第9話 招待

「ねぇ……桃宮さん」

「ん?どうしたの」


 彼の庭先で桃太郎の世話をしていると、何か言いたそうに話しかけてくる。


「あの……良かったら家に入る?」

「えっ?」


 私は少しドキッとした反面、意外だなと思ってしまった。今までは庭先で桃太郎と遊ぶだけだったので、何か足りないものや飲み物は彼が家に入って取ってくる。そんな日が続いていたから。私が黙っていると


「あ、嫌ならいいんだ……ただ、美味しいケーキを手に入れたから……その、どうかと思って……」


 彼は少し戸惑いながら話を続ける。その顔は緊張しているのか赤くなっている。私は彼の秘密を知ってしまった為、ちょっと罪悪感がある私は少し戸惑いつつも彼の提案に乗ることにした。


「いいよ、ちなみにどんなケーキ買ったの?」

「えっと、シンプルだけどイチゴのショートケーキとチョコレートケーキかな」

「ちなみに鬼神くんはどっちが好きなの?」

「えっ……」

「ん?ケーキどっちが好きかって……」

「名前……」

「え?なまえ?」

「うん。はじめて……呼んでくれたね」


 彼はそう言って優しく微笑んでいたそれを見て、私は今まで彼のことをずっと名前で呼んでなかったことに気づく。


「アハハハハ、そうだっけ?なんか名前呼ぶの恥ずかしくてさごめんね……」

「大丈夫だよ。名前呼んでくれてありがとう、桃宮さん」

「じゃあ、行こうか」

「お邪魔します」


 私は彼に連れられて、玄関を入る外観は少し古い印象だったが、中に入ると、木の温もりを感じるとても暖かな印象の家だった。なんかすごく懐かしいような感じがする。彼に連れられて、リビングに入る1人暮らしだとは聞いていたが、すごく荷物が少ないような、家具が少ないような、室内は少し寂しい印象を受ける。


「桃宮さん座って待ってて」

「う、うん……」


 リビングにあるソファーに腰をかけると、彼はキッチンの方へ向かい、ポットでお湯沸かし始めた。


「桃宮さん、紅茶とコーヒーがあるんだけど、どっちがいい?」

「紅茶をもらっていい」

「うん、わかった」


 しばらくして紅茶とコーヒーと、それから二つのケーキを持って彼が私の隣に座る、そしてチョコレートケーキとショートケーキを持って彼が尋ねてくる。


「どっちがいい?」

「え?鬼神くんが買ってきたんだよね?先に選んでいいよ」

「桃宮さんが選んで」


 彼は少し強引に私にケーキを勧めてくれる、いつもはなよなよしたイメージだが、家の中だからだろうか彼は少し表情が柔らかく感じる。


「じゃ、じゃあショートケーキで」

「うん!」


 彼は私の反応に嬉しそうに答え、ショートケーキを私の前に置いてくれた、そして可愛らしいティーカップと共に、紅茶もとてもいい香りがする。


「いただきます」

「はい、召し上がれ」


 一口サイズにケーキを切って口元に運ぶ、そしてゆっくりと口の中へと運んだ。スポンジが柔らかく、そしてクリームがほどよい甘さ、駅前の有名店で買ったと言っていたその味はとても甘く今まで考えていたら嫌な事がその時ばかりは忘れさせてくれた。


「鬼神くんは食べないの?」

「えっ?あー実はあまり食欲なくてさ」

「なんで買ってきたのッ?」


 私はさすがにツッコんでしまった。そして彼は先程と同じようにして顔を赤くして答える。


「桃宮さんと……食べたかったから」

「ッ!」


 彼の声は小さかったけれど、私の耳にははっきりと聞こえた。そして俯く彼の顔もはっきりと見えてしまった。鈍感な私でもわかる、きっと彼は……私の事が好きなのだろう。

 彼の気持ちは嬉しいのだが、正直私はその好きという感情が未だに曖昧なのでどう答えていいかわからない。


「そ、そっかぁ嬉しいなぁ……あはは」


 こんな当たり障りのない返ししか出来なかった。正直、ちょっと間抜けだと思うけど、今だけは許して欲しい、私にも好きという感情がわかるようになったらはっきりと彼に伝えればいい、この時はそう思っていた。


「うん、良かった!それならこのチョコケーキも食べてよ」

「えぇ……そんなに食べたら太るッ」

「あはははっ!そんな事ないよ!ケーキはカロリーゼロだよ」

「んなバカなッ」


 彼でもそんな冗談を言うのだと、ちょっと嬉しくなって、私は一緒に笑っている。彼と話すのはやっぱり楽しい……次来る時は私の方から何かお土産を持っていこう。

 そうしてこの日も彼との楽しい一日……はじめて彼の家に招待された日が過ぎていった。

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