②-1


     2


「姉ちゃん?」

 大悟は麦茶を飲みながら、そう応えた。

 日に焼けた肌は黒く、コップに注いだ麦茶は一瞬にしてなくなる。

 信藤とは最も縁遠い類の人種だろう。中学二年生とのことだが、背は既に信藤より頭ひとつ高く、顔も整っているので大人びて見える。居間に置かれたスポーツバッグから見るに、サッカーをやっているようだった。

「ああ。君の、お姉さんに関する思い出を聞かせて欲しい」

 姉が自死した、ということをどう捉えているのだろうか。そんなに早く立ち直り、平然と日々を送れるものか、それとも忘れるために、日々に立ち戻ろうとしているのか。

「……」

 大悟は静かにコップを置くと、黙ったままスポーツバッグを肩に掛け、リビングから出て行こうとした。

「待ってくれ」

「……悪いけど、思い出させないでくれるかな」

「どうしてだろう」

「……」

 弟は首を振ると、そのまま階段を登っていってしまう。信藤は、その背を追った。育ち盛りで筋肉もしっかりついているようだが、どこか華奢な印象を受ける。どんなに大人びて見えても、彼はまだ中学二年生なのだ。

「君のお姉さんは、立派な人だった。それを、皆に知らしめたいと思っているんだ。手助けをしてくれないかな」

 黙ったまま、大悟は部屋の扉を閉めた。その前に立ち、信藤は呼び掛ける。

「君にとって、真実さんはどんなお姉さんだった。彼女は今、同情を装った興味本位の噂に貶められている。その現状を、変えたいと思わないか?」

 扉の向こう側からは、何も音が聴こえない。しかしそれが逆に、こちらの声をしっかり聞いていることを現していた。

「君も葬儀のときに、その後も、心無い言葉を嫌でも聞いただろう。人の噂も七十五日。待っていれば噂は消えるだろう。だが、思い出は消えない。だったら、どうすればいいか。より印象的で、正確な情報で上書きしてやるしかないんだよ」

「……何を話せばいいんだ」

 掛かった。後は押すだけと、一気呵成に語りかける。

「何でもいいんだ。君は、君が思ったままのお姉さんの記憶を話してくれれば、後は僕が集めた情報を編む。そして、真実(しんじつ)を語る。そうすれば、自ずと噂を騙る者の方が蔑まれ、消えていく」

 また、暫しの沈黙があった。だが、今度は静かに扉が開かれた。

「入んなよ」

 素直に、言葉に従うことにした。


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