70.心臓
その言葉を聞いたとき、心臓が氷の
彼からの言葉に、リュディアは思った以上に応えていることに驚いた。彼の性格上、想定された範疇だと理解はしていても、心は聞くことを怯えていたのだと知る。
「……お嬢の旦那になるヤツは大変だな」
何気ない呟きだった。
将来の自分の配偶者を気遣う言葉。それが何気なく彼の口から出たことが、リュディアはショックだった。
それは彼の中で、自分の配偶者が彼以外だということ。
静かに涙が頬を伝った。
とても悲しく、そして次第に腹が立った。
彼は自身の価値を認識しない。
目指す庭師に関わる評価以外のことは、すべて度外視する。彼はこれまで様々なことを努力してきて、相応の結果を出している。にもかかわらず、大したことではない、と言うのだ。
幼い頃から無詠唱で魔法を使えることも、平民で既に文字の読み書きを習得した状態で学園に入学したことも、魔力量が少ないのに座学の成績で補って一学期の成績が上位三十位となったことも、もっと評価されてしかるべきだ。なのに、周囲は公爵家であるエルンスト家の使用人だから当然だと言い、彼自身もそれを甘受する。
体力仕事が主の庭師見習いにそこまでの教養を強いる貴族の家などあるものか、とリュディアは声をあげたかった。
すべて彼がしたことだ。
どうして、彼は自身の価値を無視するのか。
無意識に自身を
自分にとってどれだけ大事な存在か彼は知らない。だから、自身を雑にした
その一心で伝えた。
今このときだけは、身分や将来や、振られる恐怖なんて関係なかった。
驚いたように見開かれた
そうしてようやく顔をあげた彼は、自分を真っ直ぐに見つめて、笑った。
「俺もお嬢が好きだ」
そして、とても嬉しいと相好を崩す。眩しくも愛しい者を見つめる眼で。
自分にだけ向けられる眼差しを理解して、リュディアの頬は熱くなった。これまでの苦情を言ったそばから、またも心臓が壊れそうなほど早鐘を打ち、リュディアは自分だけに見ることを許された笑顔を恨めしく感じるのだった。
想いが通じあったからといって、恋人同士になれる訳でも、婚約できる訳でもない。貴族と平民であることを、リュディアもイザークもお互いの立場を充分に理解していた。
「で、これからどうするかだけど……」
「わたくしが平民になる、というのは」
「それだとお嬢が危ないから駄目だ。お嬢が美人でも無事なのは委員長たちがいるからだし、それに没落理由を作る方が大変だろ」
反論できずにリュディアは口を引き結ぶ。今さらりと当然が如く流したが、反対する理由を説明するのに美人と褒める必要があったのか。心臓がざわつくので真面目な相談のときに、そういった内容に触れないでほしい、とリュディアは内心憤る。
だが、仮に身分がなくなったとして、それでもリュディアに容姿の優位性がある以上、イザークとしては真剣に考えないといけない問題だった。幼い頃に自分の見舞いのために無断外出をしたリュディアが人攫いに遭いかけたことはイザークにとって恐怖でしかなかった。あのような想いをするのは、彼は御免だった。
リュディアとしても、案こそあげてみたが自身だけが没落できるような都合のいい口実はないと解っていた。没落するのが自分一人に限定できたとしても、家名に傷を付ける行為をリュディアもしたいと思わない。
「けれど、イザークが爵位を得るなんてことの方が……」
「あー……、実はなれるっぽい」
「はい?」
突飛な発言にリュディアは首を傾げた。
「ダニエル様とアニカ様が養子縁組してくれるって」
「な、え。どうして、ザクがダニエル様たちを知っていますの!?」
自分の両親と親しい侯爵家の夫婦の名前をあげられて、リュディアは驚く。侯爵のダニエルは父、ジェラルドの学生時代からの友人だ。その関係で、ダニエルの妻、アニカと母のオクタヴィアも親しくしており、リュディアも彼女とはお茶会などでよく会っていた。
そんなリュディアと違い、イザークはエルンスト家の使用人で邸以外で彼らと知り合う機会は通常ない。ダンス代打を頼んでいた頃を思い返してみても、ダニエルと会話してはいなかった。
