①-2
「ありがとう。何だよ、改まって。それに、本当にお前のお蔭でもある」
「ううん、この受賞だけじゃなくて」
「?」
やけに神妙な態度の多賀に、信藤が眉をひそめる。
「ほら、あんた、真実を糾弾する、って言ったじゃん?」
「ああ」
その答えは、本の中で示したつもりだ。
死なずとも、期待に応えながら、完璧となり、永遠に人に影響を与え続けること。
それが義堂が目指したことなら、それは失敗している、他人に蹂躙されるだけで、それは完璧でも何でもなく、ただ玩具にされているだけだ、と結論付けていた。だから、生き抜いて、自分をアップデートし続けるしかない、というのが、信藤の思いだった。
期待に応えることで逆に人を形作ってしまった責任なんてものは、ただ単に感じる必要がない。影響された本人が悪いのだ。
「響いたよ。あれがなかったら、あの作品は真実を賞賛するだけで終わっていた。あれがあったから、次に繋がる」
「恥ずかしいな」
多賀からここまで正直に誉められたことはこれまでなかった。信藤は気恥ずかしくなり、飲み物に口をつける。
そんな気を抜いていた信藤に、不意を打つように多賀が、す、と屈んで信藤の耳元で囁いた。近づかれて、彼女の匂いが、ふわりと信藤に纏わりつく。
「だって、私を〝本当〟に仕上げてくれたんだから。やっぱりカタル君は、〝本当〟を見てるよね。ありがとう、カタル君」
声が、違う。
驚いて、顔を上げた。相変わらず逆光で、多賀の表情は読めない。ふと、この匂いの記憶に思い当たる。そして、あの日のあの言葉――。
「どういう意味だ?」
多賀は、ただ黙って微笑んでいる。多分。蒼い目だけが、光った気がした。
「お待たせ。お腹空いただろう。食べて」
そこで、不意に担当編集から声を掛けられて、慌てて振り向く。
「ちょ、ちょっと待って、そこに置いておいてください」
そして、首を元に戻す。もうそこに、多賀の姿はなかった。
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