第2話 黒崎の思い

あれはまだ彼が名古屋総合高等学校に入学する前の事だ。

当時の彼は父親とも、母親とも良い関係を築いており、好青年として生きていた。妹思いのいいお兄ちゃんで、母の手伝いも、前向きに取り組む。そして何より、父を誰よりも尊敬していた。

精神科の先生と言う事だけでなく、ただ1人の父親として、彼を尊敬していた。

黒崎くんは父親と昔からある約束事をしていた。


「父さん。俺いつかすっごい医者になりたい!父さんの隣に立てるような凄いやつに!」


それを聞いた黒崎くんの父は、ニコッと嬉しそうに笑っていた。


「あぁ。お前ならきっとなれるさ。」


彼は幸せで、何不自由ない生活だった。

ただひとつ、彼には心配な事があった。


「やーい、ちんちくりん!」

「あははっ!お前の髪ダッサー」


男の子二人が黒崎妹の周りを囲み、髪を掴んだり、蹴って笑っていた。黒崎くんはそれを見るなり慌てて割り込んだ。


「何してるんだ!お前ら!」


男の子二人は黒崎くんを見るなり、悔しそうな顔をして、逃げ帰った。


「大丈夫か?ゆみ」




泣き出す妹を抱き上げ、頭を優しく撫でた。黒崎は帰路に着くと、妹をゆっくり話し始めた。


「また、馬鹿にされたの…ちんちくりんって…」


涙を黒崎の胸で拭く。黒崎は頭を撫でながらゆっくり話し始めた。


「ゆみはちっちゃくて可愛いよ。」


妹は頬をプクッとふくらませた。


「お兄ちゃんも馬鹿にした!」


黒崎はハハッと笑いながら、妹を大事そうにぎゅっと抱きしめた。


「ゆみは可愛いからな。色んなやつから好かれるとおもう。男の子って好きなやつをいじめたくなるからな。でも、ゆみにはお兄ちゃんが居るならな?何があっても守ってみせるよ。」


その言葉を聞いた妹は頷き、笑った。


こんな幸せな家族が崩れるのは、とっても簡単な事だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それはある雨の日のこと。


この日は珍しく、黒崎くんは早く帰ってきた。

扉を開けると、妹の姿がなかった。


「あれ…ゆみー?」


返事が返ってくるはずもない。仕方なくちゃぶ台の前に座り、教科書を開けた。

妹のことは気になるが、高校に入ってからというもの、宿題が多い。明日のテストもある。学級委員の仕事もあると考えていると、時計の針は6時を指した。妹は一向に帰る気配がない。心配になった黒崎は、傘を持って部屋を出た。


「ゆみー」


雨の中、黒崎は走り回った。

返ってくるはずのない相手に何度も名前を叫んだ。


「ゆみー!」


だが彼の声は雨にかき消された。

必死に探していると、いつも妹をいじめている男の子二人と、もう1人。頭のいい中学校の生徒がいた。3人は傘をさしながら、楽しそうに話していた。


「あの!ゆみを知らないかな?ずっと探してるんだけど!」


黒崎が息を切らして尋ねると、男の子二人2人は嬉しそうに笑って答えた。


「あのね!弱みに漬け込む?ために、あるおじさんにお散歩を頼んだの。」


黒崎はそれを聞いて表をつかれた。

中学生の男の子はにやりと笑いかけ、話し出した。


「いやね、この2人がゆみちゃんが好きって聞いたから、俺のお得意先にお願いしたんですよ。明日にはこのふたりが上手くいくように、しこめと…」


中学生の男の子の胸元には万札が何枚も入っていた。思わず黒崎は中学生の胸ぐらを掴んだ。


「ゆみは…!ゆみはどこだ!!」


不敵な笑みを浮かべながら、中学生は山の方向を指した。黒崎はさされた方向へと走っていく。

険しい斜面を登る。雨でぬかるんだ泥の中を歩き続けた。彼は山奥まで行くと、車が止まっていた。

そこには異様な匂いがした。恐る恐る彼は車の中を見ると…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


妹は涙すら出ないほど衰弱しきっていた。

黒崎は彼女を抱きかかえ、家へと向かった。


彼は妹を見つけた後、自分でも信じられない程に強い力でドアのまどを割った。その後は思い出したくもないことだった。


黒崎は自分の無力さに崩れ落ちた。そしてその場で大泣きした。


頬に落ちた涙は、雨がかき消した。

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夜空の奇跡 スイートポテト @nogi_love2

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