28.奇跡




「今年も誕生日パーティーするのか」


聞き返すと、お嬢が頷いた。でも、その表情は浮かない。

俺は落ち葉を箒で掃きながら、首を傾げる。


「楽しみじゃないのか?」


「いえ、トルデ様もファニー様もキア様も、招待したら来てくださる、と……」


兎の以外にも友達ができて、渾名で呼び合うようになったようだ。よかったと思うし、これまで友達のことを話すお嬢も嬉しそうだった。でも、今は喜びきれないような難しい表情カオをしている。

今年もお茶会形式で誕生日パーティーをするらしい。今回はエルンスト家主催だからダンスはなく、代打の俺は参加しなくていい。代打の機会はこれまで数回で済んでいて、基本お嬢とホストの令嬢とだけ、ダンスの相手になればいいからどうにかなった。オク様がお茶会でダンスをすること自体珍しいと言っていたからそんなもんなんだろう。

きっとこれから毎年、お嬢の誕生日パーティーが催されるんだろう。公爵様もオク様も、お嬢を大事に思っているから、人見知りなのを考慮して親族や知人などの最低限の人数しか招待していないそうだ。メイドのカトリンさんから聞いた。俺にはそれでも多いと感じる人数だが、公爵家、という家格からすれば規模が小さいんだろう。

貴族のお嬢には普通のことだろうに、何で微妙に嬉しくなさそうなんだろう。俯きがちになり黙り込む様子からして、まだ何かありそうだ。


「ん?」


一旦掃く手を止めて、お嬢の前まで行き、屈んで下から眼を合わせる。薄い青の瞳をしばらく見つめると、閉じていた口が少し開いた。


「……だって、最近はニコラウス様もいるんですもの」


拗ねたような呟きに、俺はきょとんとなる。

確かに、ニコが俺をストレス発散に付き合せようとすると、お嬢経由で訪ねて来るしかないから、三人でいることが多かった気がする。そういやニコの奴、どうやってお嬢が俺に会いに来る日を把握してるんだろう。

俺の作業が終わるまで、話し相手がいて退屈しないかと思ったが、逆にニコのストレス発散する間はお嬢を待ちぼうけさせる。打ち込み練習なんて汗臭い系だから女子にはつまらないだろう。だから、師匠こと執事のハインツさんに稽古つけてもらっていることを黙っているのを忘れていた。

俺は立ち上がり、一度軍手を脱いで手拭いで拭いてから、お嬢の頭の上にぽんと手を置いた。


「パーティーの後さ、ちょっとだけ会えるか?」


「え……、でも、夕暮れになりますわよ?」


「なら、西の東屋がちょうどいいな。そこで待ち合わせるか」


「何が、ですの??」


解っていない様子で見上げてくるお嬢に、俺は笑いかける。


「虹、見せる約束だろ」


驚きで見開いた薄い青の瞳が、みるみる輝いていく。そんなに驚くなんて、俺が忘れているとでも思ったのだろうか。お嬢との約束を忘れる訳がないのに。


「終わり次第向かいますわっ」


まぁ、お嬢が笑ったからいいか。お嬢の笑った顔が見れるなら、俺の扱いなんて二の次だ。

俺は置いたままの手で、お嬢の髪型が崩れない程度に撫でてから、手を放した。


「今日はお嬢の話、ゆっくり聞けるな」


ニコといるときの言い合い混じりで聞く話もテンポ良く賑やかでいいが、お嬢のペースで一生懸命話しているのを聞くのも好きだ。俺は相槌を打つぐらいしかできないが、作業で見ていなくてもお嬢の嬉しそうな声を聞くのが楽しい。

お嬢に指摘されて気付いたが、こうして二人だけなのは久しぶりな気がする。そして、この時間が結構好きだったんだと気付いた。

なんだか嬉しくなって表情が緩む。


「……っひ、人の話を聞くなら、その締まりのない顔をやめなさい!」


「悪い。お嬢と二人なのが嬉しくて」


「ふ……!? その口も閉じなさいっ」


真っ赤になったお嬢に叱られた。そんなに不真面目な表情カオをしていたんだろうか。

本当に余計なことしか言わない、とお嬢に説教される。本心だと返したら、さらに叱られた。解せん。

とりあえず、落ち葉掃きの間、お嬢が話すのを相槌をしながら聞いていた。はらはらと落ちる落ち葉に乗って降るようなお嬢の声が心地よかった。

次の休日、俺は市場通りに来ていた。レオの視察の案内も頼まれてはいるが、その時間より早めに来て、普段来ない服飾雑貨区域に今いる。お嬢の誕生日プレゼントを買うためだ。


