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「嘘吐き、だな」

 救急車に運ばれた安倉を見送った義堂の傍らに立った犬飼が言った。

 彼女は、一緒に行くか、と尋ねた救急隊員に、知らない人です、と告げ、ここの収集をつけなければならないので、と断っていた。

「何が」

 誰が、とは言わなかった。

「さて」

 犬飼が口笛を吹きながら去っていく。

 残された義堂は暫し胸元に手をやって俯いていたが、やがて顔を上げると残っている人々に向かって演説を始めた。

「私を庇ってくれた彼は、亡くなった義堂真実さんのパートナーでした。そして襲ってきた彼は、あの作品を書いた著者です」

 信藤は警察に連れていかれている。後ほど、義堂も話を聞かれることになる。

「ふたりに何があったのかはわかりません。ただ、彼女に生かされた私は、再び彼女に守られた、と思っています。彼は、彼だけのものだと思っていた義堂さんを私が継ごうとしているのが許せないのでしょう。でも、私は負けません。彼女は、皆のものだから。そのために、彼女のことを伝えていきたい。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」

 頭を下げた義堂に、ほどなくして拍手が降り注ぐ。声援の声が飛び交う。

 俯いた彼女の胸元から、服の中に仕舞われていた十字架が、ちらりと覗いた。

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