⑥-1
「カタル君は、〝本当〟を見てるよね」
彼女は、信藤と二人きりの時だけ、最初から下の名前で呼んだ。
それは、彼女と信藤だけの絆で、他のクラスメイトにはない何かを、彼女は自分に感じていたのだろう。
信藤は、ずっとそう思っていた。
文化祭の準備や体育祭の練習、ふとした瞬間、盛り上がるクラスメイトの輪から離れ、それを遠巻きに眺めながらよくふたりで話していた。
初めてそうして話をしたのはいつだったか。つまらなそうに眺めている信藤の机に急に女子の腰が下ろされた。そして、ふわりと鼻腔をくすぐる芳香が漂って、怪訝に信藤が見上げる。その視線を受けず、喧騒を眺めながら彼女は呟いたのだ。
「ああやって、何も考えず、学校が与えてくる行事を楽しめるのって、羨ましいよね」
その頃の信藤は、彼女がそんなことを言うような人物とは思っていなかったので、驚いて目を丸くしたのを覚えている。
「カタル君は、ああいう人たちの浅薄な心の底が見えて、うざいんでしょう? だから、加わらない」
輪に入れない陰気な人物、と他人に思われるのは、別に気になどしていなかった。小説家だから気取っている、売れないのに痛い、と思われているのも知っていたが、訂正するのも馬鹿らしかった。
しかし義堂は、信藤が小説家であるというフィルターを外して尚、信藤の観察する〝眼〟を信じてくれていた。それが嬉しかったし、実際、小説家にとって売れない、ということは自分が認められないと同義なわけで、実は死ぬほど息苦しかった当時の自分を慰め、浮上させるには充分だった。
それから、ことあるごとに話したが、彼女の自分への信頼は揺るがず、信藤は彼女と話すたびに自信をもらえていることに気づいていた。
そして、ある時言われた言葉が、今痛烈に思い返された。
「もし私に何かあったら、〝本当の私〟をカタル君が語ってね。浅はかな、表面上の私だけを見る皆じゃなく、奥底まで見ようとしてくれる、カタル君が」
その信頼、そして向けられた笑みが、震えるほどに嬉しかった。
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