿っていた気がする。


「お花を見に行こう!」

「桃宮さん……うん!行こう!」




 私と彼のお花見……これからの季節はどんな綺麗な花が咲くのだろう



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