④-1
「え、わ、私?」
信藤に話しかけられた少女は、そんなことが起こるとは想像もしていなかったのか、動揺して眼鏡をずらしながら顔を上げた。
髪の隙間から見える眼が、左右に泳いでいる。
「そうだ。君に、義堂の思い出を、訊いている」
信藤が尋問している少女の名は、上野良子。クラスで男子の最下層が信藤だとしたら、女子側が彼女である、と信藤は認識していた。自分と同じような立場からなら、義堂がどんな人物だったか正確に把握できていただろう、と考えたのだ。
とはいえ、シンパシーがあるわけではなく、どちらかというと自分とは全く違うジャンルで最下層である、と考えていたので、毛嫌いをしているきらいはあった。自分は彼女とは違う、と思いたいだけの、同属嫌悪かもしれない。それに気付いているから、少しきつい言い方になってしまっているのだろう。
信藤は息を吐いて、柔らかく言うのを意識しながら、改めて訊いた。
「上野は、義堂に対してどう思っていた? 義堂と、何か特別なエピソードや思い出はあるか? あったら、教えて欲しい」
「ど、ど、ど、どうして――」
「今、僕は生前の彼女について、本を書こうと思っている。色々な人の意見が聴きたい。上野は、義堂と何か関係があったか?」
また、詰めるような形になってしまった。彼女のどもりは、人を苛立たせるのだ。一応、小説家である信藤をまだ尊敬している数少ない人物でもあったから、それもあるのだろう。頭を振って、背筋を伸ばす。
「わ、私は――」
じっと、彼女の答えを待つ。信藤を窺うような視線を寄越しながら、もじもじと指を弄っていた上野は、何かを言おうとして顔を上げ、信藤と目が合うとすぐさま下げて、何かを呟いた。
「何だ?」
「……特には」
「何だって?」
「え、いや、そんな、その――」
また慌てて、あたふたとしだす。信藤は身を乗り出し、彼女の瞳をしっかりと捉えて、改めて訊ねた。
「何でもいい、話してくれ。彼女は、死んでしまった。故人は、生きている愚者によっていかようにも変えられてしまう。そうなる前に、僕は彼女のありのままを記しておきたいんだ。いつか彼女とはどんな人物だったか、薄れてしまうときがくる。そんなときに帰る場所として、用意しておきたい」
信藤の言葉に何かを感じたのか、上野は唾を飲み、頷いて、口を開いた。
「あ、あの、私」
威圧しないように、信藤は肯定を込めて頷いた。
上野はまた唾を呑み込み、必死に言葉を紡ぐ。
「私と義堂さんは、実は、友達だったの」
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