何をどうしたら養子縁組を申し出てくれるほどの関係になるのか。
「なんか、友達になって?」
端的すぎる回答に、リュディアは脱力する。これまでも王子を迷子案内し、伯爵令息を拾ってきた彼だ。侯爵夫妻と知り合うこともあり得るかもしれない、とリュディアは思うことにする。しかし、毎回のことだが、彼は説明が下手すぎないだろうか。
「まぁ、いいですわ。それで、その申し出を受けますの?」
問うと、弱ったような微笑みが返った。
「悩んでる」
そうだろう、とリュディアは解っていた。想いを確認したばかりだが、彼が自分を想っていることは疑っていない。けれど、リュディアは知っているのだ。彼がどれだけ父を尊敬し、庭師に憧れているのか。
彼の夢を知っているからこそ、リュディアもこれまで想いを告げれずにいた。
彼の最善は彼が決めるべきだと思うから。
想いを告げて共にいることを望めば、二人で決めようと相談しても、彼は夢を犠牲にする恐れがあった。だから、自分を優先すると即答されなくて、リュディアは内心安堵する。
「デニスには話しましたの?」
「まだ……」
弱々しく呟く声音で、父親に話すのが恐いのだと判る。
彼は家業だから継ごうとしていたのではない。父に憧れ、自分からせがんで早くから見習いにしてもらったとリュディアは知っている。父親の仕事ぶりを語るときだけは
それを今になって反故にするのは、信用を失いかねない。
彼の父親のデニスも真面目に仕事を教えていたから、息子が継ぐことを喜んでいただろうとリュディアは思う。庭師の道に進むことを悩んでると聞けば、少なからず残念に感じるやもしれない。
それでも、とリュディアはイザークの手を握った。
「デニスに話してから悩みなさい」
「お嬢……」
「応援してくれていたお母様にも、です。それで、たくさん悩みましょう、これから笑えるように」
自分を選べなんて傲慢は言えなかった。リュディアが共にいたいのは陽溜まりのように笑っている彼だ。イザーク自身が笑顔でいられる未来を選択しなければ、想いが通じても何も意味はない。
少しでも頼もしく思えるよう、リュディアは力強く微笑んだ。
こくり、とイザークが縦に頷いた。
「帰ったら、話す」
それがいい、とリュディアは笑って彼を送り出したのだった。
それからすぐにシーズンオフの帰郷の予定が入り、リュディアは相談結果を聞けず仕舞いで夏の終わりを迎えた。
あの日、護衛を付けずに一人でイザークに会いに行けたのも、帰郷前だから聞いてもらえた小さな我儘だった。結果に駄目出しこそしていたが、イェルクもエミーリアも競技大会で彼の実力を認めたようで、敷地内で少しの時間程度なら任せられると判断した。
公爵領にいる間は、ふとした瞬間に想いが通じたことを実感しては赤面し、イザークが将来に悩んでいることを思い出しては心配する、という一喜一憂の状態で日々を過ごした。そんな姉の様子を心配したフローラに問い質され、想いが通じ合ったことを打ち明けたら無邪気に喜んでくれたのは、リュディアにとって癒しだった。
王都のエルンスト公爵邸に着いたときには、イザークの様子が気になるあまり、馬車の窓から正門側の作業をしていないか、と探した。
すると、思いがけない場所で彼の姿を見つけた。
正面玄関の前にイザークが立っていた。
驚いたリュディアは、馬車が停車したのを確認して、一番に降りる。駆け寄るリュディアの姿を認めて、イザークは笑って迎えた。
「お嬢、おかえり」
「ただいまですわ。……ではなく、どうでしたの?」
「大丈夫だった」
「どういう……?」
両親への相談の結果を報告するために待っていてくれたことは判るが、嬉しそうな様子でただ大丈夫と答えられても、リュディアにはどう大丈夫だったのか解らない。
「俺、庭造りができれば、それでいいって分かったんだ」
「ザクは、本当にそれでいいんですの……?」
貴族になって構わないという答えに、リュディアはそれで後悔しないのか心配になる。彼がどれだけ庭師になりたがっていたか、ずっとリュディアは見てきた。そう簡単に納得できるものではないように感じる。
「ああ。親父が認めてくれたから」