さっぱり解らん。


来て間もないが、既に途方に暮れかけていた。

俺の所持金で買える範囲だと、服関係は安物になるから駄目だし、装飾品は綺麗だと判っても眩しいのが苦手だから良さが解らない。

女子の扱いに慣れてそうなレオや、女子と話しが合うニコに相談するべきだったかもしれない。でも、最終的には俺が選ばないと意味ないしなぁ。できれば、お嬢の好みから外したくないし、悩みどころだ。

首に下げたロケットペンダントを取り出して、蓋を開ける。そこに、咲いたように小さな四葉がある。以前、お嬢からもらったものだ。

しばらく四葉を見て、気合いを入れ直した俺はロケットをシャツの中に直した。

今度は雑貨屋でも覗こうかと思ったところで、空気が暗くなる。晴天の人が行き交う往来で、日陰にでもいるような温度のない空気を肌で感じた。


闇魔法?


こんな人気ひとけのある場所で感じるには場違いな闇の精霊の気配を濃く感じる。

ぐるりと周囲を見回すも、通り過ぎる人たちの顔色は良い。普通の人は庶民の魔力値が低いからというより、使うときに自分の魔力しか意識しないから、精霊の気配に気付いていなさそうだ。

俺は無詠唱で魔法を使うために、精霊補助を利用しているから精霊の気配が強いときは感知できる。

人が魔法を使うときなどは、発する魔力に吸い寄せられてその属性の精霊が集まるから、自然と気配が濃くなる。前にチンピラが魔法発動しようとしているのを感知して、見回りの兵士に言ったら犯行未遂で取り押さえられたっけ。そのとき感知したのも闇魔法だったな。

闇の精霊の気配を探ってみて、俺は首を傾げる。

以前感知したときと違って、闇魔法なのに邪気がない。

闇魔法は精神干渉、つまり催眠系のものが多く、悪用されやすい。だから、闇魔法は邪気をはらみやすい。人が悪意を以って魔法を使うと、精霊の気配がにごって感じるのに闇魔法でそれを感じないのは珍しい。

物珍しさを感じつつ、闇の精霊が吸い寄せられる方向に向かって魔力の元を探す。すると、道の向いの小間物屋の壁際にうずくまる何かがいた。近寄ると、大きさから俺より歳下の子供だと判る。壁の方を向いて、ぶつぶつと呟いている声からすると少女だろう。


何だ、こいつ?


フード付きの大きな外套のせいで、フードが脱げて見えている頭以外、ただの布の塊だ。相手は人間だが、変な生き物に会った気分だ。

行動も妙だが、髪色が金髪で太陽を反射して眩しいから、もっと人目を引いてもいいはずだ。なのに、俺以外の人たちはこの少女に気付かず通り過ぎていく。避けられてはいるから、まったく見えない訳ではなさそうだから、余計に妙だ。

少女がまとっている外套の効果か。闇魔法の元は少女の外套のようだ。恐らく、使用者の気配を限りなく薄める魔具なんだろう。


「……だ。…………までは、……なはず。でも……」


「お前、大丈夫か?」


思わず素で訊いた。人に気付かれないのをいいことに、ひたすら呟いている様子は奇妙だ。本当に色々大丈夫だろうか。

かかると思っていなかった声をかけられ、少女の肩がびくりと跳ねた。それから、恐る恐るとこちらに振り返る。

不安そうな青い瞳が俺を映して、声に出さずとも誰だ、と問うていた。

俺の方は、振り返った少女の顔を見て納得をした。こんなに眩しい金髪を俺は見たことがある。


「お前、レオの妹か?」


お嬢の話で妹がいる、と聞いたことがある。レオが女だったらこんな顔立ちだろうと思えるほどに、少女はレオと顔の造りが似ていた。確実に血縁だろう。


「レ、オ……?」


「あーっと、ロイ様の妹か?」


少女には馴染みない呼び名だったことに気付いて、屈んで視線の高さを合わせて訊き直した。念のため、他の人に聞こえない声量に抑える。


「ロイ兄様を知っているんですか……?」


純粋な驚きで訊き返される。そりゃ、庶民が王子のレオの顔を知っているのは珍しいだろう。肖像画などは高価だから流布しておらず、本も買えない庶民の間で王族の外見は口伝だ。本来なら知っている訳がない。


