③-1


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「そもそも私と安倉は、別々だけど施設にいたの」

 そうやって、核心に触れないまま、義堂と多賀はふたりの仲を見せ付けるように、数ヶ月を過ごした。そして、ある日の帰り道、義堂は急に、そう語り始めた。

 何かを、多賀に確認するように。

「出会ったのは、お互い今の親に引き取られてから。私も安倉も、感謝はしてる。でもどこか、その偽善的な態度に、釈然としないものを感じてたのも事実。偽善、って言ったら、失礼だけどね。やらない言うだけの善より、やる偽善、っていうのは本当だわ。だって、実際それで助かる人がいるんだもの」

 そう言いながらも、義堂はどこか寂しそうだ。

「でも、その見返りのない優しさが、怖かった。納得がいかなかった。それで、当てもなく街をさまよっている時に、彼に出会ったの」

 人通りの少ない夜道、橙色の古い蛍光灯の下に、安倉は立っていたという。

「その暗い瞳を見て、私は確信した。彼が、私の裏となるべき人だって」

 そうして、彼女の計画は始まった。ふたりでいることで、何が不安で、何が知りたいのかが、理解できていったという。

「私たちは、本当とはなんなのか、嘘とはなんなのか、知りたかった。愛も、信頼も、友情も、打算も、一体何を基準に語られるのか、わからなかった。それを、暴き出してやろうと、そう思ったのよ」

 義堂は、穏やかな顔で笑う。彼女は本当に、笑顔が似合う。

「そして、貴女に出会った」

 義堂が、立ち止まって多賀の目を見た。深淵まで、覗き込まれるかのようだ。しかし、それは同時に、多賀も義堂の深淵をのぞき見ていることとなる。

「安倉が表裏なら、貴女は半身。わかる?」

 多賀は、ゆっくりと頷いた。その言葉が、聞きたかったのだ。

「今、確信できた」

「そう。じゃあ、言ってみて。私は、何をしたいんだと思う?」

「真実は……確信したいんだね。すべては、人の思い込みで成り立っていて、それは、思い通りに動かせる、ってことを」

 義堂はふんわりと微笑んで、踵を引き、正面を向いた。

「流石、翼」

 それだけ言って、歩き始める。

 多賀は、じっとそれを見守っていた。やがて、彼女の歩みが止まる。

 振り返って、掌を差し出した。

「来てくれる?」

 じっと、その小さな、手荒れなどない陶器のようにすべすべした肌を見る。

「どっちなの」

 ぽつりと、呟いた。

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