第6話 観察

 彼と桃太郎の世話の事で話し合った翌日から、私は彼の事を知るために観察することにした。

 朝、学校に登校する時間はホームルームが始まるギリギリだ。そして授業中は寝ている事が多い。体育の時はどこかに行って着替えているみたい。運動は苦手で体育の後の授業には毎回遅れてくる。


 そして、昼休みの昼食の時間になるとフラフラと席を立ち教室から出ていく。もしかしたら学食に行ってるのだろう。お昼の邪魔をしてはいけないのでそこはスルーする。


 そして一番意外だったのは私の友達三人衆とよく話している事だ。それも彼から話しかけるのではなく、咲葉やソラ、かおるから話しかけに行っている。かおるに内容をチラっと聞いたのだが「……普通に世間話」としか言わない。


 あの三人衆から話しかけるなんてビックリだ。普段は部活以外、男子とは挨拶程度しか話さない三人だからクラスメイトも驚いている。その中には陰口を言っていた連中もいたが苦虫を噛み潰したよう顔をしていた。

 身贔屓ではないが彼女達は目を引くから嫉妬なのだろう。


「……鬼神、ねぇ鬼神」


 ソラが彼に話しかけている。しかし彼は気づいていない、彼女が隣にいるのに。そこでソラがはっとしたような顔になり、彼の正面に陣取る。


「……鬼神」

「うわっ!……えっと、さ、猿飛さん?どうしたの」

「……呼んだのに気づいてない。……もしかして」

「あはは……ごめんね!寝てたみたい」


 嘘だ……彼は起きていた。

 最近、彼を見ていておかしな事に気づく。彼はよくつまづいたり、机や物にぶつかったりしている。それもその事実はきっとソラも理解しているのだろう。だから彼の正面に移動したのだ。


「大丈夫?」

「う、うん大丈夫だよ!心配してくれてありがとう」

「それならよかった」


 そこに咲葉とかおるがやってくる。


「鬼神〜ソラと何話してんだよ〜」

「鬼神さん、最近調子はどうですか?」


 彼の周りに一気に視線が集まる。しかし三人はそんなことお構い無しに続ける。


「なぁ!今度鬼神の家にいっていいか?」

「なッ!」


 かおるのそのセリフに私はつい口を挟んで閉まった。


「なんだよ雪音〜私が行っちゃまずいのか?」

「えっ?いや……そうじゃないけど」


 あの場所はできれば誰にも知られたくない。親友にもだ!

 私のお気に入りスポットに他の誰かが入ってくるのは何となく嫌な感じがする。あそこで夕焼けを見ながら一人で過ごす時間が私の癒しなのに……


「あはは……ごめんね犬飼さん。僕の家、結構遠いし古いし散らかってるから……いつかね」


 彼は私の気持ちを知ってか知らずかやんわりと断ってくれた。


「そっかーそれじゃあしょうがねぇな。気が向いたら言ってくれ!」

「……うん……気が向いたら」


 その後は私を混ぜて五人で授業の事や部活の事を話しながら学校での一時が過ぎていった。

 そして放課後……


「ねぇ、鬼神」

「ん?どうしたの桃宮さん」


 私は鬼神の家の庭にいる。もちろん桃太郎の世話の為だ。帰り際に鬼神に、今日行っていいか聞いたのだ。彼は「いつでも来ていい」と言ってくれた。

 私は一度家に帰ってから自転車に乗ってここまできた。桃太郎にお土産をもって。


「その……学校でかおるが言ってた事……なんだけど」

「あぁ、犬飼さんが僕の家に来たいって言ってた事?」

「うん、どうして断ったの?」


 私は夕日に映る彼の横顔を見ながら話しかける。

 庭には二人がけのベンチがあり、彼はゆっくりとそこに行き腰を下ろす。私はどうしたものかとその光景を見つめていたが、彼の方から手招きされたので一緒に座ることにした。

 手招きをする彼は夕焼けのせいか、少し大人びて見えてドキドキしたのは内緒。


「僕はさ……この場所が好きなんだよね」


 彼はゆっくりと話し始める。


「ここは……祖父母の家だって

「ん?聞いてる……」

「うん、昔のことあんまり覚えて無いんだよね……ここに来たのは本当に小さな頃だから」


 あぁそういう事か、幼少期の記憶は曖昧だから、あんまり覚えてないのか。


「それに僕、最近まで海外に居たからさ」

「えっ?外国にいたの?」

「うん、その関係で手続きが遅れちゃって」

「……だから入学式に間に合わなかったんだ」

「そういう事」


 で本題に戻すけど……


「僕はこの場所で見る。……桃宮さんとの景色が好きなんだ」

「ッ!!」


 彼の不意の一言に私の心臓は跳ね上がる。

 一体彼はどうしたというのだ。


「この前、桃太郎と初めて会った時の事覚えてる?」

「……う、うん」


 私は心臓の鼓動を抑え込むように胸に手を当てて、できるだけ平静を保ちながら答える。


「あの時さ……なんだか懐かしいって思ったんだよね」

「……」


 私も懐かしいと思っていた。それと同時に寂しくもあった。


「なんだか、この光景は誰にも譲りたくないような……二人だけの時間にしたいような」

「……」


 私は何を聞かされているのだろう。かおるの提案を断った理由を聞いただけなのに……これじゃあまるで……告……は


「って迷惑だよね……ごめん」

「えっ?」

「桃宮さんの友達に酷いこと言っちゃったかな?」

「あ……いや」


 彼は頬をポリポリかきながら苦笑いを浮かべている。


「今度……落ち着いたら招待するよ。それでもいいかな桃宮さん」

「えっと……う、うん。落ち着いたら……」


 私はドキドキした鼓動が急に冷めていく感覚を味わいながら彼の言葉に頷く。


(ちょっと、残念……残念?)


 この残念はどちらの意味なのか……彼からの好意をはぐらかされた残念?それともお気に入りスポットを他の人に知られる残念?


 私は思考の闇に飲まれながら、夜の坂道を下るのだった。

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