「ああ。下町視察の案内を頼まれている。俺はイザーク。これでも一応、エルンスト家の庭師見習いだ」


「では、リュディア様の……」


そうでしたか、と身元を明かすと少女は納得してくれた。小さくため息を吐き、強張こわばりを解く。正体が判って、俺に対する怯えがなくなったんだろう。


「で。迷子か?」


俺が訊くと、少女は一度気まずげに黙り込んで、不承不承頷いた。


「なんでこんなトコにいるんだ?」


「ロイ兄様が城下を視察されるのについて来たんですが、あちこち見ていたらロイ兄様を見失ってしまって……」


その上、人波に流されて戻る方向すら判らなくなっていたらしい。ついて来た、と言っているが、身につけている外套の効果からして、レオが知っているか怪しい。


「その外套、どうしたんだ?」


「ロイ兄様の書斎にあって、着てみたら、その……」


「あいつは、なんつーもんを持ってんだ……」


ごもる少女のその先は聞かなくても想像がついた。サイズが大きいとは思ったが、まさか、魔具の持ち主がレオとは思わず、俺は頭を抱える。せめて、小さい子の眼の届かない場所に置いておけ。ガキの好奇心と行動力は嘗めたらいけない。

文句はレオに会ったときに言うとして、気まずそうに俺を窺う少女の頭を撫で、笑いかける。


「もう大丈夫だ。兄貴のトコにつれてってやる」


叱るのは兄貴のレオか両親とかの役目だ。今はとりあえず、安心させることを優先する。どれぐらい迷子だったか判らないが、知らない場所に小さい子供が一人でいるなんて、不安で仕方なかっただろう。

最初は見開いていた青い瞳が、撫でているうちにじわりと滲んだ。けど、潤ませただけで少女は泣きはしなかった。代わりに、こくりと縦に頷いた。

それを確認して、俺は手を放し、両手を受け皿のように合わせ風の魔力を集める。集めた魔力を鳥の形にし、少女の纏う外套に近付けた。レオの持ち物なら多少、レオの気配を残しているだろう。風の鳥が気配を読み取ってから、空に放つ。


「今の鳥は……?」


「レ……ロイ様を合流場所に案内させる」


鳥の飛んでいった方向を見ながら訊かれたから、端的に用途を答えた。そして、何気なく目線を下げると、外套の下から金髪の毛先が地面に触れているのが眼に入った。俺はシャツの飾り紐を解いて、少女の後ろに回る。


「あの……?」


「ちょっとだけ、じっとしてくれ。そのままじゃ綺麗な髪が汚れるから上げる」


言われて初めて気付いたらしい少女は、地面を見てあ、と小さく声をあげた。その後は、言われた通り前を向いてじっとする。俺は細く、指の間をすり抜ける髪に若干苦戦しながらも高い位置でポニーテールして、毛先に付いた土を払った。痛くないか確認しながらしたが、少女は随分と他人ヒトに身支度をされることに慣れている様子だった。こんなに長い髪を一人で手入れするのは大変だろうから、当然といえば当然か。

髪をくくり終えた俺は、立ち上がり少女に声をかける。


「よしっ、じゃあ行くか。歩けるか?」


「あ……」


少女は、困った表情カオになり自分の足首を庇うような仕草を見せた。


「痛いのか?」


「歩き疲れたみたい、で……」


申し訳なさげに少女は悄気しょげるが、仕方ないと思う。そりゃ城は広いだろうが、床は平らで城内の道は舗装ほそうされているはずだ。市場通りみたいに馬車などが通り地面が凸凹でこぼこした道を歩くのは初めてだっただろう。慣れない足場じゃ、どうしたって疲労度が上がる。

俺は、少女の前で背を向けて屈んだ。


「乗れ」


「え」


「庶民にゃ、馬車とか呼ぶ金ないから、これで勘弁」


意図を理解したらしい少女は、少し躊躇ためらったあと、失礼します、と俺の背に体重を預けた。

肩に手が置かれたのを確認した俺は、立ち上がり歩き出す。最初は遠慮がちに肩に手が置かれているだけだったが、それだと不安定だから自然と手が俺の首の前にきた。


「そういや、おま……えーっと」


「エルナです」


「エルナ、今更だけどちゃんと敬意払った態度の方がいいか?」


「いえ、おおやけの場ではありませんので構いません」


今王族とバレたら不味まずい場所だから、というのもあるだろうが、レオと似たような理由が返ってきた。


「やっぱレオと兄妹なんだな」


「はい。瞳の色を除けば、ロイ兄様と瓜二つだとよく言われます」


嬉しそうな肯定は、俺が言ったこととズレていた。俺は首を傾げる。


「いや、見た目は似てねぇだろ」


「え?」


「エルナの方がころころ表情変わって素直だ。顔より言動の方が似てるぞ」


顔の造りだけ見れば一卵性双生児並みだが、顔付きがまるで違う。エルナは年相応な表情をするが、レオは基本老けてる。

レオは笑顔を顔に馴染ませて、大人に感情を読み取られないようにしている。お嬢や俺の前では確かに楽しそうにしているが、レオの誕生日パーティーのときは大人用のそれだった。十歳にも満たない子供が完璧な営業スマイルを習得しているなんて変な奴だ。


