①-3

立ち上がり、多賀を探す。

 まさか、そんな馬鹿な。意味がわからない、質の悪い冗談だろう。

 そんな言葉が信藤の頭の中を回る。だがどこかで、この血の気の引いた感覚が、全て真実だとも語っている。

「どうした?」

 担当が不思議そうに声を掛けてくるが、気になどしていられない。

 赤いドレスの裾が、会場から出て行ったように見えた。

 走って会場を出るが、姿は見えない。廊下を走り、エレベーターホールに出る。受付があり、片付けをしていた。

「あの、赤いドレスの、僕と同い年くらいの女の子、通りませんでしたか?」

 信藤の血相に首を傾げながら、他の人にも訊いてくれるが、誰も覚えていない。

 エレベーターは、下に行っているものもあれば、上に上がっているものもある。

 頭を掻き毟った。

 しかし、止まってなどいられない。

 受付の隣にあった階段を駆け下りる。ホテルのエントランスへ。周りを見渡すが、いない。ドアマンの人に訊くが、やはり首を振られる。エントランスは、ひとつじゃない。

 色々と駆け回るが、どこもなしの礫だった。

「どうしたんだい」

 息を切らした担当編集者が、信藤を捕まえた。

「ああ、すみません、ちょっと、今日招待していた友人が急にいなくなったもので……」

「それは大変じゃないか。ホテルの人に訊いてみよう。携帯は繋がらないんだね?」

「あ、そうか」

 動転して、そんなことにも気が回らなかった。携帯を取り出し、電話を掛けてみるが、出なかった。LINEも、メールも、反応は無い。

 その間に編集者がホテルの人に話をつけてくれて、念のため監視カメラの映像を見せてくれることになった。

「時間は?」

「ほんとうにさっきだから……十分とか、二十分も経ってないと思うんですけど……」

 頷きながら、会場とエントランス辺りの画像を確認してくれる。会場内で、まず信藤と多賀話しているシーンを捜したが、誰かの陰になっているのか、見当たらなかった。

 ――まさか、そこまで考えて。

 背筋が凍る。そんなことありえない、と思いながら、ここまでの計画を練った彼女なら、ありうるとも思える。

 結局、彼女の姿を捉えることはできなかった。

「まあ、家に帰ってるかもしれないし。また明日、謝罪の電話をしてみたら?」

 事情を知らない担当編集は信藤が気に障ることでもしたのだろうと気楽なことを言ってくるが、実際、彼女がこれからどこへ行くかは、不明だった。

 信藤の両親は、多賀がいなくなったことなど気付いてもいなかったらしい。憧れの作家に囲まれ、パーティーではちやほやされて、舞い上がってしまっている。

 途方に暮れながら、再びホテルを出た。勿論、もう姿を捉えることなどできない。とっくのとうに、姿をくらましているはずだ。

 エントランスから、夜空を見上げた。全ての〝真実〟を呑み込みそうな、真っ黒な暗闇が、広がっていた――。

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