第四話 真実

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「僕がこの本を書いたのは、彼女の姿をこの世界に留めておきたかったから。そして、正直に、全ての思いを彼女に伝えたかったからです」

 壇上に立つ信藤が、聴衆に向かって自信満々に告げる。

 場所は、都内のホテルの宴会場。

 信藤語が書き上げた一冊の本は、担当編集者に読ませたところ、絶賛、すぐさま出版社から発売され、ベストセラーとなった。

『ヒロイン――義堂真実の真実』と名付けられた一冊の本は、義堂真実という少女の健気さと尊さ、少しの野心を描きながら、同時に一冊の中に執念ともいえる愛情が籠められた稀有なノンフィクション・ノベルである、と話題になった。義堂真実が、美少女であった、ということも、盛り上がったまたひとつの理由であろう。それには、彼女の名前と写真を出すのを両親が許可してくれたのが、大きい。信藤の執念と、自分たちも知らなかった娘の姿に、胸を打たれたらしかった。

 ひとりの少女に、様々な面があることをミステリー仕立てとしながら、原因を追究していく様が、ジャーナリズムとしても白眉である、との評価も高まり、日本推理作家協会賞にノミネートされ、見事受賞。本日、その贈賞式に招かれた、というわけである。

 錚々たる顔ぶれの中、招待客として信藤の両親とともに、多賀翼の姿もあった。

 色々と腹の立つことも言われたが、彼女がいたからこそ、この本は出来上がった。だから、礼として呼んだのだ。彼女は、いの一番に誘いを快諾してくれた。

「そして、この本は、義堂真実さんに捧げられるものですが、そこに来てくれている義堂さんの友人、多賀翼さんの協力がなければ、できませんでした。僕の凝り固まった考えを叩き壊してくれたり、無理矢理引っ張ってくれたり、彼女もまた、義堂さんを強く思っていました。だから、本気のやりとりができて、この形に辿り着いたんだと思います。ありがとう」

 だから、正直に思いを伝える。伝えなければわからないまま、いなくなってしまうことを、信藤は知ったから。

「書き上げてからも、彼女に一番に読んでもらって、修正をして、一緒に作り上げてきました。彼女に、最大限の感謝を捧げて、お礼の言葉と代えさせて頂きます。ありがとうございました」

 頭を下げると、万雷の拍手が信藤を覆った。ひとりの高校生が書き上げた、ミステリーでもあり、愛の物語。助けた友人もまた美少女。マスコミの格好のネタだろう。

 記念撮影やその後の出版社の人間からの挨拶攻勢はなかなかのもので、食事も碌に取ることができず、信藤の体が空いたのは会も終わり間近のことだった。

 担当編集者が食事を取りに行ってくれ、信藤はふらふらの体で用意された席に座る。

 何のタイミングか、両親もおらず、ひとりきりになった。

「信藤、おめでとう」

 そこで、後ろから声を掛けられた。振り返ると、ワイングラスを持った多賀が笑っている。中はちゃんとノンアルコールなのだろうか。ハーフの顔立ちに、大人びた赤いドレスが似合っていた。多賀の後方に壇上の照明があるせいか、眩しくて見れない。

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