「……顔以外が似ていると言われたのは初めてです」


「そうか?」


意外そうに呟かれ、俺は不思議に思う。家族なんて性格が似なくても、ちょっとした癖とかが似てしまうものだ。現に俺が朝起きてきただけで、親父と似ていると母さんに笑われることがある。顔は母さん似なのにだ。そんなもんだろう。


「疲れてるなら、着くまで寝ててもいいぞ」


「……私、そこまで神経図太くありません」


「そうか」


背後から聞こえる明らかに拗ねた声に、俺は笑う。エルナの年相応な反応が可笑しいというより微笑ましかった。

疲れているだろうから、しばらく話しかけるでもなく歩いていると、背後から長めのため息が聞こえた。


「よかったぁ……、詰んだかと思った」


安堵の籠った呟きは無意識のものだったのかもしれない。


夕歌ゆうかみたいなコト言うな」


そんな感想が口をいた。たまに思ってることを無意識に零してしまうところもそうだが、手詰まりのゲームを手伝ったときによく聞く科白セリフだったから、前世の妹を思い出した。

ガキの頃に、勝手に夕歌がついてきて、結局足が疲れたとごねられて背負って帰ったことがある。そのときと状況が似ていたから、余計に思い出したのかもしれない。


「…………太一?」


呆けたように呟かれた名前に、俺の足が止まる。

もう呼ばれるなんて思ってもなかった前世の名前。しかも、これだけのやり取りで俺が田中太一と特定できて、名前で呼ぶ奴なんて一人しかいない。


「は? マジで夕歌なのか??」


振り返ろうとしたが、体勢が振り返るには無茶だった。視界の端に眩しい金髪が映るだけだから、諦めて前を向く。


「そっちこそホントに太一なワケ?」


「あれだけで判る時点で疑い様ねぇな」


お互いの判断基準が兄妹の間でしかしてないやり取りだ。俺が納得すると、エルナこと夕歌は黙り込んだ。たぶん否定できる要素を探しているんだろう。


「……とりあえず、太一相手に敬語使って損した」


「おい」


相変わらず俺には失礼な奴だ。俺だと納得してからの開口一番がそれか。

エルナが夕歌と判って、一番に気になったことがある。心配になって、恐る恐るたずねる。


「夕歌、まさかお前も……」


「バーカ、そんなワケないでしょ。こちとら大往生したわよ」


「そっか」


俺はあからさまに安堵した。夕歌まで早死にしていなくてよかった。


「まぁ、たぶん、だけどね」


「なんで?」


「ここが君星の世界なせいか、君星してた辺りまでしかちゃんと覚えてないんだよね。あとはぼんやりしてんの」


「単に記憶力ないからじゃね?」


「太一に言われたくないしっ」


後ろから抗議と一緒に両頬を引っ張られた。大して痛くはない。

しかし、納得した。大往生した割に俺が覚えてる夕歌とあまり変わりないのは、覚えている範囲が近いからか。まぁ、幼女にいきなりばーさんまでの記憶があったらあったで、普通にキャパオーバーしそうだ。


「……夕歌」


「なによ」


俺の頬を引っ張りながら、夕歌が怪訝に返す。後ろにいて見えないから、前世まえの夕歌の姿が浮かんだ。


「悪かったな」


俺は田中太一の記憶を持っているだけで、夕歌も前世の記憶があるだけでここにいるのはエルナだ。それは解っている。

けど、記憶でも、会えたんだ。

もう会えないと思ってた。もう謝れないと思っていた。勝手に命を投げ出したこと。

前世で死んだのは事故だ。けど、原因を作ったのは思考を止めた俺だ。

余命に絶望していた、とか言い訳はいくらでもできるが、あのときの俺は自分以外何も見ていなかった。自分で自分の命を雑に扱った結果、知らない人にまで迷惑をかけた。最悪だ。