青年に差し掛かった彼が少年のように無邪気に喜ぶ。その笑顔が答えだった。
……デニスは、ザクを喜ばせすぎですわ。
彼の迷いが晴れたことも、自分といる未来を選んでくれたことも嬉しい。なのに、何故だろうか。今の彼の喜びようは、自分と想いが通じたとき以上ではないか、とリュディアは釈然としない心地になった。
以前も似たような不満を覚えたが、彼にとって父親の存在が大きすぎて敵わない気がしてくる。
妻のオクタヴィアと娘のフローラを降ろし終えたジェラルドが、二人を伴ってリュディアたちの立つ正面玄関へ踏み入った。
「ただいま、イザーク。出迎えてくれるなんて、珍しいね」
「あ。公爵様、おかえりなさい。皆さんに、お話があって待っていました」
短い用件だから少し時間をもらえないか、と頼むイザークに、ジェラルドは微笑んで了承した。
「構わないよ。お茶でも飲んで、一休みしようとしていたところだ」
正面玄関から一番近い応接室にイザークは通され、ジェラルドたちはテーブルを囲むソファーに座し、メイドが紅茶の支度をするのを待つ。本来なら、リュディアも家族と席を同じくするところだが、彼女はイザークの隣に立っていた。
ジェラルドもオクタヴィアもそれを言及せず、ティーカップが自分の前にくるのを待った。リュディアが座るはずの席の前にまでティーカップが置かれたのを確認して、ジェラルドはイザークを見遣る。
「さて、話とは何かな?」
元々、扉の近くに立って控えていたイザークは、改めて姿勢を正し口を開いた。
「公爵様たちに許可をもらいたいことがあります」
「許可?」
「はい。懇意にさせていただいているヴィート侯爵から養子縁組の申し出があり、それを受けようと思っています。その
イザークは緊張からか、いつしか両手は
「娘さんと結婚を前提にお付き合いさせてください!」
「構わないよ」
「「へ?」」
ジェラルドの即答に、イザークだけではなく一緒に頼み込もうと思っていたリュディアも面を食らう。
「イザーク君なら安心だと思っていたけど、自分でそんな伝手を手に入れるなんて凄いわねぇ」
「イザーク兄様が本当の兄様になるの? 嬉しいっ」
「私が手を打ってもよかったんだけど。ダニエルに先を越されてしまったな」
きょとんとイザークとリュディアの二人が顔を見合わせている間にも、和やかにジェラルドたちは微笑み合う。
いつまで立っているつもりだ、と席に着くよう促され、リュディアだけでなくイザークも席に着く。イザークの前にも紅茶の入ったティーカップが置かれた。
「私が了承するのがそんなに不思議かい?」
ジェラルドにそう首を傾げられるが、子煩悩であることを身をもって知っているイザークからすれば、反対されない方が不思議だ。
「前に告白したときも思いましたけど、公爵様なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「イザークみたいな息子がほしかったからね」
自分から息子になりにきてくれるなんて大歓迎だと、ジェラルドが華やかに微笑んだ。イザークは、そういえば初対面でそんなことを言われたな、と思い出す。思った以上に気にいられていたことを今になって知った。
「告白ってなんですの?」
「え。お嬢が好きだって、公爵様に報告してたから」
「もう四年前になるかな」
「どうしてわたくしより先にお父様に告白しますの!?」
想い人は自分だというのに、何故父が先に告白されているのか。リュディアには父のジェラルドに先を越されていた事実が解せなかった。
「しかも、知っていて黙っているなんてお父様も酷いですわ!」
「男同士の秘密だからね」
「ジェラルド様、イザーク君が自分には打ち明けてくれたって、すごく喜んでたのよ」
「そうだったんですか」
「だって、
娘たちをいたく愛しているジェラルドではあるが、息子を持つことへの憧れもあった。同性だからできる話をできる関係も悪くない。
「お父様だけ、狡いですわっ」
「おや、ディアは告白されたんだから、もう秘密じゃないぞ」
「そういう問題ではありません!」
「……なんで俺のことで揉めてんだろ??」
「ふふっ、
