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「私の名前は、義堂真実」

 多賀の目の前で、美少女が微笑みながら自己紹介をした。

 その輝きは美しく、笑みにもまったく不自然さを感じられず、多賀は現状認識がおかしいのかと自分を疑わずにはいられなかった。

 先ほど起こった惨状は、夢だったのだろうか。

 しかしそうだとしたら、この美少女とふたりでいることに説明がつかない。

 多賀と義堂は、駅前のカフェで向かい合わせに座っていた。あの大男の姿は見えない。

「あのでっかいのの名前は、安倉護。大丈夫よ、見た目は怖いけど、味方だから」

 表情を読まれたのか、そう安心させようとする義堂に、多賀はこくこくと慌てて頷いてみせる。

 この状況だけ見れば、友達同士がお喋りをしているようにしか思えないだろう。あのホテルで多賀に行なわれたことや、その後の血の惨劇のことなど、彼女は影ひとつ纏っていなかった。

「多賀さんとは塾が一緒なんだけど、覚えてる?」

 多賀はふるふると首を横に振った。こんな美人がいたら忘れるはずがない。嘘なのではないだろうか。

「そっか。多賀さん綺麗だから、私が一方的に知ってるだけね」

 この子は何を言っているのだろうか。慌ててしまい、しどろもどろになりながら多賀は口を開く。

「あ、もしかして、クラスが違う、とか……」

 それなら、有り得る。彼女は学校ならまだしも、塾で他のクラスと交わる勇気などなかったから、端から知ろうとしていないからだ。

「そうよ? でも、多賀さんが美人なのは有名だから、私は知ってるの。いいわよ、私が美人じゃないのは知ってるから」

「そ、そんなことない」

 そう多賀が抗弁すると、義堂は驚いたように目を丸めてから、にっこり微笑んだ。

「ありがとう。まあ、謙遜だけど」

 今度は多賀が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのを見て、声を出して笑ってから、義堂は顔を寄せた。

「多賀さん、これから、私が貴女の翼になるわ。翼を信じて、貴女はただ飛べばいい」

 すっと沁み込むような、柔らかな声だった。そしてその匂いが、脳を蕩けさす。ぼうっとしている多賀に、義堂は畳込む。

「人が歩くのに、脚を疑う? 鳥が飛ぶのに、翼を疑う? そういうこと。ただ貴女は、行きたいところに行けばいい」

 そして、体を離し、笑った。

窓から差し込む光が彼女を照らしているのか、それとも彼女が光っているのか、というくらい眩しい。

「貴女は、魅力的なのよ?」

 頷くしかなかった。

 長崎達のことも、大男のことも、ひと言も触れられなかったが、もう、どうでもよかった。

 この人に付いていく。

 多賀は、そう心に決めていた。

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