前世まえの自分のこととはいえ、死んだときのことを思い返すと自己嫌悪したくなる。


「い゛……っ!?」


申し訳なさに沈みそうになっていたら、思いっきり両頬をつねられた。


「バーカ」


そう罵って夕歌は俺の首にしがみついた。


「太一のバーカ」


「うん。悪かった」


責め方が子供ガキみたいだ、とこんなときなのになんだか可笑しかった。夕歌は泣きも震えもせず、しばらくぎゅっと俺にしがみついたままだった。

俺は背中に温もりを感じながら、また歩みを再開した。

いくらか経って、背後で夕歌ががばりと顔をあげた。


「そういや、なんで太一が君星にいんの!? てか、イザークって誰!!」


知らないんですけどっ、と気持ちを切り替えたらしい夕歌にまくし立てられる。落ち込んでもしばらくすると浮上するこいつは本当に逞しい。単にマイナス思考でいられない性質たちなだけの気もする。


「知るか。モブでもなさそうだから、俺は勝手にしてる」


「でも、ロイ兄様と知り合いじゃんっ」


「それはたまたま」


「しかも、リュディア様のトコロで働いてるんでしょ?」


「それもたまたま」


「何か、他にもたまたまなコトありそー……」


なんだろう。見えていないのに、背後からじとまれている視線を感じる。ない腹を探られているみたいで居心地が悪い。


「そういうお前は、その君星……?にいんのか?」


「私、フィリーネ・エルナ・フォン・ローゼンハインは、君だけの小さな星-Dein einziger Sternchen-のロイ兄様のルートで出てくるサポートキャラよ!」


後ろでどや顔してるのが声で判る。そして、何故、ゲームの正式名称を二つ名みたいに掲げて威張えばるんだ。別に羨ましくもなんともないんだが。なんだろう、劇で木の役の奴に名前付きの役の奴が自慢するような感じだろうか。


「あっそ。よく解んねぇけど、金髪碧眼の美少女になれてよかったな」


「でしょ! 可愛いでしょっ? ざ・王族って感じでしょ!?」


どうやら言いたいがナルシスト発言になるから、今まで我慢していたらしい。嬉しそうに自慢される。


「はいはい、可愛い可愛い。それで大好きなロイ様が兄貴なのはいいのか?」


外見にはテンションあがるだろうが、そういえばレオの妹ということは、俺が耳タコになるぐらい聞いたロイ様の恋愛対象の圏外になるってことだ。乙女ゲーしてた夕歌からすると、やっぱり残念だったりするんだろうか。


「それがさー」


「ん?」


「今も大好きは大好きだけど、ロイ兄様はロイ兄様で、攻略対象とかって思えない。てか、そんな感じじゃない感じ……?」


どう言えばいいか探りながら、自分の考えを口にする様子に、俺は小さく笑った。


「そうか」


薄々気付いていた。だって、最初からずっと兄様呼びで、前世むかしみたいにロイ様とは言わない。こいつの今の兄貴はレオだ。

気付いていたそれを再確認して、俺は安心した。夕歌にとってもここはちゃんと現実だった。

下町の住宅区域、その銀梅花ぎんばいかの鉢植えのある家の前に着き、背負っていた夕歌を下ろした。眩しい金髪のポニーテールの少女と向かい合う。こいつも眼に優しくないな、と内心ごちる。


「誰の家?」


「俺ん家。おまえ、外套ソレ取ったら目立つから、レオをココに呼んだ」


「……先に着いてるかな?」


「さぁな。腹くくっておけ」


叱られるだろうと思って渋面になるから、覚悟をしておくように言う。自業自得なのは庇えない。

ドアノブに手をかけて、開ける前に一度振り向く。


「じゃあ、これからよろしくな。エルナ」


「よろしく、イザーク」


お互いをこの世界の人間だと確認して、ドアを開けた。


「母さん、ただいまー。レオ、もう来てる?」


「お……お邪魔します」


俺の後ろに隠れながら、エルナは家の中の様子を伺う。


「おかえり。来てるわよ、お兄さんと一緒に」


「イザーク、集合場所を変えるなんてどうしたんだ?」


茶髪のヅラをしたレオの後ろで、護衛のマテウス兄ちゃんがお邪魔しています、と頭を下げた。


「あー……、そうか」


母さんやレオの反応を見て気付いた俺は、レオたちが首を傾げる中で、原因を剥ぎ取った。


「家ん中なんだから、いい加減取れ」


「ちょ……!?」


「フィル!! どうしてこんなところに!?」


「あら、可愛いお嬢さんね。いらっしゃい」


眼を丸くして驚くレオの後ろで、マテウス兄ちゃんが心配になるほどに青褪めている。大丈夫か。倒れやしないだろうか。

母さんはエルナに気付くと、微笑んでお茶の追加を用意し始めた。

ステルス機能を失ったエルナはおろおろとしてから、万歳で一気に外套を脱がせた俺を睨んだ。


「ちょっと、私にも心の準備ってものがあるのよ!」


「お前のそれを待ってたら陽が暮れる。それまで俺の背後霊してるつもりか」


「でも、だって……、イザークのバカ!」


前世むかし、踏ん切りがつかないときは、ずっとあーだこーだと唸っていた。そのときの感覚でつい強引にしてしまったが、八つ当たりしてくる辺り、その辺は変わっていないらしい。そういえば、今日見つけたときも一人で呟いてたな。


