②-3

 義堂は驚いた表情を見せたが、唾を飲み、すぐさま立ち上がった。そして、信藤のもとへ向かう。

 ――わかったか……

 その後ろ姿を見て、安心した安倉は目を瞑った。

 冷たい床が、気持ちいい。

 きっと義堂は、こんな状況すらも利用して、更に自らの像を大きくしてみせるだろう。それでいい。それこそが、自分の望みであり、ふたりの望みなのだ。

 暫くすると、また床に響く高い足音が耳に届いた。

 それが近づいてきて、傍らに止まる。

 そっと、膝を曲げる気配があった。ふわり、と顔に何かがかかる。義堂のスカートだろうか。残り香が、義堂の鼻腔をくすぐった。

「護」

 耳元で急に囁かれて、仕方なく重たい瞼を上げた。

 義堂の顔がすぐ近くにある。

「何だ」

 もう、先ほどの脆い少女はいない。怒ったような目で、安倉を見据えていた。

 それを見せたかったのか、それとも本当に怒っているのか。

 安倉は口の端を上げて、天井に顔を向けた。

「ああ、そういえば、話したいことがあるんだったか?」

 義堂は首を横に振る。もういいということか。安倉は頷き、また目を瞑った。

「後は、犬飼を使え」

 言わなくてもいいだろうが、一応、伝えておく。他に言い忘れたことはないか。考えるが、いつも考えを共有していたので、特に今必要なことはなさそうだった。

 穏やかに息を吐いて、その瞬間に備える。

 ――意外と、怖くないもんだ。

 何故だろう、と思いながら意識を闇の中に沈めようとしたその時、また耳元に吐息がかかり、引き戻された。そして、言う。

「護、好きだった」

 無理矢理目を開き、首を少し傾けた。義堂が、悪戯っぽい目をして笑っている。ここにきてまで、そういうことをするか。安倉は笑わずにはいられなかった。

 ――こいつは、最強の嘘憑きだ

 笑いすぎて、咳き込む。その所為で腰に痛みが入った。顔をしかめ体を曲げると、それを労わるように義堂が体を寄せる。

 そして、唇にキスをした。

「お前――」

「さようなら」

 ああそうか、それが言いたかったのだ、と悟る。

 これ以上、役に立たない裏街道を行く男を傍に置いておくわけにはいかないだろう。

 その厄介払いをしたくて、ここに呼んだのだ。

 ならば、今日ここで自分が殺されたことは、彼女にとって都合がいいことこの上ない。

 これでよかったのだ。

 安倉は目を瞑る。

 その手に、冷たい感触が伝わってきた。

 もう何度目だ。

 眠らせてくれ、という思いでそれを見ると、安倉の手は義堂の胸元にやられていた。そこにあるのは――。

 安倉は今度こそ、気を失った。

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