①-2

「ああ、真実が好きだったわねえ――」

 予想は当たっていたようで、母親は手に取り、懐かしそうに眺めていた。初めて、親子の情が垣間見えた。

「義堂さんが勧めてくれて。義堂さん、マンガがお好きだったんですよね」

「そうね、真面目な子だったから小説の方が読んでたと思うけど。マンガも好きだったわねえ」

 小説ならば真面目、というものでもないだろうが、敢えてスルーして驚いてみせた。

「小説も。どんな作家がお好きだったんですか?」

「うーん、海外のものを多く読んでたかしら。私が小説にあまり興味が無いから、わからなくて。そうだ、どうせならあの子の本棚見てみる?」

 願ってもない話だ。信藤は大きく首肯し、彼女の部屋に案内してもらうことになった。

 家を移動しながら、義堂はどんな子だったかを尋ねる。

「いい子だったわ、本当に。手の掛からなくて、親子で友達みたいな会話もできて、弟の世話も見てくれて――」

 部屋に着いた。

「ここよ」

 そう言って、扉を開ける。中を見て何かを感じるかと思ったが、驚くほど何も感じず、自分がおかしくなってしまったのかと思った。

 入って正面に勉強机が置かれ、右手にベッドがある。左手の壁が、本棚だった。本棚の横は、クローゼットだ。全体として、色は白で統一されている。

 年頃の女の子より、少しシックなのではないだろうか。だが部屋からは、あの輝きを感じることはできなかった。だから、好きな人の部屋に入った、という感動がないのかもしれない。

 何故だろう、と首を傾げながら中に導かれる。

「家にあまり本を置いてほしくないから、本棚はこれしか買ってあげなくてね。そんなに好きなら、もっと自由にさせてあげればよかった」

 説明を受けながら、本棚を眺める。流行りの恋愛小説や、ミステリー。少女マンガも並べられ、写真のアルバムも最下段に納められていた。

 母親がまだ何か喋っているが、耳を素通りさせながら信藤は考えた。

どうして、心に響かないのだろう。彼女の嗜好が読み取れる、絶好の機会ではないか。

 そこで、はたと気付く。ここには、義堂が上野に語ったマンガも、彼女が話していた小説も、置かれていない。

 ここにあるのは、年頃の女の子、大人しく真面目な、少し本好きの子の、本棚だ。

 信藤は確信し、母親に顔を向けた。

「お母さんは、この部屋には普段も入ったりしてましたか?」

「ええ勿論。お掃除するしね。どうして?」

「いえ、その頃と変わっているところとかないのかな、と思いまして」

「ないわ。あの時の、ままよ」

 悲しそうに呟くのを、信藤はただ心の中で頷いて聞いていた。

 わかった。やはり彼女は、ここを母親に見られることを想定して作っている。

「ありがとうございました」

「もういいの?」

 何かが、掴めそうなところまで来ていた。

寂しそうな母親を置いて、信藤は部屋を出て階下に目をやった。

「ここは。それより、他の家族の方にお話を伺えたりしませんか?」

「そうね。それだったら――」

 そう、母親が顎に手を当てたところで、玄関が開かれる音が聴こえた。

「ただいま」

「あ、帰ってきたみたいね。弟の、大悟です」

「是非、お話を聞かせてください」

 信藤は身を乗り出して、下に姿を現した大柄な中学生を捉えていた。


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