「フィル……?」


「あ……」


レオが、妹を見て随分驚いている。そして、エルナは兄の眼を思い出し硬直した。

マテウス兄ちゃんも驚いているから、エルナは普段もっと王女らしい言葉遣いなんだろう。俺の正体を知るまでは丁寧だったし。

部外者の俺は口を出さない方がいいだろうと、二人の成り行きを見守る。

しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのはレオだった。


「イザークと随分打ち解けたんだな」


「え……、いや、はい……、迷っていたところを助けてくださったんです」


微笑むレオに、エルナは一瞬嫌そうな表情カオをしてから取り繕うように微笑み返した。仲がいい的発言が嬉しくなかったんだろう。俺も、この短時間でバカを連呼された相手だから、仲がいいと言われるのは心外だ。


「レオ、お前こんなもんその辺に放っておくな」


俺が外套を持ち上げて見せると、レオはそれだけで経緯を察したようで苦笑した。


「済まない。今回は僕の過失だな。僕の物を他の人間が使う可能性を考慮していなかった」


「勝手に……ごめんなさい、兄様。私も一緒に行きたくて……」


「いや、外に出たがっているフィルに視察の話をした僕の責任だ」


「そんな、私が……っ」


なんだかループしそうだったから二人の間に立ち、二人の後頭部を押して頭を下げさせた。


「どっちも悪いってコトでいいだろ。今、ごめんなさいしたからもうしまいにしろ」


一瞬、二人は止まって、一方は笑い。もう一方は少し剥れた。


「そうだな。僕も次から物の管理には気を付けよう」


「イザークの言う通りにするのはしゃくだけど、仕方ないわね」


「立ち話もなんだし、みんなお茶どうぞ」


母さんがテーブルにお茶を置いて、座るように笑顔で促した。

長方形の木製テーブルには四脚の椅子しかない。テーブルにはマグカップが四個。母さんは中庭の花の水やりがあるからと奥に行った。俺の前にはマテウス兄ちゃん、隣にはエルナ、斜め向かいがレオ。とりあえず、俺の視界に極力眩しいものが入らない配置。

お茶を飲んで一息つくと、レオがエルナに訊いた。


「フィル、黙って抜け出したらテレーゼたちが心配するんじゃないか?」


「そういえば、姫様が行方不明になったなら早文が届きそうなものなのに来てませんね」


「私、よく……いえ、ときどき一人になりたくてかくれんぼしているので、テレーゼたちはきっと城内を探している、かと……」


「フィル……、そんなことをしていたのか」


「姫様……」


新たな事実に純粋に驚くレオと何とも言えない表情カオをするマテウス兄ちゃんの視線を受けて、エルナはう゛っ、と言葉に詰まった。誤魔化すようにエルナはまたお茶を飲む。

俺はずぞーとお茶を飲みながら、そのやり取りを眺める。テレーゼさんとは誰だろう。


「しかし、僕と一緒に帰ったときには知れる話だぞ?」


「はい……、先に自分から言います」


言うと、エルナはマグカップを脇に避け、緊張した面持ちで両手を前に出した。テーブルの何もない場所に、何かあるように手で包む。そして、そこに魔力を集め始めた。

精霊の気配で属性を読むと、珍しさに思わず呟いた。


「風と……光?」


「ふふん、私、風と光の二属性持ちなのよ」


どうだ、と自慢気にこちらを見るエルナ。何故俺に自慢する。俺は顔を逸らしつつ、なおざりに返事を返す。


「ヘー、スゴイナー」


「ちょっと、何でそっぽ向くのよっ」


「いや、だってお前、無駄に眩しいもん」


「何よ、それっ!?」


「フィル、僕もされたから気にするな」


「ロイ兄様にも!? 失礼じゃない!」


毛を逆立てた猫みたいに俺を威嚇しようとするエルナを、レオが可笑しそうに微笑みながらたしなめる。


「誰しも苦手なものがあるものだ。フィルは僕の妹なのだから、些事を寛容に受け止めれるだろう?」


「うぅ……っ」


「いや、だからレオ、お前はちったぁ怒れ」


なんでそこで面白がれる。突っかかるエルナの方が正常だと思うぞ、俺は。

苦手とはいえ、人と眼を合わせないのは失礼だと思うから、都度謝りたいがレオが怒らないからタイミングを逃す。一応謝れたのは、最初だけじゃなかろうか。

エルナは、魔法の集中が切れてしまう、とレオに指摘されて集中し直す。魔力とともに光の粒子が集まって、光の影ができる。ぼんやりと人形ぐらいの大きさになり、しばらくしてお婆さんのメイドの姿になった。


