第8話 確信
彼と放課後に桃太郎の世話をするようになって二週間が過ぎた。学校での彼はクラスメイトとはあまり仲が良くないらしく一人でいる事が多い。
正確には、授業中以外クラス内にはいない。
「ねぇ……どうして友達作らないの?」
「え?えっと……」
彼は私の質問に困った顔をしていたが、やがて自然な返しでこう答えた。
「桃宮さんや雉ノ宮さん、それに犬飼さん猿飛さんが話しかけてくれるから、寂しくはない……かな」
あははと笑う彼、その答えに私はツッコミを入れてしまった。
「全員女の子じゃんッ!」
「あはっ!確かにそうだね」
彼は私のツッコミが面白かったのかケラケラとしばらく笑ったあと
「桃宮さんも冗談言うんだ……」
「あのねぇ、私はどっちかっていうとツッコミ役なの!」
「確かに、あの三人によくからかわれてるもんね」
「あの子達は昔からなの!それに聞いてよ!この前ソラがーー」
ここ最近、私は彼と自然な会話が続くようになった。保健室の一件以来、少しモヤモヤした気持ちが残っているが、そのモヤモヤを忘れたい為なのか、彼の事をもっと知りたいのか……それは今はわからないけど、彼と居る時間が楽しくなってきている。
「……猿飛さんは面白いね。普段は無口な印象なのに」
「そうなのよ!あの子、気を許した相手じゃないと自分から話さないの」
「そっか……桃宮さんはなんだかんだいいつつ面倒見がいいんだね」
「あの子達とは腐れ縁なだけよ……ねぇそれよりも」
「ん?どうしたの」
私は聞くか迷ったが、少し前の体育での事を聞いてみた。
「ソラから何か話しかけられてなかった?」
「猿飛さんから?」
「うん、正確には咲葉からもだけど。さっきも言ったけど、ソラから話しかけるのは珍しいから……」
彼は少し考えて話してくれた
「あぁ……えっと、猿飛さんからは『体力つけないと長生きできないゾッ!』だったかな?」
「……なにそれ失礼ね」
私は少し拍子抜けしていた。ソラがほぼ初対面の人にそんな冗談を言うなんて
「咲葉からは?」
「えーっと……その……」
彼は顔を赤くしながら目を泳がせている。
「ん?何よ、恥ずかしい事なの?」
「まぁ……」
「ハッキリしてよね!気になるんだからッ!」
この時の私は保健室での事を思い出したり、なよなよした彼に若干苛立っていたんだと思う。口調が三人に対して話すような強さになっていた。
彼は私の言葉に焦ったのか早口で話し出す。
「ご、ごめん!えっと『ふふふっカッコイイ所を見せて好きな人にアタックしなよ』って……」
「ッ!す、好きな人?」
「あ、あはは……」
私はその言葉にびっくりして口をパクパクしてしまった。
(す、好きな人がいるんだぁ……)
そして冷静に考える。頭に浮かんだのは、かおるの顔。
(かおる……なのかな……)
そう思った時に、私の胸がチクリと痛んだ。この気持ちはなんだろう。
保健室での事を思い出すと納得してしまう自分がいる。
そして否定したい自分も……
「……」
「……みや……さん?」
「もも……や……さん?」
「桃宮さん?」
「はっ!」
私は少しの間、思考の渦へと流されていた。そんな私を心配して、彼が顔を覗き込みながら名前を呼ぶ。
近くに迫る彼の顔を見ると私の顔が熱を帯びるのを自覚する。それと同時に初めてこんな近くで彼の顔を見たと冷静になり……そしてつい興味本位でやってしまった。
「ねぇ……ちょっと見せてよ」
「えっ?」
私は彼の顔を見ていつも隠れている右目を見たくなったのだ。
そして……彼の了承を得ないまま自分の手で前髪をかき分ける。
「あっ……ちょッ」
彼は私の下から覗き込んでいるから変な体制になり、よろけてこけてしまった。それにつられ私は彼の上に重なるようにバランスを崩し一緒に地面に膝をつく。
「あ……」
私の目的は達成されたのだが、それを見た瞬間に後悔した。
彼は見られた事に対して……すごく気まずそうな顔をしている。
同時に今までの彼の学校での行動も理解できた。
なぜなら……
そこにあるはずの右目が……ないからだ
「ご、ごめん!そんなつもりじゃなかったんだけど……その、なんて言ったらいいか」
「あはは……き、気にしないで……僕の方こそ、いままで隠しててごめん」
彼は自分のコンプレックスを見られたのに私に謝ってきた。それに対して私は、申し訳ないやら、恥ずかしいやら……
でも少し違和感があった。彼の目を学校で見た時はうっすらとだが、目自体はあったのに。
私は恐る恐る口を開く
「あの……その……普段って」
少し声の調子を落としたのが気になったのか、彼はいつもの口調に戻って話してくれた。
「普段はこれをつけてるんだ」
ゴソゴソとポケットから何かのケースを取り出す。
そして、パカッと開けて中身を見せてくれた。
「…………キレイ」
この表現が適切かはわからないけど、純粋にそう思う。そこには……薄いピンクに光り輝く義眼が収められていた。
「ありがとう。これはね……昔、ある人が作ってくれた、僕の宝物なんだ」
「すごく……キレイ」
薄い桃色をした瞳。そしてその球体の中心部には、本物と思うほど精巧な桃の花のミニチュアが埋め込まれていた。
(この目……どこかで……)
私はまた思考の渦に潜りそうになったけど、彼の話で現実に戻された。
「昔……ちょっと色々あって右目を無くしてさ。その時に当時の医者?みたいな人に作ってもらったんだ」
「へ、へぇ……医者みたいな人って」
私は彼の言い回しが少しおかしくて笑ってしまった。それに彼が自分の事を話してくれた事も嬉しかった。
「でも、学校でチラッと見えた時は黒い瞳だったよね?」
「うん、光に当たらない限りは黒いんだと思う……多分」
「多分ってなにそれ?それも医者みたいな人の仕業なの?」
私はまたおかしくて笑っている。こんなに男の人の前で笑ったのは久しぶりだ。
「あははっ!そうかもね!」
にいっと笑ってくれた彼もどこか楽しそうだ。
私達はさっきまでの雰囲気が嘘のように、おかしくてしばらくの間一緒に笑う。そんな私達を見て桃太郎も尻尾を振りながら庭を走り回っている。
(この時間がもっと長く続けばいいなぁ)
この時はそれだけで頭がいっぱいになり幸せな気持ちで彼の横顔と地平線へと沈む夕日を見つめていた。
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