オクタヴィアに、婿入り後が円満でいい、と言われてしまえば、イザークは同意するしかなかった。ずぞーっとお茶を飲みながら、
口論が落ち着いてから、そのまま今後のことを決めることになる。
「イザークがヴィート侯爵家に籍を入れ次第、婚約手続きをするとして、家督を譲るのはゆとりを持たせた方がいいだろうね」
「あの……、そのことで一ついいですか?」
イザークが挙手をして意見を述べる許可を求めたので、ジェラルドは了承する。
「何だい?」
「家督を譲るって、つまり公爵になるってことですよね? それって、お嬢がなったら駄目なんですか?」
「な!? いきなり、何を言いますの!?」
「いや、お嬢が領地経営とか勉強してるの聞いてたし、俺が公爵になったとしても今から領地経営勉強するから、結局お嬢に公爵代行頼んで手伝ってもらわないといけないだろ。それだったら、最初からお嬢が公爵になる方が、知らないヤツがなるより領民も安心するんじゃないかなぁって」
「それは、でも……、前例がありませんわ」
突飛だと思われたが、彼なりにしっかりとした考えの元で出た意見だと判り、リュディアもただ反対する訳にはいかなかった。地図の見方をきっかけに、興味をもって祖父から領地経営を学んでいたのは事実だ。けれど、それを活かす手段は、夫を立て補助する形でしかできないものだと思っていた。
リュディアにとって、他の、自身が主導権を持つ未来なんて想像の範疇外だった。
「確かに、これまでの歴史上で、女性が爵位を持ったのは、男子の相続者がいない場合でのみの限られた特例だ」
健康な男子の相続者がいる以上、あり得ないことだと、ジェラルドも現状についてリュディアに同意した。
「よし。これを陛下に頼むことにしよう」
「はい?」
あっさりと、国王陛下に許可をもらえばいいという解を出す父にリュディアは眼を丸くした。そんなリュディアに、ジェラルドは楽しそうに話す。
「実は、ロイ殿下との婚約解消を受ける際に、一つこちらの要望を聞くという条件をもらっているんだ」
まだその要求権を保留したままだ、とジェラルドは微笑む。
元々、この要求権自体、他にエルンスト家に利を与えられないが故の妥協案だ。エルンスト公爵家は既に富も名声も充分にあるため、これ以上をエルンスト家は望まず、国としても中立の立場にある家を優遇しすぎることはできなかった。
「最初はディアとイザークの婚姻を承認してもらうために使おうかとも考えていたんだけど、イザークがそれを済ませてしまったからね」
ちょうどいい、と嬉しげな父に、リュディアはどう反応すればいいか判らなかった。
戸惑う娘に、オクタヴィアが
「あら。ディアが大変なら、嫌と言えば済む話よ?」
「それぐらいでわたくしが怖気づくとお思いですか!?」
「なら、ディアが公爵を継ぐのね?」
「勿論ですわ」
売り言葉に買い言葉で反射的に頷いてしまったが、不思議と後悔はなかった。ただ思いつかなかっただけで、自身の望む道だったとリュディアは気付く。
「おおー、お嬢カッケー」
「それは褒めてませんわ」
「お姉様、格好いいっ」
「フローラまで!?」
素直に感心して拍手を送るイザークに便乗して、フローラも姉を絶賛する。
歓迎できない称賛の言葉に
今日ぐらいはそんな褒め言葉も悪くない、と。
「そんなことがあったんですね」
可笑しそうに笑いながら、トルデリーゼが相槌を打った。同じテーブルを囲む、シュテファーニエやザスキアも同様に可笑しそうなので、リュディアは頬を膨らませる。
「もうっ、笑いごとではありません。ザクはフローラに悪影響ですわ」
「けど、ディア様が素敵なのは事実ですから」
「はいっ、私も格好いいと言いたくなるフローラ様の気持ちが分ります……っ」
「な……っ」
家での経緯を話して、友人らにまで称賛を受けるとは思わず、リュディアは怯む。恥ずかしさを誤魔化すために紅茶を飲むリュディアを、トルデリーゼたちは微笑ましく見つめる。
昼下がり、校庭に点在する東屋のひとつでリュディアたちはお茶会をしていた。週に一度はこのお茶会ができるよう、授業選択時に調整して、全員が授業を取っていない枠をひとつ設けていたのだ。