「テレー……」


「フィリーネ様! 今度は一体どこに隠れていらっしゃるんですか!?」


エルナが話しかけようとすると、お婆さんメイドは凄い剣幕で叱った。エルナは思わず反射的に頭を抱えて防御の姿勢をとった。


「ご、ごめんなさい……っ、えと、今ロイ兄様と一緒にいて……」


「王子殿下と!? 殿下はお忙しいのですよ。いくらお慕いされているからとはいえ、ご迷惑をかけてはなりません!」


「テレーゼ、私は迷惑していないから、あまり責めないでやってくれ。フィルは、ちゃんと無事につれて帰る」


「そういう問題ではございません! 殿下はフィリーネ様に甘過ぎます! 末姫様で可愛がりたい気持ちは解りますが……っ」


レオがエルナの方に回って口添えすると、レオ込みでお婆さんメイドことテレーゼさんの説教が始まった。テレーゼさんの剣幕に、エルナは渋面になって耐えており、流石にレオも苦笑しながら聞いている。

俺はSFみたいなホログラム通話を目の前にして感心していた。風が音、光が映像の役割を果たしているんだろう。きっと魔力が高くないとできない。面白い複合魔法だ。

しかし、テレーゼさんの怒声はなかなかに大きい。我が家は防音じゃないんだが大丈夫だろうか。

俺の魔力じゃこの部屋に防音の膜張れないな、と思って部屋を見回すと既に防音の結界が張られていた。複合魔法に、魔法の並行起動までやってのけるとは。

テレーゼさんの説教が終わって、ホログラム通話を終了させたエルナに俺は拍手する。


「エルナ、お前すげぇな」


「やっと私のスゴさが解った?」


説教されて悄気てたエルナだが、俺が本気で褒めると浮上したらしく、胸を張って嬉しそうに頬を紅潮させた。さっきまで説教されていたのはカッコ悪い、と思ったのは胸に留めておいた。


「あの、イザーク君……」


マテウス兄ちゃんが、心配そうに俺に声をかける。


「ああ、エルナが外にいたのと、風と光の二属性持ちなの秘密ですよね。血判状でも書きましょうか?」


「いや、血判までは……けど、後日念のために書類を用意するからサインしてもらえるかな」


「はい。わかりました」


母さんは何も知らないので除外してもらうように俺が頼むと、マテウス兄ちゃんは了承してくれた。下町の子供相手に口約束だけじゃ、心許ないだろう。国家機密っぽいし。


「そういやレオ、外套コレどうしたんだ?」


まだ防音の結界が働いているみたいだから、気になっていたことを訊いてみた。

すると、レオは嬉しそうに表情を綻ばせた。


「僕が作ったんだ。以前、イザークが隠密の膜を使っていたのを参考にしてな。イザークが言った通り、僕も他属性の魔法が使えたよ」


俺が使った影の膜を真似したにしては、えらくハイスペックな魔具だ。俺は物に魔力を定着なんてできない。

外套自体は元々レオの私物で、そこに隠密の魔法を魔方陣を使って定着させたらしい。魔具の効果を使った分だけ闇の魔力を溜め直す必要があり、長時間放置してもじわじわと闇の魔力が霧散してしまうのがデメリットだそうだ。

なんだ、そのチャージ式。魔力が高い奴にしかできない充電方法だ。


「普段と違って誰にも気付かれないのが面白くてな。つい使いやすい場所に置いてしまった」


申し訳ない、と謝りながらもレオの表情は輝いている。随分と楽しそうだ。エルナも気持ちが解るのか、うんうん、と首を縦に振っている。

とりあえず、目立つ奴らは大変らしい。


「……まぁ、悪用されないように隠しとけよ」


「ああ、気を付けよう」


レオは大分凄い物を作っている自覚はあるんだろう。解っているとは思うが、念のために敢えて忠告を口にした。楽しそうににこにこ笑っているレオを見ていると、若干不安になる。


「イザーク君……」


「はい。書類追加ですよね」


俺以上に心配そうなマテウス兄ちゃんへ頷く。俺が書類にサインすることで、少しでもマテウス兄ちゃんの心配が減ればいいが。


「さて、テレーゼが誤魔化してくれている間に帰るぞ」


「はい……、視察の邪魔をしてごめんなさい」


レオが帰ろうと促すと、兄貴の視察を中断させたと解っているエルナは落ち込んだ。

そんなエルナの頭を、レオは撫で慈しむような笑みを落とした。


「我が妹は、髪をあげても可愛らしいな。今日はフィルの新しい魅力に気付けたいい日だ」


「ロイ兄様……」


直接会ってないけど、テレーゼさんの意見に激しく同意する。俺も、レオは妹に甘いと思う。二人のやり取りに、思わず俺は半眼になった。


「あら、もう帰るの?」


中庭の水やりから戻った母さんが、少し意外そうに訊いた。いつもなら、レオに服を貸して視察してから帰るから、今回は随分早い。


「はい。来てすぐにお暇して申し訳ありません」


「お邪魔しましたっ」


レオが子供らしくない挨拶をして、それを見たエルナが慌ててぺこりとお辞儀をした。本当に顔の造り以外似てない兄妹きょうだいだ。

母さんも同じことを思ったのか、可笑しそうに微笑んで、エルナの前まで行って目線を合わせるために膝を突いた。


「よかったら、帰りにお兄さんたちと一緒に食べて」


「……っはい、ありがとうございます」


母さんが焼いたクッキーを包んだものを受け取り、エルナは嬉しそうに笑った。

エルナはそのまま出ると目立つので、また外套を着てフードもちゃんと被る。ステルス機能のせいで見失わないようにレオと手を繋いでいる。

今回は魔具の効果があるから、玄関までの見送りでいいとレオに言われた。だから、俺は玄関先まで三人を見送る。


「じゃあな」


「またな、イザーク」


「……イザーク」


エルナは人差し指を上向きにして、ちょいちょいと曲げて俺を呼んだ。王女がヤンキーみたいな呼び方をするのはどうだろう。

首を傾げつつも膝を突いて近寄ると、シャツの襟を掴まれて急に引き寄せられた。


「ぐぇっ、おま……今首しま」


「私、どうなろうとロイ兄様が幸せになるようにしか応援しないから」


耳許に囁かれた宣言に、俺は瞠目して、笑う。そして、俺も囁き返した。


「おう、俺もお嬢が幸せになるようにしか応援しねぇ」


俺の宣言を聞いて、エルナは襟を掴んでいた手を放した。解放され、向かい合うと覚悟を秘めた青い瞳とかち合う。同じだけの覚悟が俺の眼にもあればいいと思った。


「ん……?」


妙にしんとしていると思って、見上げると驚いた様子のレオと固まるマテウス兄ちゃんがいた。

どうしたんだ、と俺は首を傾げる。エルナも不思議そうにしている。


「フィル……」


その先をレオが言うことはなかった。だが、我に返ったマテウス兄ちゃんが驚愕した様子で、レオが続けようとしたことを訊いた。


「イザーク君に惚れちゃったんですか!?」


「「は?」」


今度は俺とエルナが固まる番だった。一体、何をどうしたらそうなる。

さっきの状況を思い返す。俺からしたらヤンキー的脅し方だったが、もしかしなくとも角度からして、外人風挨拶的なことをされているとでも思われたのだろうか。

気付いたらぞわりとしたものが背中を走った。


「「それはない!!」」


俺とエルナは全力で否定した。その剣幕にマテウス兄ちゃんが怯むほどに。

前世とはいえ妹との仲を疑われるなんて、もの凄く嫌だ。ハモったところからすると、エルナも同じだったらしい。

最後の最後で嫌に疲れて、俺はレオたちと別れた。


「エルナちゃんにまた会えるといいわね」


「どうだろ。今日会えたのも奇跡だ」


母さんの言葉に、俺は思ったままの感想で返す。

次会えるかなんて判らない。何せ相手は王女様だ。

転生した場所で、前世の家族に会える確率って一体どれほどのものだろう。しかも、俺は庶民で、相手は王族だ。もの凄い奇跡だろう。

すぐ俺をバカと言う妹だけど、会えて嬉しかった。

今日の奇跡に、俺は笑みを零した。


「あ」


不意に、俺は失念していたことを思い出す。


「お嬢の誕生日プレゼント」


今日、自分に課した重大なミッションだ。

視察の案内はキャンセルになったことだし、もう一度市場通りにくりだそう。



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