夏季休暇の間の出来事をお互いに話していた。だから、リュディアも友人たちに婚約予定が立ったことと将来的に公爵位を自分が継ぐことを報告した。
「けど、私、応援するってお約束したのに何も力になれなくて……」
「そんなことありませんわ、キア様。落ち込みそうになったときに励ましてくださいましたし、誕生日プレゼントも相談に乗ってくださって、本当に嬉しかったです」
「ディア様……」
友人が大変なときに何もできなかった、と
これまで、どうしようもなく感情に押しつぶされそうになったこともある。そんなとき、ただ傍にいてくれる友人がいるだけでどれだけ救われたことか。一人ではきっと難しかった。
今こうして笑い合える関係がとても心地よい。
「皆さんが傍にいてくれて、本当によかったですわ」
ありがとう、とはにかむリュディアに、ザスキアは感極まって涙ぐむ、こちらこそ、とトルデリーゼとシュテファーニエは嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢」
穏やかにお茶会をしてると、不意に声がかかり、振り返ると長身の青年がこちらにきているところだった。
「っと、ご歓談中、失礼いたしました。少々、お時間をいただいてもよろしいですか?」
令嬢たちの間に割って入ったことに気付き、イザークは頭を下げた。トルデリーゼたちは構わない旨を伝え、リュディアがどうしたのか訊ねた。
イザークは、リュディアを探していた理由を伝える。
「リース先生に、いつ名字変えたら呼びやすいですかって聞いたら」
「……今と同じように質問しましたの?」
「そだけど?」
「リース先生、固まりませんでした?」
「考える間はあったけど、普通に教えてくれたぞ。学費免除の取り消し申請とかいくつか手続きがいるから、年度変わるときに間に合うよう書類作ってくれるって」
平民が在学中に貴族になるなんて異例への対処を、数秒で概算してくれるとは。リュディアは、担任教師の頭の回転の速さと柔軟さに感謝した。
ヴィート家の養子縁組は今年中に済み、年明けには婚約手続きもできるだろう。庭作業の引継ぎについては、夏季休暇の間に話し合ってほとんど済んでいるらしい。それでも、在学期間は学園の庭師の手伝いは続けると彼は言っていたので、心底庭作業が好きなのだとリュディアは呆れる。
「あの……、ディア様、私たちもお話ししても構いませんか?」
男性に
「いつぞやは大変お世話になりましたっ、お蔭でツェーザル様と婚約できました……っ」
「えっと……? ああ、
「そんなことありません!
「……お嬢、まだ妖怪扱いされてたのか? 俺」
ザスキアにとうに忘れられていると思っていた異名で拝まれてしまい、イザークは当惑する。その名が強く刻まれているのは彼女のなかだけだ、とリュディアは補足しておいた。
「あの、イザークさん。もうすぐ侯爵家に籍を置かれるんですよね?」
「その予定です」
「では、奇怪しくありませんか?」
トルデリーゼに確認され、問われた内容が解らずイザークは首を傾げた。彼より先に、意図に気付いたシュテファーニエも同様に声をあげる。
「そうですよ! 使用人じゃなくなるんですから、その呼び方は変ですっ」
「あ」
当たり前に呼んでいた呼称を指摘され、初めてイザークは気付く。リュディアも、呼ばれ慣れすぎていて、すっかり失念していた。
「それもそうか」
エルンスト家に仕えている状態が通常だったため、イザークは何も違和感に感じていなかった。だが、今後はこれまでの呼称では不自然になってしまう。
少し思案して、イザークはちらりとリュディアの方を見た。視線を受けて、びくりと肩を跳ねさせたリュディアは、頬を染め気まずくなって視線を伏せた。
「もう駄目じゃないか?」
「駄目、じゃない……ですわ」
念を押して確認をされたリュディアは、反射的に否と答えようとするのを
彼女を見つめ、名を呼ぶ。
「ディア」
やっと呼べた、とイザークは笑った。
愛しい者の名を口にして嬉しそうに
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